三 小人達
「本当にこの者なのか?」
「……ゴート様、言ってた……間違いない」
「だがなぁ。その割には間抜けそうな顔で寝ておるが」
「……顔の間抜けさは関係ない。……ゴート様の言う事がすべて」
「それにしたってなぁ。前のやつばらはもっとこう……凛々しいというか、清涼というか、少なくともこやつよりも風情のある顔をしていたものだが」
耳元で何やら話し声がした。次第に、意識がはっきりしてくる。途端、全身の痛みで顔が歪んだ。
徐々に何があったのか、思い出されてきた。ファングボアの背に飛び乗り、進路を変えたのはいいが、巨大な牙に着衣が引っ掛かり、取れなくなってしばらく振り回されていたのだった。
とにかく引きずられないようにと必死でしがみ続け、最後はファングボアが岩に激突して停止したところまではぼんやりと思い出せる。リャコもその時に背中を強く打ちつけ、気を失っていたのだろう。
「うぅ、背中痛い……」
「お、起きたようだぞ」
「……ならばさっさと連れ帰る。……この女には役に立ってもらわねば」
連れ帰る? 役に立ってもらう? 不穏な言葉が耳に入り、リャコの意識は急速に鮮明になってきた。
「きゃっ」
「うおっ」
目を開けると、飛び込んできたのは男の顔だった。かなり近い。慌てて起き上がり、腕を振り回した。
「お、おい! 動くな!」
「ち、近寄らないでっ! わ、私はこれでも、王都の武統祭に出た圏使いなんですからね!」
「うぎゃああっ! やっ、やめろ! この乱暴者め!」
「ど……どこに消えたの!?」
手を止め、辺りをよく観察する。だが、あれ程近くにいた男の顔はどこにも見えなかった。すると、弱弱しい声が自分の尻の辺りから聞こえた。
「お、お前の手の下だ……愚か者っ、こ、この手をどけろぉ……っ」
「手?」
何かを掴んでいるような感触がし、手をどける。そこにいたのは、
「こ、小人!?」
「ぐっ、くぬっ……誇り高き、我ら
「……我ら、湖畔のどの種族より、小さい。……小人と言われても、仕方がない」
「うるさいっ。くそ、これだから竹骨どもは嫌いなのだ。にょきにょきと上にばかり伸びよって」
「……お前がどんくさいだけ。……僕なら避けれた」
愛用の圏が見当たらないものの、リャコは無手にて構えた。
「あっ、あなた達! 私を連れて行くとか、役に立ってもらうとか言ってましたけど、誘拐なんてされてやりませんからね!」
すると、小人二人は顔を見合わせる。
「娘、冷静に考えろ。我らが貴様のような大女を、連れ去れると思うか?」
「……無理。……腕一本すら持ちあがらない」
「えっ、そ、それは、……そうでしょうけど」
「我らは貴様に事情を話し、一緒に来てもらおうとしていただけだ。とにかく、先に自己紹介を済ませておこう。私はジャマル。そっちの口の減らないのがギャビ。我らが背の漆黒の羽を見よ。どちらも誇り高き昼門の一族だ」
小人の片方が、背中の羽を広げてみせた。蝙蝠の飛膜のような、羽毛のない漆黒の羽だ。
「ええと……黒のひっつめ髪の方がジャマルさんで、茶のざんばら髪の方がギャビさん……ですか?」
「あぁ、そうだ」
「……よろしく」
「ど、どうも……」
「まったく。せっかく介抱してやったのに、まさか叩き潰されるとは思わなかったぞ」
「えっ!? ご、ごめんなさいっ! 私ったら、なんて事」
「本当だぞ、この乱暴者め。ファングボアを捕らえ、貴様が目覚めるまで、獣に襲われぬよう番をしてやった我らを、狼藉者と勘違いするとは」
「ごめんなさい。……って、ちょっと待って。まず、ここはどこですか? っていうか私はどれくらい寝ていたんですか?」
「お前が寝ていたのは半日ぐらいだ。ここは……ギャビ、ここは何と言ったか」
「……竹骨の言葉で、確か〝摩天林〟」
「そうだったそうだった。娘、ここは〝摩天林〟の北の端。もう少し南に行けば、子狸どもの住む樹塔群があるが。ここは彼奴らでも入る事の許されぬ聖域よ」
「そんな」
リャコを乗せたファングボアは、澄明宮がある山から、だいぶ離れたところまでリャコを運んで来たらしい。ファングボアに襲われた辺りから北に進むと澄明宮があり、南に進むとこの辺りに着く。
「娘、いいか。よく聞け。我らが寄る辺の大樹、ゴート様が、貴様に話があると言っている。だが、我らだけでは貴様を連れて行けず、途方に暮れていたのだ」
「……起きたなら、歩け。……ゴート様がお召しだ」
「いえ。私には行かなければならないところが。ある宮で、お待ちしなければならないお方がいるのです」
「どの道、もう日が暮れる。今から発つわけにはいくまい」
「それも、そうですけど……」
「我らの住む洞で一晩休めるよう計らってやる。他の者達が焚き木や木の実を集めに行っている。食糧庫を空にされても困るが、一日ぐらいなら置いてやろう。警戒するな。悪いようにはせん」
「その、ゴート様という方がどなたなのか存じませんので、警戒するなと言われましても」
「ふむ、そうなのか? ……ゴート様は以前、竹骨の書いた説話本にも登場したと嬉しそうに仰っていたが。竹骨の間で、有名ではないのか」
「えっ」
心臓が跳ねた。
「……あ、あの。つかぬ事をお伺いしますが、その説話本のタイトルは何と言ったか、ご存知でしょうか」
「うむ。あれは……何と言ったかな。ギャビ」
「……〝青嵐記〟だ、ジャマル。……グロズヌイのやつが書いた」
「そうだったそうだった。ゴート様はその著者と知己なのだ」
「いっ、行きますっ! いえ、お伺いさせてください! さぁ、早く。どっちですか」
「な、なんなのだ、急に」
「いえ、何でもありません。ただ急に、行きたくなったのです!」
「……まぁ、歩いてもらえるなら、助かる。……我らでは、運べない」
「それもそうか。……よし。ええと、何と言ったか」
「リャコです。リャコ・トゥリッリ。どこへ行けばいいですか、案内してください」
「そう急くな。では、リャコ。ついて参れ」
そう言って、ジャマルとギャビはふわりと浮かんだ。彼らに続いて、リャコは深い森の中へと分け入った。
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