第57筆 アーガラム皇帝、動く

 豪奢な城の玉座に佇む一人の男の下に慌ただしく走りやすさを重視した軽装の配下が扉を叩き開けて入ってきた。


「陛下、セルトケ共和国が裏切り、邪神教の手に落ちたようです! 」

「イクスァ、陛下の御前です! 扉を叩き開けないで下さい! 」


 そう制止した女性を陛下と呼ばれた男は手を軽く上げて「落ち着け」と合図した。


「ガッハーハッハッ!! 面白いな!状況を説明せよ、斥候長イクスァ。」


「はっ。シン・イーストサイド殿が協力を取り付ける為に駆けつけた所、快諾したように見せかけて襲撃したそうです。一行はヴォルフガング殿の転移で避難されました。」


「ふん。となるとレスリックは邪神教の傀儡か。」


「そう思われます。」


「よし、我が息子はいるか! 」

「陛下、彼は卒業試験中です。」


「そうだったわ。つまらん。

 良いか、戦争は仕掛けるな。邪神教の思う壺だ。奴らはラグナロクが狙いなんだろう。この前ライオネルのジジィがそう言っていたからな。」


「では、どうされますか? 」

「イクスァ、シン坊に招待状を送れ。ここに来る頃にはエルツ歴500年祭をやるからちょうど良い。

『全面的協力をしてやる』とな。」

「はっ、陛下。」


 斥候長イクスァはシンの元へとその健脚を向けた。


 この陛下と呼ばれた人物、それは──


 アーガラム帝国、皇帝クロストフ・アーガラムである。

 彼が動くこと、それは人の血が動くことである。

 別名 狂血帝と呼ばれる彼の先には血が残らない。

 なぜなら血を操る能力、『鋼血操術アスィエ・サン・ハングレイ』の使い手であるからだ。

 この話はシンが会ってから話すことになるだろう。


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「はぁ、はぁ、はぁ。」

「撒いたか。」


 息が切れ切れになりながらも俺たちはクシュトラを黄泉に送り、なんとか逃げてこれた。


「ガング、ここは? 」

「ここは北の大陸へ続く港町、リセユマですぞ。」

「シンさま、ファンシアゴブリン賢小鬼族が暮らす町です。」


「知能が人間と同じ? 」

「そうです。データベース表示。」


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 リセユマのファンシアゴブリン賢小鬼族


 この地に住むゴブリンたちはファンシアゴブリン賢小鬼族と呼ばれ、かつては普通のゴブリンであったが、邪神の因子による実験と魔法公国の人体実験の被害にあった副作用で並々ならぬ身体能力と環境適応力、そして寿命が60年程に延長し、姿も知能も肌の色以外変わった点はない。

 長く続いた実験に対し、六聖神が一柱、闇聖神ディートリヒが鶴の一声を行い公国は謝罪。

 晴れて自由の身となった彼らは北の大陸との玄関口であるリセユマに港町を築いた。


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「結構辛い経験があるんだな。」

「これもつい50年ほど前まで行われていました。」

「なくなって良かったと思うよ。」

「おっしゃる通りです。それでは宿を探しましょう。」


道行くゴブリンさんたちは確かに肌の色以外は普通の人と何ら代わりがない。

時折エルフの人や人間の商人たちが売り込みをしており、彼らに宿を教えてもらって着いたのが……

自由の潮風亭だ。

亭主は60歳で白髪のダンディなファンシアゴブリン賢小鬼族で年齢とは裏腹に鍛え上げられた肉体の持ち主だった。


「坊主、これからどこに行くんだ? 」

「ご亭主、ディートリヒ様に会いに行きます。」


亭主は思案顔で返答する。


「ディートリヒ様は流浪の身。北の大陸のどこかにいるのは確かだが、誰もわからん。」

「ウィズム、ほかの六聖神に居場所を聞くのは? 」

「少々お待ち下さい。」


ウィズムは目をつぶってネックレスを握った。


「──返答が来ました。皆さまご存知ないようです。気まぐれなお方らしく連絡がとれにくいそうです。」

「困ったなぁ。地道に探すしかないな。」

「うーん、ルゥならわかるかも! 」


そして、俺は特異点と呼ばれる彼女の恐ろしい所を目撃してしまった。


「我、同胞を探すもの。汝の座標を示したまえ。『六聖秘天法シクサエルトレン』、『絆の座標』。」


彼女の額から一筋の光が射し込み、海の向こう側まで続いている。


「シンお兄ちゃん、2日かかる所にいるよ。」

「あ、ありがとう。なんで『六聖秘天法シクサエルトレン』使えるんだ? 」

「何となく? 」


いや、疑問文で聞かれても……困る。


ディートリヒ様の居場所がわかったので明日出発だ。

あれ? なぜ闇聖搭にいないんだろう?

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