第49話 恋人じゃなく、兄妹としてならいいよね?

 

 そして夜。流湖は流石に今日は一人で寝てみるといい、妹と二人きりだ。


「お兄ちゃん、今日は楽しかったね!」


「ああ、またいつかみんなで遊べたらいいな。冬休みにでも声をかけてみようかな」


「いいねそれ! さんせーい」


 昨日は四人でと言ったが、流湖や泰斗たちは真奈も連れておいでよと言うので、途中からは実家に戻って母さんたちと話をしてきた妹を連れてアパートとに戻り、五人で打ち上げをしたのだ。

 因みに理瑠は別の用事があると言うので来なかった。


「じゃあそろそろ寝るから、おやすみ」


「うん、お休み!」


 と、今日は昨日みたいな添い寝状態には流石にならず、また部屋の間にカーテンを引いて別々に寝る。


「……ねえ、お兄ちゃん」


「ん、なんだ?」


 部屋の電気を消し横になると、すぐに真奈が話しかけてきた。


「お兄ちゃんって、本当に好きな人いないの?」


「え? 急にどうしたんだ?」


「今日の阿玉先輩と霞先輩の仲の良い様子を見ていると、羨ましくなっちゃって……私の病気が治るまでに、お兄ちゃんが他の人と付き合っちゃったら悲しいよ、やっぱり」


 といじけたような声色でいう。


「何度も言うが、真奈が『俺依存症』から脱却できるまで、誰とも付き合う気はないよ。でも、だからといって正常な状態に戻れたとしても、恋人になってやる気はないからな。父さん母さんも言ってたけど、近親恋愛なんてやっぱりだめだ。誰か男子生徒紹介しても良いんだぞ? 泰斗ほど仲が良くはないが、性格の良い奴らばかりだぞ」


 特に我が妹は贔屓目に見ても顔立ちは整っている方だし、生活能力もある。今日の夜も、流湖と一緒に隣の家で晩ご飯を作ってたし、味も申し分なかった。

 男女同権の時代に入ってきているとはいえ、未だ恋人や配偶者にメシマズ要素があると嫌がる人もいるからな、そこら辺は安心できる。


「お兄ちゃんは、それが本心なの?」


「え?」


 真奈が起き上がる音がし、仕切りが開かれる。


「本当に、心の底から私と付き合いたくない、私には異性としての魅力がないって思ってるってこと?」


 いつもの甘えるような言い方ではなく、真剣な顔をして聞いてくる。


「そこまで言ったつもりはないが……」


「じゃあ、私が実妹じゃなかったら付き合ってたって訳?」


「それは……どうなんだろう。というか何故に実妹限定?」


「私が義妹かもしれないじゃない?」


「いや、それはない。少し前、気になって聞いてみたら証拠も見せてくれたし。間違いなく、真奈は俺の妹だよ。そんな想像するな」


 と頭を撫でてやる。


 もしかすると、万が一そんなことがあるかもしれないと思って一度訊ねて見たのだ。結果はすぐに否定。そんなこと聞くなと怒られつつも、出生証明書や戸籍も見せてもらったし、俺の血の繋がった妹であることは疑いようもない。


「んっ。でもじゃあ、私とお兄ちゃんが結ばれる可能性はゼロってこと?」


「まあ……ぶっちゃけるとそうなるな」


「そう……わかった」


 といい、俯いてブツブツと何事かを呟く。


「真奈?」




「――――流湖先輩も、もう吹っ切れたし。私も吹っ切れて良いよね?」




「え?」


 妹は、俺を押し倒し、お腹の上に馬乗りになる。


「お兄ちゃんの中にある倫理観が問題なんだね。私のことを結局は妹としてしか見ていないし、そうだとしても血の繋がった兄妹が付き合っちゃいけないという"常識"に囚われているんだよ」


「そのっ」


「だったら……その常識や倫理観が全部吹っ飛ぶくらい、私のことを意識するようにさせたら良いんだよね? 私がお兄ちゃん以外の人を好きになると思った?」


 真奈は喋りながらも俺のお腹から少しずつ足の方へ動いていく。


「そ、そうなってくれたらお互いにいい方向へ向かうと思ってっ!」


「じゃあ、お兄ちゃんは流湖先輩と付き合うつもりはあるの?」


「え、る、流湖と? だからそれは」


「私の病気が治ったら、付き合うの? 流湖先輩のことどう思ってるの? 本当は恋愛対象、それともただの女友達としてしか見ていない、どっち?」


「…………えと」


 そう言われると……流湖も、真奈に負けじと美少女で。少しふんわりしたところもあるが、明るく頭もそんなに悪いわけではない。父さん同士が知り合いでもあり、人間関係も期待できて……って、そうじゃない、何を考えてるんだ俺は!


「ほら、今即答しなかったってことは、私は無理で流湖先輩はいいってことなんだ。あはっ、やっと本音が聞けたね。お兄ちゃん、私の体のことばかり言って、いつも曖昧な感じにしてたけど、本当はそう思ってたんだね」


「いやだから、前提が違うだろ。真奈は女としてよりもまず、妹である訳で。流湖は高校の同級生で、家族ではない血の繋がっていない友人で……」


 真奈の方こそ、そこに言及せず、話を明後日の方向に持っていこうとしているじゃないか。


「じゃあ、そんなこと言うってことは、私のことも『妹』じゃなくて『女』としてみるようにしてあげればいいんだよね? もっと早くこうしておけばよかった……」


「真奈、一体どうしたんだ、今日なんだかおかしいぞ?」


 と指摘すると……


「だって、流湖先輩はお兄ちゃんをあの手この手で籠絡しようとして。私は身体のこともあって、余りそんなことはできなくて」


 いや、結構していると思うが。


「今日の二人を見ていても、阿玉先輩たちに負けないくらいイチャイチャしてきたじゃない」


「イチャイチャはしてない、あれは流湖が勝手に迫ってきただけだ。『真奈がここにいたら抜け駆けじゃないよね』って言ってただろう?」


「でも満更でもない顔してたよね。鼻の下伸ばしてたよね」


「そ、そりゃあ俺だって男さ。可愛い女の子にベタベタされて悪い気はしないのは確かだ。それと付き合うかどうかは別の話だろ」


「それを見た私の気持ち、わかる? 好きな人が目の前にいるのに、その人のことを好きだと言う別の女性と仲良さげにしちゃって。私だって妹妹言われるけど、一人の女の子なんだってなんでわかってくれないの?」


 下を向いた真奈が流した涙が、俺の服に落ちシミとなっていく。


「ご、ごめんよ、そんなつもりじゃなかったんだ本当に。真奈の気持ちを尊重したかったのは悪いと思う、すまない」


 そうだな、幾ら妹で近親恋愛は駄目だと言っても、真奈だって一人の感情を持つ思春期の女の子なのだ。自分の感情を周りから、しかも肉親から否定されて嫌な気分にならない筈がなかったのだ。むしろいままでよく耐えてきたと思う。


「心からそう思ってるの?」


「あ、ああ、間違いない」


「じゃあ、私と付き合う気にはなるの?」


「えっと、それは……」


「じゃあ、付き合うんじゃないならいい?」


「え?」


「妹として、ちょっと仲の良すぎる兄妹になればいいんだよ。そうすれば、周りからあれこれ言われることもなく、仲良しなのね程度に終わると思わない?」


「いや、そんなわけには」


 だが妹は、俺がいい終わる前に、俺の体から離れ床へと立ち上がる。


「私、今のままじゃ駄目だってわかった。これからは、違う方向からいく。恋人じゃ駄目なんだよね、うん」


 その目は据わっており、何を言っても聞きそうにない。


「妹と兄。その関係を崩さないなら、誰からも文句を言われない。これって凄い発見だと思わない?」


「あの、真奈さん?」


「おやすみ、お兄ちゃん・・・・・


 そう言うと、向こう側に行きカーテンを閉めてしまった。


「…………どういうことだったんだ」


 恋人ではなく、兄妹の関係を崩さない? 今まであれほど恋人と付き合いたいと言っていたのに。


 急に方針転換を宣言した真奈に、一抹の不安を、覚えずにはいられなかった。


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