変化1
土曜日、今日はバイトで優恵を連れていく日だ。
「じゃあ透、昼飯は冷蔵庫にあるから、あっためて食えよ」
「うん、行ってらっしゃい」
「いってきまーす!」
「行ってくる。夕方には帰ってくる」
土曜日は朝から出勤だ。稼げるときに稼いでおかないと。俺が稼いだお金は主に透と優恵のために使ってる。玩具だったりゲームだったり。
お母さんから送られてくるお金は、生活する分には問題ないが。玩具なんかを買うには足らない。優恵にも透にも不自由はさせたくない。透は遠慮するが、遠慮なんてしなくていいといつも言ってる。それでも、迷惑をかけたくないのかいつもゲームを買うときはみんなでできるようなゲームを買ってくる。
学校じゃバイトをする俺に「ゲーム買うためにバイトしてるんだろ」なんて言うやつもいるが。バイトの金を自分のために使ったことはない。おこずかいが足りないなんて言ってるやつもいるが、おこずかいなんてものは俺にはない。お前らは恵まれているんだ。
だから、学校に仲のいい友人は一人しかいない。深くなく浅すぎない付き合い、それが学校での生活。唯一の友人は、昔からの俺を知っている腐れ縁だ。だから何も持たない俺に、本という趣味を教えてくれたのはあいつだ。
「おはようございます、喜瀬里さん」
「おはようございまーす!」
「よく来たね優恵ちゃん」
「おねーさんおはよ!」
「優恵、奥の部屋でおとなしくしてるんだぞ」
「うん!」
「お菓子もあるから食べてもいいよ。優恵ちゃん」
「ほんと!にーに食べてもいい?」
「いいんですか、喜瀬里さん」
「優恵ちゃんのために買ったのだから、食べてもらえると嬉しい」
「ありがとうございます」
「なに、きみの家事情はしっているし。子供は元気が一番だからね」
エプロンに着替えて店番をする間。喜瀬里さんがたまに優恵の様子を見てくれる。土曜日は平日と違ってお客が多い。休日だから当たり前なのかもしれないが。お昼ごろになると客入りも少なくなり喜瀬里さんと交代でお昼を食べる。
「優恵お昼だぞ」
「おべんとたべる?」
「ああ、お弁当食べよう」
弁当を食べ終わると、優恵はうとうとし始めた。
「お昼寝するか」
「ぅん」
「よしよし、こっちで横になれ」
「ん……」
「喜瀬里さん、お昼行ってもいいですよ」
「それじゃあ、店番お願いね」
「はい」
三十分ほどたって喜瀬里さんは名詩さんと帰ってきた。
「ただいま、神門君。何事もなかったかな?」
「おかえりなさい、とくには何も」
「それは良かった」
「ねぇねぇかなくん、私におかえりなさいはないの?」
「いたんですか名詩さん」
「存在すら気づかれてなかった!?」
「それで喜瀬里さん」
「そのうえスルーまで!かなくんがいじめるー」
「いじめてません。こんにちは名詩さん」
「おかえりがよかったんだけどなー。こんにちはかなくん」
「とりあえず名詩ちゃんはエプロンに着替えてくるといい」
「わかりましたー」
小走りで休憩室に走っていく名詩さんは、扉お開けるとそーっと入っていった。
「優恵ちゃんは寝てるのか」
「はい、それで喜瀬里さんどうして、名詩さんと一緒に?」
「ああそのことか。たまたまお昼を食べに行ったお店で一緒になってね」
「そうですか」
「二人で内緒話ですかー?私もまぜてくださいよー」
「別に内緒話ではないですよ」
「本当にー?」
「本当ですよ」
こうして土曜日は何事もなく終わる――はずだった。
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