第56話 歩くリンゴちゃん
コスプレ衣装を購入した後、昼飯も食べ終わり、そのままぶらり買い物へ。
「--そうだな、サブカル方面はあまり詳しくはないから。霞は確か結構知識あるんだな?」
雑談をしながら、サブカル街を歩く。
「サブカルって言うわけじゃないけど。漫画やアニメとかねっ」
「ほうほう、さっきのコスプレ屋でもちまちま解説してくれてたからな」
「余り詳しくは話せなかったのが残念っ」
「あれでも全然なのか?」
「うん、そうだよ? 世界観からそのキャラの設定、人間関係、裏設定なんかも。本当のコスプレをしようと思ったら、いくら勉強しても足りないくらいなんだからっ」
と興奮した様子で語る霞。終始こんな感じだったため俺たちも宥めるのに苦労した場面がいくつかあった。周りのお客さんも引いていたしな……残念美人という言葉はあまり使いたくないが、あのときの彼女は確かにそんな感じだった。
「俺も、少しくらいなら話せるぜ? 霞と仲良くなる為に色んな作品調べたりしたからな!」
「た、泰斗……」
「霞……」
「はいはい〜、ピンクの空間はしまっちゃおうね〜」
と歩きながら次第に顔が近づく二人を遠ざける流湖。ナイスタイミング。
そんなこんなでふざけつつたまにお店を茶化しながら歩いていると。
「ん、あれって、
少し先の方に、何かのケースらしきものを背負って歩く、俺のクラスの担任である大隈凛子が歩いていた。
ちなみに渾名はリンゴちゃんだ。名前だけ見ると可愛いが、失礼だがあのキャリアウーマン風の雰囲気には似つかわしくないと思ってしまう。
勿論本人の前ではそんな呼び方はしていない、生徒の間限定の愛称兼隠語みたいなものだ。
「ああ、大隈先生だねっ。どうしてこんなところに?」
霞の言う通り、このエリアは先生が来そうな場所ではないし。ライブハウスや楽器屋さんの並ぶエリアなのだ。
「ん、もしかしてバンドかな?」
と俺はあることに気がつく。
「バンド?」
「ああ、昨日も言ったけど、ウチのクラスの出し物はライブ開催だろ? 先生も誰かとチームを組んで演奏するって言ってたんだ。だから何か用事できたのかもしれない」
と、訊ねてきた真奈に説明する。
「そうだ、せっかくだからちょっとつけてみようぜ?」
「え?」
泰斗が悪戯小僧みたいな表情を浮かべながらそんな提案をする。
「でもっ」
「面白そうじゃん〜、私は賛成〜」
「おい、まじか?」
と流湖は笑顔で手を挙げる。そんなことしたら見つかるかもしれないぞ、気を付けろ……じゃなかった。何で行く前提なんだ俺は。
「ねえ、折角だし行ってみようよ。それにここを逃したら大事なイベントを見過ごす気がするの」
と真奈がいう。大事なイベント?
「まあ賛成多数だし、行ってみよ!」
と流湖はそそくさと後をつけに行ってしまった。
「おい! 仕方ねえな……」
俺たちは慌ててその背中を追いかける。
そうして5分ほど経ち。先生は地下へ続く階段からライブハウスへと向かって行く。
「お、やっぱバンド関係なんだな」
「誰と組むんだろう?」
「一人で練習しに来ただけかもっ」
「うーん、やっぱ気になるなあ……」
「真奈、何がそんなに気になるんだ?」
先ほどから悩ましげな顔をする妹に訊ねてみる。
「何か引っかかってる感じがするの。どこかでこのシチュエーションに繋がりそうな状況を目にした覚えが……あっ、そうか!」
「ん?」
と、真奈が声を出したところで、先生が急にこちらを振り向く。
「やべっ!」
「おっと」
「ひゃっ」
「あぶないっ」
「伏せてっ」
曲がり角の奥に慌てて隠れる。が、
「君達、何をしているのですか?」
「「「おおっ!?」」」
後ろから声をかけられ、皆でビクリと跳ねてしまう。
「あれ、伊勢川さんじゃありませんか? それにそちらは、伊勢川くんですか、お久しぶりですね。三住さんまでいるのですか、今日は皆でお出かけですか?」
「あ、田島先生?」
そこにいたのは、真奈の担任の田島先生だ。勿論俺も同じ中学に通っていた為知っている。
「伊導くん、どちら様?」
「ああ、そうか。この人は中学校の先生、真奈の担任の田島先生だ。先生、皆は俺の高校の友達なんです。今日はちょっとここら辺に買い物に来ていて」
「そうでしたか。それはそれは。でもここはお店じゃありませんよ? それに未成年は使用禁止のライブハウスのはずですし。誰かここにお気に入りのバンドでも?」
「いや、別にそういうわけでは……」
「あ、あはは〜」
「ひゅー、ひゅー!」
「お、俺たちはたまたまそのなあ、ははは」
「あの、その、ええと」
と全員があからさまに怪しいごまかし方をしてしまう。
「むむ? 一体何を企んでいるのです?」
と、先生は眉を潜める。
「あ、田島先輩! ……ってあなたたち、どうしてここに?」
「「「あっ」」」
すると、こちらの騒ぎを聞きつけたのか先ほどまで尾行していた凛子が戻って来た。
「いやあ、この子たちがなぜかこの階段に隠れていたとものだから、何をしているのかと訊ねていたんだ」
「ほうほう、隠れてねえ」
ひえっ。凛子の目に鋭い光が走る。
と、そこにまた。
「あら〜、伊勢川くんじゃない。それに他のみんなもお揃いで!」
凜子と同じ方向から現れたのは、相変わらず色気をこれでもかとばら撒いている、田島先生と同じく母校の中学校の美術教師、佐久間蓮美だった。
「え? 蓮美先生まで。どうして……やっぱり、そういうことだったんですね」
と、真奈が言う。
「そういうことって?」
「田島先生と蓮美先生、それにお兄ちゃんの高校の得田先生は同じ大学の先輩後輩だったんだって。蓮美先生からこの前、うちのアパートに行く途中にちょっと事情を聞いていて。大学の時に皆さんでやっていたバンドを再結成することになったって。それでもう一人メンバーがいるって話だったんだけど……」
この前の
「この時期に"先生"がここにいて、しかもその先生はお兄ちゃんの学校の教師で得田先生とは同僚。見た目の年齢も同じくらいだし、リンゴちゃん先生を見た時からそれが頭にずっと引っかかっていたの」
それで納得がいったわけか。よく分かったな。
「なるほどね、それで私のことを追いかけて来たと。ところであなた達、リンゴちゃん先生って?」
「あっ」
「そ、それは」
「おい真奈っ!」
「ご、ごめんなさい!」
「こら、妹さんは関係ないでしょ、全くあなたたちったら大人に向かって変なあだ名つけちゃって……まあ知っていたからいいんだけどね」
え?
「なに、意外? 教師のネットワークも生徒に負けず劣らずよ、舐めないでほしいわね。それよりも皆、もうなにしていたか分かったんだから帰りなさい、あまり遅くにならないようにするのよ」
「ええ〜!」
「そんなー、せっかくここまでついて来たのに……」
と皆が口々に文句を言う。
「そっちが勝手について来たんでしょ、被害者面しないの! 皆さんどうします?」
「あら、別に見学してもらえばいいんじゃない? せっかくの機会だし、人前でやる練習にもなるわよ〜」
「あまりいたずらに子供達を巻き込むのは感心しないが……まあ佐久間の言う通り少しくらいならいいかもしれないな。勿論、皆さんが聴きたければですよ?」
と田島先生が訊ねてくる。
「はーい! 聴きたいです!」
「私も〜」
「俺も是非! 文化祭でギターやるんで!」
「私もっ、せっかくなら」
「皆がそう言うなら、俺もお願いしましょうかね」
生徒軍団は満場一致だ。
「どうだ、凛子は?」
「先輩がいいなら、わ、私は別に……」
と頬を赤くする凛子。まさかこの人……
「じゃあ決まりね〜。あとはあの子だけだけど、どうせ言っても嫌がるから無理やり中に入ってしまいましょう? ね、伊導くん、中・に・入・り・た・い♡でしょ?」
「え、は、はい」
何でそんな聞き方してくるんですか……こちとら年頃の男子高校生なんですよっ!
「じゃあ行きましょうか。足元に気をつけて」
そうして先生達の先導で、ライブハウスへ----
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