第57話 思わぬ出会い
中に入ると、まさに想像するようなライブハウスだった。広くなにもない空間の客席に、奥の方には1メートルほどの段になっているお立ち台。そして今は落とされているが照明が至る所にあり、きっとライブ中にはカッコいい演出がなされるのであろう。
「あそこで練習するんですか?」
「まさか、併設のスタジオを借りているのよ」
流湖の質問にバッサリ答える凛子。そりゃそうか、流石にこのステージを借りるにはお客さんを入れないと。
いくらなんでも文化祭の練習をするだけじゃお金がもったいないだろうし。
「元々私たちは大学生の間だけだけど、ここで3ヶ月に一回、
へえ、そうなのか。じゃあ人前で演奏したことはあるってことなんだな。
「もっとも、ここで皆で演奏できたのは一年半ちょっと、お客さんの前でしたのは5回程でしたから、それほど積極的に活動していた訳では有りませんけどね」
田島先生が言うには、田島先生が一番年上で、その一つ下に凜子と富佐子、そしてさらにその一つ下に蓮美の三学年の先輩後輩同士なのだと。
「それに先生になると、時間がねえ〜。あなた達も、大人になったら今以上にわかるわ、社会に縛られるってことをね……」
と、蓮美がため息を吐く。大人の世界って大変なんですね。
「半年に一回程度は皆で集まってスタジオの方でちょっとした演奏をして、その後打ち上げって流れができてるから、趣味として続けてはいるけどね」
じゃあ四人はそのまま十数年の付き合いになるってことか。
「なるほど、それで今回も先生達でバンドを組むことになったと」
「そうよ〜、真奈ちゃんから聞いていたと思ってたけど、そうじゃなかったのね」
「言いそびれていたんです、ごめんねお兄ちゃん。お兄ちゃんに話していたら先生達のこともっと早く気付けていたかも知れないね」
「別に謝ることじゃないさ、そういうこともあるだろうし」
変なところで律儀な妹だ。
「まあとにかく、スタジオへ行きましょう。富佐子も待ちかねているでしょうし」
そうして九人となった俺たちは件の併設されているというスタジオへ。
「お、来た来た……ってなんで伊勢川達が?」
中には、様々な機材が置いてあり、その一辺で富佐子が準備をしていた。
「ちょっとそこで会いまして。あ、言い忘れていましたけど君達、まだ生徒達には内緒にしてくださいね? 一応サプライズってことになってますし、変に騒がれてた恥ずかしいだけですので」
サプライズか、確かに凛子のバンドのメンバーが全員教師だと知られたらそこそこ話題になるだろうな。
「先輩に補足すると、機材には勝手に触らないこと! 結構高いんだからねこういうのって。壊して賠償なんてことになったら大変よ」
凛子の言う通りだろう。配置されている機材のメカニックな感じはちょっとかっこいいと思わなくもないが、下手に弄るといけないことくらいはわかる。
「わかりました、気をつけておきます」
「はーい、りょーかいです!」
などと返事をし。
「来てしまったものは仕方ないな。じゃあそこの壁にでも座っておいたらどうだ?」
と冨佐子がいうので、皆で椅子を借りておとなしく並んで座る。
「それにしてこうして見ると、阿玉くんはともかく伊勢川くんは女子に囲まれた生活をしているのがよくわかるわ」
と凛子が準備をしながらいう。
「え、なんで俺は除外!?」
「だってそこの増田さんと付き合っているんでしょ? それくらいわかるわよ、これでも教師をし始めて10年くらいにはなるんだから」
「えっ、バレていたんですかっ?」
「貴方のクラスの担任、三田先生も知ってると思うわよ」
「ええ〜、先生そんな風に見えないのに〜」
確かにあの先生が生徒の情報を細かく把握してるなんて、と思ってしまうほどにはほんわかしているのだ。
因みに蓮美とは違うタイプの人気が男子にはある。
「確かに、伊勢川を見ているとなんとなく先輩に似たところを感じるな……特に女性に慕われているというところが」
と田島先生を見ながらいう富佐子。
「なんのことですか?」
と先生は言う。
「先輩だって気づいているくせに……」
「うふふ、この人はこういう人だからね〜」
「そういうところがずるいわほんと」
あら、微妙な空気に……モテる男は大変だな。
「おい、なんで自分は関係ないみたいなことしてるんだ伊導。お前だって得田先生の言う通り疑似ハーレム状態じゃねーかよっ」
え?
「そうだよお兄ちゃん、いつまでもこの曖昧な関係が続くとは思わないでね! 私の病気が治ったら兄と妹として
「そうだよ伊導くん、いつまでもこの曖昧な関係が続くとは思わないでね! 真奈ちゃんの病気が治ったら一姫二太郎
「そうですよ先輩、いつまでもこの曖昧な関係が続くとは思わないでくださいね! 真奈の病気が治ったら人生の先輩と後輩として真奈と
と急に口々に思いの丈をぶつけてくる。
「あらあら〜、モテモテじゃないのあなたっ、ふふ、先生も参戦しちゃおうかしら?」
「「「ダメです!!!」」」
ガルルルルと唸る理瑠、シャーー! と威嚇する真奈、ゴゴゴゴゴゴと圧をかける流湖の三人が一斉に拒否を示す。
あの、俺の気持ちは……いや、流石に先生と恋人になる気なんてないけど、まるで人生の手綱を握られている気分になるな。
「もう、蓮美! 余計なことを言わないの。伊勢川くんも困ってるでしょ」
「あら、でも凛子先輩は私がいない方がやりやすいんじゃないので?」
「そ、それは--」
「はいはい、早く練習するぞ。皆さんもお騒がせしてすみませんね」
とそこで田島先生が手を叩き場の注目を集める。
「は〜い」
「はい」
「す、すみません先輩っ」
富佐子だけは他の二人よりも謙った感じで返事をする。
「じゃあ取り敢えず軽いセッションから」
と、田島先生がドラム、凛子と富佐子でメインのギターとベース、蓮美がキーボードという構成で音合わせが始まった。
「……へえ、長いことやってるだけあるね、お兄ちゃん」
「そうだな、なかなかサマになっている」
「すごいですねー」
「これなら文化祭で演奏しても全然おかしくないね〜」
半年に一回程度と言ってはいたが、それでも個人でも練習しているのか、なかなか聴ける演奏だ。
「俺も演奏したくなってきたぜ」
と、泰斗が弾く真似をする。
「泰斗の演奏みたいなっ、きっとカッコいいはずだから……」
霞は頬をポッと照らし横に座る彼氏を見つめる。
「霞……」
この二人はちょっと放っておくとすぐこれだな。熱いうちは俺たちも別れる心配をすることなく安心できるからまあいいけど。
「----ふう、こんなものでいいでしょう。では曲の練習を」
「そうですね、じゃあ君達、今日はここまでね?」
「「「えー!」」」
凛子の言葉に一斉に抗議の声が上がる。
「当たり前だろ、流石にそこまで聞かせてやる義理はねえだろ? ほら、帰った帰った」
「ぶう〜」
「なんだ折原、そんなに私と一緒にいたいのか? なら、今度の部活で"個人レッスン"でもするか。とことんしごいてやるぞ?」
「あ、し、失礼します〜〜!」
流湖はスタジオから飛び出していってしまう。
「あっ、先輩!」
そして真奈も。
「すみません、じゃあこれで」
と、もうここにいても仕方ないだろうと荷物を持ち椅子を片付ける。
「はい、また文化祭でお会いしましょう」
「またね〜うふんっ」
「もう尾行なんてするんじゃないぞ!」
そうして俺たちも、飛び出した二人に続き四人伴ってその場を後にした。
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