第55話 過去と未来

 『――そうですよ。私なんて無能の腰抜けのビビりですよ。クロムが日本神話と協力して天使倒そうって言ってくれたのも、私との契約を遂行するため……。私のためだったんです』

 「ごめんって、アスタロト……」


 俺達は現在竪穴式住居に二人で横になっていた。中は涼しく思っていたよりも居心地が良い。それに着物だ。青年クズから着物を支給されたのだが……俺は人生で初めて着て些か楽しい。

 まぁ本当は屋敷の中で寝る予定だったのだが……。


 『違います、私が悪いんです。そもそもクロムの契約内容はアニマが欲しいだったはず。しかし私はその契約内容の遂行もしようとしなかった。それなのにクロムは頑張ってくれてたんだよ。私なんかのために』

 「だから……俺も言い過ぎから……」


 あの風呂での事でコイツは遂におかしくなってしまった。まぁ元々おかしいかったのだが……全ての事を被虐的に考え、何故か自分を責めるムーブ――いわゆるメンヘラになってしまった。こんなところに来て止めて欲しい。

 ずっとブツブツうるさく、流石に皆の迷惑になると思ったので、俺達は皆から少し離れた場所で寝ている。


 『それでいざアニマを上げようとしたら……何と言う事でしょう。クロムにアニマが渡せないではありませんかぁ……。契約内容も果たせない悪魔とか……何がルシファーを超えるだっ、馬鹿じゃねぇの?』

 「あれはお前の魔力がなかったからだろ……多分。明日になれば回復して……」


 正直な話、コイツは良く分からん理由で、悪魔の王ルシファーを貶しているのだが――今なら分かる。物語が見えてくる。

 おそらくルシファーはアスタロトの事が苦手なのだろう。そしてそれを薄々感じていたアスタロトが、色々勝手にルシファーを小馬鹿にしていると。要するに嫉妬とか恨みとか……多分ストーカー系の奴。だからルシファーもアスタロトに何かしている……と。

 しかし今、俺に現実を突き付けられた事で……。


 『それなのに私は『変態鬼畜魔王たぶん童貞クロムッ!』とか『全裸で吐瀉物の大海で溺れ死ね』とか思っちゃてて……。本当に糞だなぁ、私は……』

 「おい糞悪魔、なんだ今の?」

 『やっぱ私、糞なんだぁあああああああっ!!』


 横になってから数時間。ずっとこれだ。

 もうキッパリ言ってやろう。


 「あのさぁ、もうメンヘラムーブ止めてくんないっ? ウザイ……」

 『ウザイ……私ウザイッ!?』

 「うん、ウザイ。めっちゃ、凄く、この上ないほど」

 『…………』


 (あ、静かになった……)

 

 本当に状況に流されやすいタイプである。初めからこうするべきだった。今までの面倒くさかったやつなんだったんだよ……。これでようやく眠れる。

 俺はあやすのにくたびれつつ、ゆっくりと目を閉じた。そして脳内で数々の記憶が巡り合う。思えば、今日は本当に濃い一日だった。

 病院を出て、車で名古屋のヤクザの家に行ったら襲われて、電車に乗って、そしたらまた襲われて。何だかんだあって神宮についたと思ったら……。


 そこであの時の光景が甦った。俺達を守ろうとしてくれた一つ神の首が、あっけなく落ちていく光景を……。


 (天照……)


 それにだ。仲間達はどうなった? 地上の神宮も襲撃を受けていると言っていた。ならば無事ではすまないはず……。


 (クソッ……)


 何も出来ない自分が悔しい。いつもいつも大事なところで何も出来ない俺が悔しい。俺は古事記に、ずっと過去に飛ばされて吞気に――。

 瞬間、俺の脳内が加速する。


 「ずっと過去……?」


 全身に鳥肌が立ち、希望が形成されていく。良く物語である話だ。登場人物が過去に戻って、その時の選択肢を変える事により未来が変わる。

 それを俺達に当てはめて見よう。この時代の天照はまだ生きている――つまり、何らかの方法で、


 「あの事を天照に伝える事が出来れば……」


 あの悲劇を……それ以前の事も……。変える事が出来るかも知れない。

 しかし、


 『……無理だよ』


 黙っていたアスタロトが口を開いた。それは酷く冷たく、全てを悟っているような声色で……。


 「どうして……だよ」 

 『この世の時間と空間はずっと一直線。そして元々私達がいた時間が先頭。要するに過去から見れば、未来と言うものは初めから確定しているんだよ……。例えこの時代で天照にあの事を伝えようが、結果的はどう頑張ってもあれになる。そうなってるんだよ。未来や過去が変わる事はない。……例外はあるけどね』


 俺は半ば絶望する。どう足掻いてもあれになる。そう言う未来しか残されていない事を知って……。

 しかし俺は最後の希望にすがる。


 「例外って?」


 するとアスタロトは少し間をおいて、


 『――。それが例外かな? 私たちも体験したじゃん。電車の上でクロムが架線を掴んじゃったから死にそうに……。でもあの時、運命に何か起こった。少しだけ過去に戻って、更に攻撃の選択肢を変え……今生きている。つまり未来が変わった』

 「って事は運命に何かあれば……」


 少しでも前向きな考えに思考を向けようとしたのだが……。しかしまたしてもアスタロトに否定される。


 『運命は操れないものだよ。前も言った通り、運命ってのはとても複雑で……。そんな事より、うーん。エデンの最重要霊道具【生命樹之枝セフィロトの槍】。それが遺物化? 更に運命に何かあった後に消えた? そもそもなんであっこで、あのタイミングで? あの電車の上で何が……』


 アスタロトもアスタロトなりに色々考えている事があるようだ。もうあの未来を変える事は出来ない……。悔しいが取り敢えず今後の目標は、あの時代に帰る事。


 (ならば帰る方法を……)


 『分っかんない! もう寝る、お休みぃ!』


 そして三秒後。

 アスタロトから寝息が聞こえてきた。


 (散々俺を振り回しておいてこれかよ……)


 しかしこれでようやく俺も寝れそうだ。因みに明日は、紅伊くれない達と最後の社を見に行く予定。何故か青年クズも付いて来るとか聞いたが……。

 そんな事を考えている内に、俺は眠りの世界に落ちて行った。



 ❖ ❖ ❖



 『――もっと、もっと速くッ!!』


 (……ん、何の声だ?)

 

 俺はその声で目を覚ました。直ぐに気付いたがそれは脳内で響いている。横でアスタロトは逆立ちしながら、まだ寝ているのでアスタロトではない。

 つまり青年クズと言う事だ。しかし青年クズとは思えないほど、気迫のある声。


 (どっからだ?)


 俺はアスタロトを起こさぬよう義足をつけ、竪穴式住居を出る。気温は丁度良いぐらい。辺りは日は登ってきたが、まだ薄暗い。


 (こんな時間に何してるんだ……?)

 

 カコォン――。

 何かと何かがぶつかり合う音が耳に響く。恐らく木と木がぶつかり合った音だと思うが……俺はそちらに歩く。

 すると、


 「ハァハァ……」『こんなではッ』

 

 集落の隅の開けた場所で、オオクメと青年クズが木刀を向け合っていた。ただ青年クズの方はもうよろよろ。立っている事さえ厳しそうだ。


 「筋は良くなって来ましたが……そんな事では兄イツセには勝てませんぞ。それに――」

 「『分かっておる。何も守れぬッ! まだじゃ、まだまだぁ』」


 そう言って青年はまたオオクメに木刀を……しかしあっさりとかわされ、蹴りを入れらえてしまう。青年はその場にうずくまり、もう万事休すと思っていたが……。


 「『まだ……まだっ!』」


 木刀を杖替わりにして立ち上がる。

 俺はただその光景を呆然と見ていた。とても不思議な気分だ。こんな光景を見るなるならば、あの【言霊ことだま】の件を記憶から消したいぐらいに……。俺は青年が分からなくなる。

 すると、


 「ん、おぉ若造、見てたのか!」


 オオクメがこちらを向く。こちらに目を……お面なので良く分からないが、取り敢えずこっちに気付いたようだ。

 俺はトボトボとそちらに向かう。何となく面倒事に巻き込まれそうな感じがして嫌だったが……それ以上に少し青年に興味を持った。


 「……なんじゃ旅人、見ておったのか」


 その声色は少し嫌そう。まぁそう言う反応になるだろう。俺に弱みを握られているのだから。

 そんな事よりも、


 「で、二人は何してたんだ?」


 (まぁ見りゃ分かるが……)


 会話の流れを作るために一応聞く。

 すると青年は、


 「修行じゃ。もっとワシが強くなるために……。オオクメはワシの剣の師でもあるんじゃ」

 

 (剣の師ね……)


 俺は少し心の中で苦笑いする。別にオオクメの剣の腕が悪いと言う意味ではない。問題は青年の方だ。

 オオクメが、


 「お、若造、何か言いたそうだな。どうだ、同年代ぐらいの若造の目から見えた、若様は?」


 青年は悔しそうな表情。

 俺は少し返答を考えた後に――少しだけ煽ってやろうと思った。理由としてコイツの真意が知りたい。俺の興味本位だが……。作戦として、煽って心の中の言葉を俺が聞く。そう言う時の心の声ほど素直なものはない。


 「うーん、単純に腰が引けてる。それ以前に相手の剣がそれほど恐いか? 身構えるながら、突進していくさまは……なんだろうなぁ、正直哀れ。それに剣を受ける事を前提としてないか? そんなんじゃ、強くなる事はない」

 「何だと……貴様」『こ奴……』


 (乗ってくれたか……)


 しかしそれは事実だ。身体に受ける事を前提として剣を振っている。これでは本当の戦いの時に直ぐにやられてしまう。剣の戦いは相手の攻撃を見切り、動作する事が大事なのだ。


 「師匠も浮かばれねぇなぁ。今のお前なら、義足や気を使わなくても一瞬で勝てるね……」

 「ッ、そこまで言うならば、貴様も勝負じゃッ!」『その舐めた口をッ!』


 青年は顔を真っ赤にして言う。今更ながら、我ながらこの行為は最低だと思う。俺が青年の立場だったらどうしていただろうか? ……後で謝らねぇと。


 「オオクメ、木刀を……」

 「なっ貴様も木刀を……」

 「若造、そう言う事か。面白いなぁ」


 恐らくオオクメは俺の考えを見抜いたのだろう。妙に嬉しそうな声色で俺に木刀差し出してくれた。


 「さぁ、いつでもかかって来い」


 俺は木刀を構えて――。

 瞬間、青年は俺に突きの攻撃を……しかし。


 (遅い……)


 前に立って分かったが無駄な動作が多すぎる。見たところ威力も弱そうだ。当たっても痛い程度で済むだろう。

 だが俺がその一撃をまともに受けるはずもなく――瞬間、俺は手から木刀を放した。理由として青年は、俺の煽りの「腰が引けてる」と言う部分にムカついてたのか、先ほど見ていたやつよりも歩幅が大きい。だがしかし、根本的な自分がガラガラと言う点は変わる事はなく――俺は青年の胴に入り込み、


 (……背負い投げ)


 その突き出た腕と襟を持ち、青年を俺の背中で一回転。そして地面に落ちた。しばらく青年はポカンとした表情。

 少しして、

 

 「木刀での勝負だったはずじゃ……。卑怯者っ」


 まぁ俺も少しはズルだと思った。

 しかし、


 「誰が木刀で勝負すると言った? それ以前に、お前は本当の戦いの時に、卑怯だぞと言いながら死ぬのか?」


 それだけ言うと青年は、歯を噛みしめて、


 「ッ……オオクメ、今日は終わりじゃ!」


 そう言って向こうに行ってしまった。

 すると青年が見えなくなった頃、急にオオクメは、


 「【言霊ことだま】……」


 俺は少しドキっとしつつ、


 「なんだ、オオクメも知ってたのか」


 するとお面の下でニヤリとしたような気がして、


 「若造、お主は若様と同じぐらい……。仲良くしてやってくれんか? 俺は剣を教えるのみ。どう接して良いのかもう分からん」

 「どうだか……」

 「それに……若様が戦いの際、あぁ言った構えをする原因はもう分かっている」


 俺は目で「何だ?」と聞いて――。



 「――自己嫌悪」



 なんとも言えない気持ち。

 オオクメは俺の肩をポンと叩いて、


 「【言霊ことだま】は願いを誘導する力。望まぬ願いを叶えたところで……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る