八 射的大会

「これは一体、何が始まったんだい? パーセル」


「やぁ、殿下。ちょっと僕の可愛い初弟子に、名誉挽回の機会を与えてあげようかと思ってね」


 千人規模の演習が可能な大演習場の中央に、ずらりとカカシが並べられていた。王国随一の剣士と名高いパーセルが何やら始めるようだと、兵士達は興味津々といった面持ちで周囲を取り巻いている。天幕からも休んでいた兵士達がわらわらと出て来て、なんだなんだと皆の関心が最高潮に達した辺りで、パーセルは手を叩いた。


「王子の警ら隊から、圏の名手リャコ隊長をお呼びした! 圏を用い、二十歩先のカカシの首をリャコ隊長より早く落とせたら、殿下からワイン一樽が贈られるぞ! 我こそはと思う者は前に出よ!」


「……聞いてないんだが?」


「ヤダなぁ、殿下。ご自分の臣の腕を信じておあげください」


「ブラムドが言っていたの実演かな」


「まぁ、そんなところです。――時に、例の者は、口を割りましたか?」


「なかなか強情のようだ。真文の神とやらに忠誠を誓っているようでね」


「はて。その者は真文の神、と?」


「そうだが、それがどうかしたのかい?」


「いえ。……さて、始まるようですよ」


 審判はマールが務める。ふわりと飛び上がり、リャコと挑戦者の間に立つと、白い翼を掲げた。


「両者、構えを解いた状態から、どちらがより早くカカシの首を落とせるかを競う。圏を持つ手は下に。じゃ、そろそろ行くかね。……撃てっ!」


 マールの風切り羽が振り下ろされるやいなや、リャコは圏を素早く弾いた。一方の挑戦者は圏を振りかぶって投げた。振りかぶった分の時間差がそのまま結果にも出た。挑戦者の圏はリャコのそれより一呼吸遅れてカカシの首に直撃する。


「こりゃ、明らかだね。リャコ隊長の勝利。次の挑戦者」


「くそ~っ、負けた! 相手はあんな痩せっぽちの女なのに!」


「今すごい音したけど何したんだ!?」


「は、早くて見えなかった……」


 次の挑戦者は下手投げ。振りかぶる動作を省略した形になる。だが、圏は山なりの軌道を描き、リャコの放った圏より遅い。


「弾いてるんだ、圏同士を!」


「あんなんで、あの威力が出せるもんなのか」


「はいはい。じゃ、次の挑戦者」


 リャコの真似をする者が現れた。だが、弾かれた圏はてんで見当違いの方向に飛んでいき、カカシに当たる事すらなく終わる。


「あんな、曲芸! 出来なくて当然だろ!」


「おい、次のやつ。やっぱ投げた方がいい。投げた方が」


「ほら、次の挑戦者。さっさと出ておいで」


 それから何人もが、挑戦しに進み出たが、誰もリャコの圏の速度を上回る事が出来ない。


「なかなかやるね、リャコ隊長」


「僕だったら、あんな技は教えませんけどね」


「パーセル、君が教えたんじゃないのかい?」


「あっはっは、まさか。あんな技、極めるのにどれだけの時間がかかるとお思いで? 丸い圏同士をぶつけるんだ、どこへ飛んでいくか分かったもんじゃない。あの威力で狙った的に当てられるよう訓練する暇があったら、他にもっと修めるべき技があるでしょう」


「それは……、確かに」


「仮にあの技を極めたとしても、素直に投げる訓練をした方が、最終的には投射までの時間も短く、威力も高くなるでしょうね。ほら、次の者を見ていてください」


「次は……」


 王子の目線の先、進み出たのはつつじ色の髪の女性。マールが目をぱちくりさせて女性の名を呼ばわる。


「おや、次は……アレイザかね」


 途端、場が湧きたった。


「ひゅーっ! アレイザ姐さんだ!」


「姐さんならきっとあのちんちくりんに勝つぜ」


「おりゃ、今でも姐さんが隊長職を解かれた事、納得いってねんだ」


「くーっ、色っぺぇなぁ」


「あぁ、ちょっと見た目はおっかないけどな……」


 匂い立つような美貌。リャコとは比ぶべくもない豊満な肢体。だが、その顔じゅう、聞けば全身にまで、無数の刀傷がある。


「アレイザさん……」


 アレイザはリャコの前に三番隊の隊長を勤めていた。リャコが初めて澄明宮に訪れた際、汗みずくのリャコのドレスを直してくれたのが彼女だ。警ら隊の一員ながら、国軍の兵士達にも尊敬されているのは、数々の勲功を立てたからに外ならず、リャコにとっては今でも何かあるごとに比較される、少々苦手な相手だ。


「あの、アレイザさん。私が隊長職を奪うような形になってしまい……」


「いや……」


 無口。


「あの、アレイザさん……?」


「ほら。隊長さんが困っているだろう。アレイザ、もう少し話しておやりよ」


 すると、アレイザはしばし考え、


「……元々、一番隊が性に合っていた。数が増えてきたから、三番隊の隊長を任されていたが。以前より、戻りたいと願いを出していた」と言う。


 王子私設の警ら隊は、警らと名のつくものの、むしろ警ら以外の仕事の方に重きが置かれている。それらを任されているのが一・二番隊の面々であった。


 要人、即ち、王国軍内からさえ命を狙われる事もある王子やその協力者の〝警護〟を主たる任務とする一番隊。そして、要人、即ち、王子の目的の妨げになる者の〝暗殺〟を主たる任務とする二番隊である。


 リャコ達三番隊は、警ら、即ちパトロールや、民からの訴え事の解決などに駆け回って、表向きの顔を取り繕うのがその役目だ。


「で、でも……」


 リャコが言い淀むと、アレイザはマールの方を見る。マールが嘴をしゃくると、アレイザは再び話し始めた。


「……ティルヒムから、活躍は聞いている。あれは私と同郷、トルティンボル家の者だから。やつには私が一番隊への復帰願いを出していた事は黙っていたから、いらぬ誤解をさせて、隊長には迷惑をかけてしまったかも知れない。申し訳ない」


「さ、ほら。両者前に。いいかね? ……撃てっ!」


 アレイザはサイドスロー。軌道はまっすぐ。これまでのどの挑戦者よりも早い。的中は同時に見えた。だが、


「惜しかったね、アレイザ。少し角度が浅かったみたいだ。首の皮一枚繋がってるよ」


「あっ、アレイザ姐さんが負けた!?」


「って事はあのちんちくりんの方が強いのか!?」


「馬鹿! こんな曲芸の勝ち負けで強さが決まるかよ」


「だが、あいつ、さっきから恐ろしい正確さだぜ」


 喧騒から少し離れた場所で、パーセルが得意そうに笑う。


「ご覧になりましたか、殿下」


「……見たよ。まさか、アレイザまでもが敗れるとは」


「例の男を捕まえる際も、僕の初弟子は今の技を使ったそうですね。咄嗟の時でも、十歩先の短刀を狙えるだけのコントロールだったという事だ。……君なら、この技に覚えがあるんじゃないかな?」


 と、パーセルが背後の人影に水を向ける。


「何が言いたい」


 忌々しげに応じたのはフェリシアだ。その後ろにはリンディンゲンの姿もある。


「少し考えれば非効率だと分かるような、そんな技でも、情熱を持って訓練を続ければ、達人にも勝る武器となるという事さ」


「ふん。……青嵐記に登場する圏使いサンザの技だろう。以前、リンディンゲンにやらせてみた事があるが、実戦じゃ使い物にはならないと言われたな。だから、しょせん物語の中の、現実には出来ないような技と思っていたが」


「でも、うちの弟子は実際その技を使って、件の男の捕獲に成功している。咄嗟の時、普段と変わらぬパフォーマンスを見せられるのは、それだけ何度も何度も修練を積んできた、という事に他ならない」


「お前が見せたいものがあると言っていたのは、これか」


「稽古中、うちの弟子が怒り心頭に発していたからね。体を動かすのが好きでも、物語を好きでいいはずだって。物語好きが高じるあまり、現実ではありえないような技を、見事修めせてみせた、その証左だ。少しは見直してくれたかい?」


 パーセルは憤懣やるかたないリャコの嘆きを聞いて、一計を案じてくれたのだった。


「ふん、確かに、並大抵の情熱じゃ出来ないだろうという点についてだけは認めてやる。……まぁ、今度の〝武統祭〟は楽しみにしておこう。勝てるのか、あいつ?」


「勝てる。と、いいなぁ……といったところかな」


 結局、リャコは全ての挑戦者を下した。リャコに勝てる者は現れなかったが、その場にいた全員に王子から振る舞い酒があり、宿営地は俄かに活気づいた。

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