依存させたい彼女達は、逃げる彼を追いかける

幽美 有明

日常

とおる、学校に遅れないようにな」

「兄さんも気をつけてね」

「分かってる。優恵ゆえ幼稚園行くぞ」

「にーにまって」


 俺の家は母子家庭だ。父親いや、クソ親父は居ない。パチンコで借金してそのままどっか消えやがった。しかもその借金を残して。

 借金はどうにか弁護士の先生のおかげもあり返済の目処はたった。しかし母さんは働き詰めで家にいないことが多くなった。

 けっして無理をして働いている訳では無い、出張が多いんだ。その方が稼げるから。

 そして今年から、出張は単身赴任になった。母さんは俺たちを置いていくことを心配していたが、俺たちは頑張ってと送り出した。家事は俺と弟でできる。なにも心配しなくていいと。


「じゃあ、お願いします」


 妹の優恵はまだ五歳、幼稚園児だ。毎朝学校に行く前にこうして俺が幼稚園に連れて行ってる。弟の透は小学六年生。いつも家を最後に出るのは透だ。優恵を幼稚園に送ってから学校に行くためには、七時前には家を出ないといけないからな。


 学校が終わり、俺が行くところは決まってる。


「優恵、帰るぞ」

「にーに!先生ばいばいー!」

「ばいばい優恵ちゃん」


 優恵を迎えに行くこと。それともう一つ。


「透のいうこと聞いて、いい子にしてるんだぞ」

「うん!」

「透帰ってくるまで頼んだぞ」

「兄さんも無理しないでね」

「わかってるさ」


 バイトに行くこと。平日とたまに土曜日、本屋でバイトをしている。コンビニでもよかったが、一番近くて給料がよかったのがここしかなかったんだ。


「お疲れ様です、喜瀬里きせりさん」

「お疲れ様、神門かなと君。名詩めいしちゃんならもう少しでくるから」

「わかりました」


 この人は喜瀬里さん。この本屋の店長で、趣味で本屋をやってる変わった人だ。普段はだらしのない格好でいることが多いが、外出するときは雰囲気がガラッと変わる。長身であることも加わって、できる女性に見えるのだから不思議だ。本業に何をしているかわからないけど、奥で話し合いをしているときもあるから。投資か動かなくてもお金が入ってくる仕事だろう。


「あっ、かなくんおっはよー!」

「こんにちわ、ですよ九毬さん」

「小さいことは気にしない気にしない。それと名詩でいいって言ってるでしょ?」

「なれないんですよ、年上の人を名前で呼ぶのは」


 この人はこの本屋のもう一人のバイト、九毬名詩さん。大学二年生でもちろん俺より年上だが、俺のほうがここでは先輩だからと名前で呼ぶように強制されてる。


 黒い髪を後ろで束ねた髪型。ポニーテールというやつらしい。おとなしそうに見える外見とは裏腹に、その性格は明るく元気。誰とでも仲良くできる、俺とは真逆の女性だ。


「今日も暇ねー」

「油断してるとお客さん来ますよ」

「そういうかなくんは、ずっと本読んでるけど目疲れないの?」

「将来のためですし」

「頑張り屋ねー、かなくんは」


 この本屋にお客がくることはそんなに頻繁じゃない。だから空き時間にこうして参考書や本を読んでる。


「喜瀬里さん、名詩さん。土曜日優恵を連れてきてもいいですか」

「問題ないよ、ここも賑やかになるしね」

「優恵ちゃん可愛いからもちろんよ」

「ありがとうございます」


 土曜日バイトがある日は、優恵をここに連れてきている。透は一人で家に居てもいいが、優恵はまだ小さくて家に置いてはいけない。そこで喜瀬里さんに頼んで土曜日バイトのある日は休憩室のほうに預けさせてもらってる。


「閉店時間だ、店を閉めよう。シャッターを閉めて掃除をしたら三人一緒に帰る。

 喜瀬里さんと名詩さんは駅に、俺は駅とは反対方向に。


「それじゃあ、また明日も頼むよ。神門くん」

「またね、かなくん」

「二人ともお気をつけて」


 俺はこの店が、喜瀬里さんと名詩さんがいる本屋が心地よくて優しくて。

 好きな場所だった。



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