第60話 夜、『妹』と『マナ』と……

 

「お兄ちゃん、今日もごめんだけど……」


「あ、ああ、いいぞ」


 晩ご飯を食べ終わり、『俺成分』補給のお時間がやってきた。

 理瑠との一件があるが、それでも真奈の為には依存症から脱却させつつも摂取させ続けなければならない。

 俺個人の感情はあれど、急には治らない病気なのだから。


 そうして、真奈は俺のベッドに座り、肩へもたれかかってくる。


「そういえば、XYALAでは理瑠となんの話していたの?」


「え? き、急になんだよ」


「だって、何か話し込んでいた様子だから……理瑠も笑顔を浮かべていたから、もしかして二人の仲が進展したのかと思って……」


「いや、それは」


 どうしよう、流石に彼女の気持ちは俺からは伝えない方がいいよな? まだ理解しきれていない告白だったとはいえ、浮気とかならまだしも正統な方法で人を好きになることに良いも悪いもあるわけはない。


 それに俺を惑わすようなあの発言……あれも今の真奈に伝えるには刺激が大きすぎるだろう。となれば、


「……今度の合唱コンクールの話をしていたんだよ」


「え?」


 よし、この路線で行こう。


「真奈の歌が上手だとか、指揮の男の子が女子に人気のクラスのイケメンだとか」


「へえ、そうだったんだ。もう理瑠ったら、いっつも私の歌声が〜って。そんな言うほどじゃないと思うんだけど」


 実際、以前理瑠からはそのような話をチラッと聞いていたからな。完全に嘘をついているわけじゃない。


「そんなことないさ、真奈は自慢の妹だ。それにもし思っているとしても、周りの評価なんか気にせず精一杯歌ったらいいぞ。当日は観に行くからな、楽しみにしているよ」


「うん! お父さんとお母さんも来てくれるかな?」


「ああ、それに流湖達も連れて行くさ、真奈の晴れ舞台なんだからな」


「じゃあ私からも先輩達に声をかけておくね! 早く聴かせてあげたいな、私たちの歌」


 と真奈はその日に演奏する曲のフレーズなのだろうか嬉しそうに鼻歌を歌う。


 合唱コンクールは20日の土曜日、つまりは一週間後に開催予定だ。合唱コンクールの後、11月10日にある体育祭が三年生最後の学校全体での行事となるが、文化系の行事ではこれが最後になる。真奈の気合いも一際入っているように見えるな。


「真奈、どうだ? そろそろ」


「あ、そうだね。でも今日はよく歩いたし、理瑠に嫉妬しちゃったからもうちょっとだけ……いいかな?」


「そうか? まあいいが……」


 摂取することに慣れてきたのか、最初のころは喘いだり色々とまずいことになっていた真奈ではあるが、最近はそういうことは少なくなってきた。おそらく快楽を浴びるのに脳と身体が慣れてきたものと思われる。


 まあそれでも下着を汚してしまう程度には感じているらしいが、そこは指摘してやらないというのが優しさというものだろう。


 そうして今度はおなじみのお気に入りスポット、俺の膝の上に座ってきた。そして俺の腕を取り自らの腹にかぶせて抱っこをする形になる。


 ……今まで意識していなかったが、理瑠があんなことを言ったせいか、つい女としての伊勢川真奈を意識してしまう。

 柔らかいお腹に、髪から漂ってくるいい匂い。上から見てもわかる胸の膨らみに、少しムチリとしたお尻の感触。

 確かに、こうしてみると本当に美少女だし、俺の妹なのかと疑いたくなってくる。


 しかし、俺は今一度冷静になる必要があるだろう。

 きっと理瑠は俺を惑わすためにあんなことを言ってきたに違いない。よく考えてみれば、俺と真奈が付き合って、その後に理瑠が付き合うという想定は間違っていると言えるだろう。


 もし、もし百万が一俺と真奈が付き合ったとしても、そこからどのようにして真奈と付き合うつもりなのか。少なくとも、いつも一緒に暮らしている兄である俺からみれば、恋人になりたい人として意識しているのは俺だけだし、理瑠のことは女友達として見ているようにしか思えない。


 ……それとも、彼女には何か秘策があるというのだろうか? 恐らくはだが、今日話してきた内容で全て開けっぴろげにしたというわけではないことくらいはわかる。

 俺と付き合いつつ、真奈が理瑠にも意識を向ける……そんな未来を訪れさせる策が。


「……ねえ、お兄ちゃん?」


「ん、なんだ」


「恋人ごっこしない?」


「!?」


 こ、恋人ごっこ!?


「な、なんだそれは!」


「そのままだよ? この前言ったよね、これからは『兄と妹』という関係のまま恋人になれるようにするって。周囲が文句を言わない形に収めるよう頑張るって」


「あ、ああ」


 確かにそのような宣言をしていたのは覚えている。あれ以降、俺に対する真奈の態度が軟化したのは事実だ。ことあるごとに付き合え付き合えと言っていた以前の状況から考えると大きな変化だろう。


「だから、家の中だけでは『恋人ごっこ』、してみない? それも週に一度だけでいいからっ」


 と妹は俺の膝を降り、懇願してくる。


「えっと……それって恋人になるのと何が違うんだ?」


 まさかこれを口実に既成事実を作り、恋人になれとか言ってくるんじゃなかろうな? 流石に今の考えを改めた状態の真奈がそんなことをしてくるとは思いたくないが……


「あくまで"ごっこ"だから、恋人がしそうなことをこの部屋で再現するだけ。名前で呼び合ったり、手を繋いだり、抱き締めあったり……でもそれ以上はもちろんしないよ? 外でもそんなことはしないし」


「いつもしている気がするが……」


 今日は我慢できたとはいえ、以前まではベタベタくっついてきて今言ったようなことを外でも平気でやっていたと思うのだが……


「うん。だからこれからは、外ではそういうことは我慢するの。このアパートの中でだけ、一週間に一度、恋人タイムを作って欲しいって話……駄目?」


 ぐぐっ、そんな目をキラキラさせて睨まないでくれっ……! まだ理瑠の話が頭に残っていて、目の前の妹をつい一人の美少女として捉えてしまいそうになる。落ち着け俺、この娘は妹、この娘は妹。


「それに、依存症を治して行く為にも、お兄ちゃんを我慢することを覚えていきたいし。今までは、先輩たちに取られちゃわないかなって心配になって、お出かけしてもつい抱きついてしまっていたりしたから……」


 なるほど、ベタベタと接触してきていたのはそういうことだったのか。って本当かそれ? まあ確かに、流湖達が加わってからは頻度が増えた気はしていたが。


「ふう……わかった、そういう条件なら飲んでやることもやぶさかではないぞ」


「ほんと!」


「但し、言った通りに約束は守ること。いいな? 俺だって約束を守る、一週間に一度は付き合ってやるからさ」


「やったー、お兄ちゃんありがとう! じゃ、じゃあ……………………い、伊導くん、手、握ってくれる?」


 え、今からもうやるんですか!? し、仕方ない……


「お、おう、わかったぞ真奈」


「だめっ」


「えっ」


 手を取ろうとしたが、さっと引いてしまう。


「なんだよ」


「もっと恋人っぽく言ってくれなきゃだめ!」


「なんだこれは」


「むむむむむむむむむむ」


「わ、わかったわかった」


 妹様の顔が破裂しそうになっていた為いうことを聞いてやることにする。


「じゃあ……マナ・・、ほら」


「うん、それでいいよ……っ、伊導……ううん、イドくん……」


 そうしてベッドの上で横並びになり、手を繋ぐ。しかも所謂恋人つなぎだ。


「こ、これ恥ずかしいな」


「ああ、ま、まあな」


「ねえねえ、最も名前呼んでよ、さっきみたいにマナって……」


「おう……マナ、依存症治すの頑張ろうな」


「うん、頑張る♡♡♡ ああっ、名前呼ばれただけでしゅごい幸せ……イキそう……」


「ええっ、やめとくか?」


「ら、らめっ、やめちゃらめ……もっと呼んでぇ?」


「うう、わかったよ……マナ、す、好きだぞ」


 と悪ノリをしてみる。


「ふううううっ♡♡♡♡♡♡ それひきょう! イドひきょう!」


 するとマナ……ごほん。真奈はいつもよりも大きく身体を震わせた。これ、大丈夫だよな? というかそもそも本当に"ごっこ"のつもりでやってくれてるんだよな?


「うふ〜、しゅきっ、しゅき!」


「はいはい、俺も好きだぞマナ」


「んんんんんっ♡♡、これ抱きつくよりもヤバイかもぉ♡♡♡」


 俺はどういうわけか、この日いつしか『妹』を『マナ』として扱うことに抵抗をなくし、恋人ごっこに乗り気になってしまっていたことに気がつかなかった。


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