2 ……届け。私の思い。
……届け。私の思い。
「花。彼女から手紙が来てるよ」花のお姉ちゃんの奥山咲がにやにやしながら花に言った。
「彼女じゃないよ。いつも言ってるでしょ?」
二階から下りてきた寝起きの花は咲に言った。
「ほら、大切にしなよ。千夏ちゃんのこと」
すれ違い様に咲は言う。
それから花は咲から手紙を受け取った。宛先だけが書いている真っ白な手紙。後ろを見ると、いつものように桜のシールで止めてある手紙の下には『井上千夏』の名前があった。
花は千夏の名前を見て、それからその手紙を上着のポケットの中に入れて、そのままキッチンに移動をした。
「お母さん。ご飯ある?」
「あるよ。そこに用意している。さっさと起きてこないから、もうみんな食べちゃったよ。花以外」
寝癖のある髪をした花を見て、エプロン姿の花のお母さんはにっこりと笑ってそう言った。
花は自分の椅子に座って、少し遅めのお昼ご飯を食べた。
それから「ごちそうさま」を言って、洗い物を洗ったあとで、花は自分の部屋に戻って、そこで、さっき姉の咲から受け取った千夏の手紙を読み始めた。
最初はいつものように、千夏と、千夏の周辺で起きた、つまり花のよく知っている同級生たちの、日々の出来事が書いているだけだと思っていたのだけど、その手紙には、千夏から花への恋の告白の言葉が書いてあった。
「え」
その見慣れた丸文字で書かれている大好きです。の文字を見て、花はどきっとする。
それから、……そんなこと、千夏。お前、全然言ってなかったじゃん。最後まで、僕に言ってくれなかったじゃないか。
と、そんなことを思った。
終業式の日も、引っ越しの当日の日も、千夏は笑顔で、「ばいばい、花」と言っているだけで、『大好きです』だなんて一言も言ってくれなかった。
花はその千夏の恋の手紙を見て、最初は戸惑い、やがて、嬉しさのようなものを感じて、……そして最後にはちょっと怒りにも似たような感情を感じた。
花は、ずっと千夏のことが好きだった。
だから、本当はずっと千夏と同じ街で暮らして、同じ高校に通って、できれば同じ大学に進学したいと思っていた。
千夏は、僕のことが好きではないのだと思っていた。友達として、あるいは、近所に住んでいる者同士としては、仲が良い関係ではあったと思うけど、恋人としては、好きじゃないとずっと思っていた。
今、手紙に書くくらいなら、なんであのとき、僕が引っ越しをする前に言ってくれなかったんだよ、千夏。
そんなことを花は思った。
それから花はしばらくの間、自分の机の上で、両手を枕にして突っ伏して、いろんなことを考えた。
それからだいたい一時間後くらいに、花は引き出しを開けて、千夏に向けて、手紙の返事を書き始めた。
千夏の恋の手紙に対する、返事を書き始めたのだった。
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