第54話 正当防衛

 「――て訳なんです。こうなってくると、最後の社も嫌な予感はするのですが……」

 「ほう、そうか。社が……。ひと月前までは問題なかったのじゃがな。そうじゃ、最後の社。ワシ達も――」『誰だ! 社を壊した奴は!』


 (なんで青年クズの心の中の声、まだ聞こえるん?)


 現在俺は青年クズたちの集落に向かっている。なんでも青年クズが俺に好意をもって歓迎してくれたのだ。ん、異論は認めん。

 そんな事よりも、さっきから青年クズの心の声がずっと頭に響く。慣れているがウザい。おそらくさっきの脳内で会話する能力が、まだ続いてと考えられるのだが……あの様子から見るに、青年クズ本人は気づいていないのだろう。まぁ絞れ取れそうな情報が出て来た時のために、青年クズには言っていないのだが……。

 正直に言おう。全く役に立たん。

 と言うか、


 (やっぱ……)


 さっきの会話から分かる通り、妙にを強調する言い方。しかも脳内でも。ここまで来ると一周回って面白い。

 コイツについて一つ分かった事がある。コイツはクズではない。清々しいほどに殴りたいクズ。それがコイツだ。

 で、そんな青年クズを横目に俺は、


 「若造、良い腕だ。自らの短所を魔道具で補強し、逆に長所とする戦闘方法。俺も腕が劣った……。後でその魔道具、見せ――――」


 このお面の奴、確かオオクメと言ったか? 俺はオオクメと適当に話していた。

 オオクメについて分かった事は、取り敢えず勝負事が好きなのだろう。さっきからずっと勝負事についてのを言っていた。対して俺は「うん」とか「ふーん」とかしか言っていない。それでも会話はちゃんと成立している。田んぼの件から察するに、自分の世界に入りやすい、コイツまたそっち系の奴なのだろう。

 ただし油断は出来ない。一歩間違えれば俺はコイツに負けていたかも知れない。かなりの刀の実力者だった。ついでにお面で顔が見えないため、その下ではどんな表情をしているのか……。


 「さて、そろそろ見えるぞ」


 すると急に森が開ける。同時に奥の方に目的地の集落らしき建物が見えた。遠目からだが、思っていたよりも規模が大きい。


 「どうじゃ、集落は?」『どうじゃ、どうじゃ?』


 安定のウザさ。

 そして集落前につく時には、もう日が沈もうとしていた。



 ❖ ❖ ❖ 



 まず見えるのは大きな丸太の柵。それが集落を囲むように立っており、その手前に深さ二メートルほどの空堀も、ぐるりと囲んでいた。入口は櫓門やぐらもんになっており、そこに人が立っているのが見え、


 「若様がお帰りなったぞぉー!!」


 その一人が集落側に向かって叫ぶ。

 俺はその声に「あぁこの青年クズ。一応ここの主様なんだった」となりつつ、空堀にかかっている橋を渡り、集落に入っていく。


 (やっぱそうだ……)


 集落内の建物を間地かで見て確信した。

 そこには何本かの柱で、地面から少し離れた位置にある木の家。他には屋根自体が地面と接触しており、内部で地面が掘られている場所もある。そしてその集落の中央には、複雑な組み合わせから出来た連なっている立派な建物。

 竪穴式住居たてあなしきじゅうきょ。そして中央の立派な建物は、青年クズの屋敷と推測できる。

 少し話はかわるが、この建物から推測するに、


 (弥生時代、それとも古墳時代か? または飛鳥時代の可能性も……)


 何度も言うがここは古事記の中。後の人々が創った世界なのだ。あまりこのような推測はあてにならない。だが……思っていたよりも文明が古い。竪穴式住居など初めて肉眼見た。まぁ確かに古事記は紀元前から始まってはいるので不思議ではないのだが……。

 俺はここが古事記の中でありながらも、しっかりとあの時代に繋がっている事を再確認した。

 すると各家々から、


 「あ、若様。お疲れ様です!」

 「お帰りなさい。若様! オオクメ様も!」

 

 色々な人々が青年クズやオオクメに挨拶をする。

 対して青年クズは、


 「おう、お前らもお疲れぃ! 今宵は客人がおるぞ!!」『……みな良い笑顔じゃ』


 青年クズも『……みな笑顔』みたいな事考えるんだな。俺は少し青年クズを見直した。まぁ砂利程度だが。

 すると家から何人かのチビガキが、俺と青年クズに集まって来て、


 「え、客人さん!? どんな人?」

 「うわっ!? 何か変な格好してるっ!!」


 (鬱陶しい……)


 俺はガキが嫌いだ。なんて言うか……小さいヒト、としか思えないからだ。猿と同じような分類に入る。

 すると、


 「はっは、今夜は宴じゃ。皆も参加するか?」『みな、生きてて良かった……』

 「やったー。イワレヒコ様好きぃー」


 (…………)


 何とも言えない気持ちになる。それはこの青年が【言霊ことだま】を使っていたところを見たから。この青年の今の心の声が聞こえるから。そして見たところ、この集落の人々に愛されているから。

 今は使っていなかったが、


 (集落の人々とお前の愛は【言霊ことだま】を使ったものか? それとも真実か?)


 俺はそれ様子をぼんやりと眺めていると、オオクメと集落の住民の話が耳に入る。彼らは険しい表情で、


 「それで、例の捕らえた奇怪な風貌のあやかしは?」

 「はい。現在、主祭殿一階の中に閉じ込めておりまして……。何でも――『私は強いあくまだー!』や『るしふぁーを越える力を持ってるんだぁあ』と支離滅裂な言葉を繰り返しながら、暴れており……。対話は不可能かと……」


 (……ん?)


 脳内で騒めく嫌な感じ。瞬間、スッととある大事な事を思い出した。妙に頭に響く声。黒と白のその見た目。ガキのような言動。確か……この世界に一緒に来た奴。一言で表すのならば、クソ。


 「あっ」


 (……あ)


 俺はオオクメの会話に更に耳を傾ける。


 「他に何か収穫は?」

 「……正直あまりないですねぇ。『クソォ、あにまが! テレポートがァア』や『あの変態鬼畜糞糞クロムゥウ! 絶対許さねぇかんぁあ』などと暴れていたのですが……。少し処刑の事をチラつかせて見ると、『ごべんなさい! 調子乗ってすみませんでしたぁあ!! でもあれは正当防衛! 正・当・防・衛ッ!!』などと壊れたように……」


 (……あっ)


 するとその会話に緒紺おこんが入り込み、


 「それで、そのあやかしはどうするのやんすか?」

 「あぁ収穫も得られそうになにので……もう直ぐ処刑――」

 「――ブフッっ!!」


 俺は思わず吹き出してしまった。

 そして即座に、


 「おい、その主祭殿ってのはどこだッ!」


 オオクメと話していた住民に聞く。聞いた彼はビクッとなり、恐る恐る人差し指を出し、震えた声で「あそこです」と言う。その人差し指の先には、高さ十六メートル程の大きな建物が、


 (あそこかッ)


 俺は直ぐに地面を蹴り、一気に加速する。すると直ぐにその音は聞こえた。聞き覚えのある音。


 『だからぁヌルっと出て来たんだよぉ! 私、稲になってたらッ!』

 「要するに貴様は、我々の田んぼに入った事を認めるのだな?」

 『あっ……』

 「……殺せ」

 『嫌だッァアあ! 正当防衛、正当防衛……正当防衛ッ!!』


 瞬間、俺はその主祭殿の入口に転がり込む。そこには顔面グチャグチャの悪魔。俺の契約者・アスタロトが口をパクパクとさせていた。


 「な、何者!?」


 そう叫んだ男は、今にも青銅の剣をアスタロトに振り下ろそうとしている。瞬時に俺は【瘴皇気ミアズマ】を発動させ、その青銅の剣を消滅させた。


 「どうしたッ若造!?」


 すると直ぐに後ろからオオクメが追い付いてくる。

 

 『く、クロム……』


 俺はゆっくりとアスタロトに近づいて――『ゴフッ!?』。俺はアスタロトの上に座る。

 そして、


 「ごめんッ!!」 


 俺はちゃんと謝った。



 ❖ ❖ ❖



 「まぁ色々あったが、宴じゃ宴っ! 久々の客人じゃぁ!」『どさくさに紛れて、紅伊くれないの胸を……』


 (うん、安定のクズ)


 で、青年クズの屋敷で宴が始まった訳だが……正直全然楽しくない。

 出された料理は美味しいは美味しい。だが現代から来た俺からすれば、米は固い。魚や木の実は味がほぼない。良い言い方ですれば、自然の味。悪い言い方をすれば、ほぼ生。……うん。

 次に妙なテンポで流れている琴の音。これは……あってもなくても同じようなもの。何故ならガキ共がうるさいからだ。俺の勝手なイメージとしてこう言う古来の宴は、もっと静かな物だと思っていたが……。

 そして最後に、


 『クロムぅ……』

 「……うん」

 『私生きてます……』

 「……うん」

 『もう、クロムがいないと生きていけない……』

 「…………」


 隣で変な方向に悟りを開いた悪魔。助けた時からずっとこの調子なのだ。何故か俺から離れない。プラスずっとボソボソなんか言っている。

 以上の理由から、俺は全く宴を楽しめないでいた。


 因みにアスタロトが田んぼを荒らした理由なのだが……。少し不可解な事を言っていた。ゆっくりな口調で、


 『だからぁ。私、稲になってたの……。そしたらぁ、角が生えたバケモンが急にヌルっと生えて来て……攻撃してきたの。だから私、正当防衛……。ここ重要だよ? 正当防衛。正当防衛したの……。ほぼ空のアニマを【毒魔気ベノム】で頑張って……。そしたら、いっぱい人が来て……っ。私、思ったよ。『クロムが助けを呼んでくれた!』って。同時にバケモンも土の中に逃げたから、やっと終わった。そう思った時期も私にはありました。そしたらお面の……そうだよ、お前だよお前ェ。アニマの空っぽな私をけちょんけちょんにしやがって……。あとは良く分からん霊道具に縛られて、ここに辿り着きましたとさ。……続く。あはははははは』


 (角の生えたバケモン……ね)


 俺は信用しているが、集落の一部の人間は信用してなかった。まぁあの田んぼに、アスタロト以外の魔力の痕跡が見つからないので仕方ないのだが……。まぁ許してもらえたので、取り敢えずは一件落着。

 話は変わるが、そう言えば俺も正当防衛、正当防衛、言ってた。コイツと同じ……なんか嫌だ。



 ❖ ❖ ❖



 突然だが俺は好きな物が三つほどある。一つ目は寝る事。二つ目は……まぁ良いや。そして最後に三つ目は風呂に入る事である。

 そしてこの時代。流石に風呂はねぇかぁ……と思っていたのだが、オオクメが、


 「若造、露天風呂あるぞ。一番に入れ、俺達はまだ宴を楽しむ」


 なんと風呂があるそうだ。……何か時代がおかしい気がするが、そこは気にしてはいけないところだろう。

 で、俺は真っ直ぐ露天風呂に向かう。脱衣所らしき場所があったのでそこで服を脱ぎ、義足を外して――そこで問題が起きた。

 

 『なっ!? クロムのおちんちんっ、大きいッ!?』

 「……何でお前いるの?」


 何故か知らないがアスタロトまでついてきたのだ。そして今俺の隣で全裸になっている。俺は感覚的に……コイツは俺のひと時を邪魔しようとしている。そう感じた。


 『え、ダメ?』


 対してコイツはとぼけている。人々からヘイトを買い、疑心暗鬼になって俺を頼る気持ちも分かるが……流石に風呂までついて来るのは……。

 そもそも、


 「お前、女だろ。何で入って――」


 するとアスタロトはポカンとして、


 『え、私、男だよ?』


 思考が消し飛んだ。


 「……わぇ!?」

 

 リアルでこんな声が出たのは初めて。同時に頭が真っ白になる。そして今までコイツと関わってきた日々を思い出し……「え?」と言う結論。

 数秒後、ややまとまった頭で、


 「じゃぁその姿は……なんだよ……」

 

 するとアスタロトは平然とした顔で、


 『ぇ、まさかクロム。私の事、女だと思ってた? マジ……? 確かに大昔の神様時代は女神だったけど……。ちょっと色々あって今は男だよ。それに私説明したはずだよ。この姿は召喚主を驚かすために、最も好意の異性になってるだけだって。あぁでも私が男とは言ってなかったね』


 衝撃の事実すぎて頭が回らん。確かにアスタロトを召喚した時に、好意の異性になっていると言っていた。


 『ん、これはアレかっ! 私知ってるよ! 紅音ちゃんが言ってだもん。『へへーん、男だからH出来ませーん。残念でしたー』からの無理矢理メス調教……って事は私、クロムに犯されるッ!?』


 (絶っ対に……有り得ない……)


 そもそもアスタロトの性格が生理的に無理だ。これが一番だろう。次に姉ちゃんの姿をしていると言う点も無理だ。トドメに男だと知った今、犯す気もない。てか人間としたい。悪魔ヤダ。


 何故か一人で妄想しているアスタロトはほっといて、俺はけんけんで露天風呂に向かう。危ないが移動方法がこれしかないので仕方ない。

 そして湯船に浸かる。


 「……ふー」

 『クロムおっさん見たい。やっぱクロムって調教する側の……』


 (それはおっさんに失礼だぞ……)


 俺がぼんやりと思っていると、アスタロトもゆっくりと湯船に浸かり――ほぼ聞こえないような声で、


 『これが私の契約者か……』


 ムカッ。

 流石にこれにはカチンと来た。確かに俺はアスタロトを振り回してきたが、それはアスタロトの性格や言動のせいでもある……はず。

 そもそも――俺はボソボソと独り言を、アスタロトに聞こえる程度の音量で、


 「俺の契約内容。アスタロトは天を倒すのに協力しろ……だったよなぁ。なんでコイツいつも躊躇ってるの? まさかビビってるの? 口だけか? そもそも俺の契約内容は力が欲しかったんだよ。アニマを扱えるように……。でもコイツはなんだ? ルシファーがどうたらこうたら? 俺はちゃんとやってるぞ? これ契約違反じゃねぇか? これじゃぁルシファーを越える著名な悪魔になれるわけ――」


 するとアスタロトは急にバシャッと立ち上がり、


 『あぁ、分かったよ、分かりましたぁ! 今からクロムの願い完全に叶えてやるよっ! 見せてやるよ! ルシファーなんて恐くねぇ……ルシファーなんてぇえええええッ! 逆らってやるッ逆らってやるぅう!!』


 (勝った……)


 そう言ってアスタロトは俺に手をかざす。俺はボーっと眺めていたが――しかし何も起こらない。そして時間が経つに連れて、アスタロトの顔色が悪くなる。


 『クロムにアニマが……一滴も渡せない……?』


 (……どうかしたのか?)


 『クロム本当に……人間?』

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