罰の章

一 休日の朝

 春。


「ふぁ。ちょっと夜更かししちゃったかな。まだ眠いや……」


 最近根を詰め過ぎだと、師匠にきつく叱られてしまった。自分が〝武統祭〟で勝ち残らねば父が死罪になるのだから仕方がないとも思うが、心に余裕がないと動きにも余裕がなくなるとは師匠の弁で、強制的に二日の休みを申しつけられてしまった。


 武統祭まであと二月を切ったというのに何を悠長な事をと気ばかりが焦ってしまうが、この二日の間は自主的な訓練も禁止されてしまったのでどうしようもない。


 それで、気分転換になる物はと考え、思いついたのはやはり活劇だった。


 リャコのお気に入りはグロズヌイの著す〝青嵐記〟シリーズ。本人の冒険譚をそのまま本にしているという触れ込みだから、作者はさぞ美しい戦士なのだろうと読む度に胸を高鳴らせている。


 さすがフェリカの中心都市だけあって、ソルグレイグの書店にはグロズヌイの新刊も随時入荷しているようだ。世界には紙やインクが少なく、羊の皮をなめして紙の代わりにしている地域もあるというが、フェリカがそうではない事に感謝するリャコだった。


 せっかくの休み。今日は書店を覗きがてらゆっくり王都探訪でもしようか……などと考えていたら、室内に風がそよいだ。


「おはよう、リャコ隊長。大きなあくびだったね」


「へっ? ちょちょ、王子!? どうしてこちらに!?」


 窓辺に王子が腰かけ、柔らかな笑みを浮かべている。ここまでお忍びで来たのだろう。目立つ髪を隠すフードを取ると、透き通る月白が露になった。


 見られた! とか、寝癖は!? とか、色々思うところはあったが、逆光の彼を見ると、初めて会った日の事を思い出して全てが霧散してしまう。王子の美しさにはだいぶ慣れてきたつもりだが、今でもふとした瞬間にその美しさを目の当たりにすると、心臓がとんと跳ねるような気がする。深呼吸。


「あの。もしや、何か悪い報せでも……?」


 ぱっと脳裏によぎったのは、父の刑の執行が早まった、という事だった。今の父は、たまたま王の体調が思わしくなく、もし崩御でもしたならまとめて殉葬にする為、〝今でなくても良いだろう〟と刑の執行を猶予されているに過ぎない。いつ、〝やはり、生かしてはおけぬ〟となるか、予断を許さぬ状況には変わりない。すると、王子は笑って否定した。


「おっと、心配させたか。すまない。そうじゃないんだ。リャコ隊長が捕らえた書の使い手、彼から聞き出した情報を元に山狩りが行われたのは知っているだろう? どうやら彼らの本拠地のような場所を見つける事ができた。近々、踏み込む事になる。もっとも、それは国軍の仕事で、警ら隊の仕事じゃない」


「えと、なら隊長職に関する事ですか? 何か、私が行かないとマズい事でも」


 リャコの三番隊隊長の肩書きは、王子やパーセルと行動を共にしていても不審がられぬ為、それから、〝武統祭〟の参加者として不自然がないようにとの配慮の為に用意された有名無実なもの。必死で仕事を覚えてはいるが、まだまだという自覚はある。


 なぜ王子が急に現れたのだろう。有名無実でもリャコの〝肩書き〟が必要な事態でもあったのだろうか。


 憧れの白大理石の城下町に一室を与えられ、リャコはそこで寝泊まりしている。ほとんど寝に帰るだけの家なので、洒落っ気もないが、散らかってもいなかったのが幸いと言えば幸いか。急に貴人が訪ねて来た時の対応など、まだ教えてもらっていない。フェリシアを迎えた時だって、結局、マールがすべて手配しなおしてくれたというのに。


「ごめんごめん。せっかくの休みだというのに、仕事の事を思い出させて」


 そう言うと王子はくつくつと笑う。


「リャコ隊長、いや、リャコ。今日、予定がないのなら、ちょっと僕と付き合わないか」


 私用である事を強調する意味だろうが、わざわざ言い直すのは不意打ちだ。


「あの、先に着替えていいですか」


 枕で顔を隠しながら、リャコは答えた。

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