第57話 その集落

 「そう言えばクロム。お前は旅人、何が目的で旅をしているんじゃ?」

 「目的……ね……」


 ぼんやりとしたイワレヒコの質問に、俺もぼんやりと考える。目を閉じれば顔を、声を、仲間を、記憶が流れるように俺の頭を駆け巡り――答えは直ぐに出た。


 「仲間のもとに帰る……」

 

 するとイワレヒコは、仲間と言う単語に強く反応したように「何処にいるんじゃ?」と直ぐに聞き返して来た。

 俺は昇っていく朝日を見ながら、


 「何処にいるのかは知っているが、そこまでの行き方が分からない。とにかく、とてもとても遠い場所だ」

 「そうか……。何か力になれる事があればと思ったのじゃが……」『お前も……』


 イワレヒコは少し悔しそうな表情。俺もその表情を見て少し憂鬱な気分になる。先が見えないとはこう言う事だろう。そのせいか、いつの時代も変わらない朝日が昇ると言う風景が、煽っているように見えた。


 (気分を変えよう……)


 今日は紅伊くれない達の社まで護衛だ。話によると、ここから歩いて一日。走れば半日ほどでつくとか言っていた。因みにアスタロトには伝えていない。伝えたら伝えたで面倒くさそうだからだ。行く直前に伝えれば問題ないだろう。知らんけど。

 あと宴の時にイワレヒコが言っていた言葉だが、


 「ふむ、宇迦之御魂大神ウカノミタマ様の社が次々と……。それに社はあの集落の領域。心配じゃ。よし、ワシもついて行こう!」『これで紅伊くれないと一緒に……』


 そしてその社なのだが、とある集落の敷地内にあるらしく、この集落とも良い関係だとか。まぁイワレヒコの気持ちも分かるだろう。社になにか起こっていると言う事は、集落にも何かが起こっている可能性があるからだ。

 まぁそんな事よりも個人的には、


 「お前、紅伊くれないの事、好きなのか?」

 「は、え!? ぁえ!? な、いきなり何をッ! 言っておる!?」『アアァアッ!?』

 

 (分っかりやす……)


 人間以外に性的感情を抱かない俺からすれば、獣人の彼女達を見ても、勃つ事はないのだが……そういう感情は皆それぞれ。分かった事はコイツはケモナーで、紅伊くれないの事が好きだと言う事。

 俺が少しニヤニヤしていると、もう認めるしかないと悟ったイワレヒコは顔を真っ赤にして、


 「……ぅ、秘密に」

 「へいへい」


 (また弱みが一つ増えたな)


 俺は内心ニヤニヤしながら、その様子を眺めていると……向こうの方から二人の人影が走ってくるのが見えた。黒色と紺色、アスタロトと緒紺おこんだ。アスタロトは不気味で嫌な笑みを浮かべている。

 

 「いけでやんすぅ、田んぼ荒らしィイイっ!」

 『うぉおオオオオっ!』


 俺はぼんやりとその光景を見る。コイツらいつの間に仲良くなったんだ? アスタロトに至っては昨日の夜、『私には……クロムしかいない』とか言ってた癖に……。多分だが波長が合ったのだろう。確かに二人とも「ガキ」と言う点では同じである。

 そんな事よりも、アスタロトがしている行為についてだ。何やらアスタロトの手にアニマ、そして霊力に変換される。見たところそれを俺に当てようとしてるのだが……。

 特に嫌な雰囲気も感じない。敵意はないようだ。この感じ、強化系の……なんだ?

 アスタロトは俺から二メートルほど離れた場所に立ち止まり、


 『【紅葉こうようあじ 麗明れいか】っ』


 (……おぉ)


 身体が軽くなっていく感覚。もちろん本当に体重が落ちたわけでもなく、感覚的にだが……。アスタロトはもともと強化系の霊魔法を使えなかったはずだと記憶している。


 「おぉー出来たでやんす!」

 『よっしゃー! やっぱ私、術の才能あるかな? いや、あるぅッ!』

 「やんすぅッ!」


 (なんだコイツら……)


 俺がソイツらを無視して立ち去ろうとすると、後ろからアスタロトが『まったクロム!』と俺を止めてくる。俺は敢えて物凄く嫌そうな顔をしながら振り向くと……アスタロトはドヤ顔で、


 『私はクロムに術をかけてあげた』

 「……うん」

 『私はクロムの身体を軽くしてげた』

 「……」

 『クロムの為に……。私がッ!(キリッ)』

 

 (いや、お前が楽しいだけだろ……)


 今ので分かった。コイツは俺に感謝して欲しいのだろう。しかし俺としては、やれとも言っていないのに、そんな事をやられたって、感謝の感情も湧かない。言うならば、要らないプレゼントを貰った時のような感覚だ。

 しかしアスタロトは負けじと続ける。両手をバッと広げて、


 『……もう一度言うよ? 私がクロムの為に術をかけてあげて、私がクロムの為に身体を軽くしてあげた』


 (……)


 『クロム。嬉しい』


 (……別に)


 『クロム。歓喜』

 

 (……は?)


 『クロム。私に。感謝』


 (自分の口で良いやがった……)


 本当に何というか……ガキそのものである。それにそこまでの流れも透け透けで、最悪なのだ。そして同時に考え確信する。アスタロトは昔から、あまり褒められた事がない悲しき生き物なのだろう。

 

 (ここは少しぐらい褒めても……)


 だがコイツはガキだ。褒めたら絶対に調子に乗り、更に事態を悪化させるかもしれない。しかし俺だって同情の心ぐらいはある。

 少しぐらいなら……だって――。


 「――カワイソウナ奴」

 『……ぇ』

 「あっ、しまった」


 思っていた事が声に出てしまった。その場の空気が一気に氷つく。するとアスタロトは涙目なり、


 『……ぁ、うん。そ、そうだよね』


 するとワンピースの前の部分で涙を拭き取る。その声と手はガタガタを震えていた。だが俺としては、


 (まんこ見えた……)


 何故か穿かないノーパンと言い行為に、本来なら殴りかかっていたが……状況が状況。指摘できない。

 すると突然アスタロトは後ろを向き、遂に何がプツンと切れてしまったかのように、


 『ぅ……ぃ、嫌ァアあああァアああああっ!!』

 

 発狂。からの、俺達が寝ていた竪穴式住居に飛び込んで行った。

 横で今までの会話を見ていたイワレヒコが、


 「今のはあの妖に同情するぞ。クロム、お主の腹の奥はクズのようじゃ」


 (お前には言われたくない)

 

 その後――アスタロトの、竪穴式住居立てこもり事件が約五時間に渡って行われた。まぁ最終的にみんなでアスタロトを褒め称えると言う手段で出て来たのだが……ホント面倒くさい奴……。だがまだ面倒くさかった。予め予定していた社への護衛の為、直ぐに出発する趣旨を伝えると、更に一時間立てこもってしまい……。

 結局、俺達が集落を出たのは昼だった。



 ❖ ❖ ❖



 それからほぼ丸一日。俺達は一度は睡眠のために洞窟に入ったが、それ以外はひたすら目的地の集落まで歩き続けた。そこまでに道と言う道はない。あるとすれば獣道ぐらいだろうか? 常に足場が悪く、舗装はされていない。ずっと大自然の中と言った感じだ。

 なので食料には困らない。山菜は豊富だし、猪や鹿などの動物が少し探せいるのだ。……こう言った豊かなモノ達を見ていると、どれほど人間が傲慢で進出していく生き物か。俺は少しぼんやりと考えた。

 

 (生きている事が不平等なら、皆死んだ方が……)


 「……旅人さん」

 「あぁすまん。何の話だっけ?」

 

 現在、俺、紅伊くれない緒紺おこん、アスタロト。そしてイワレヒコとその護衛三人。計八人は目的地の集落まであと少しの場所まで来ていた。因みにオオクメは、寝泊りした集落の護衛の為に残っている。

 先頭に俺と紅伊くれない。その後ろで、


 「若様、もうすぐですね」

 「あぁ……そうじゃな……」『旅人よ、なぜ紅伊くれないの隣を歩いておる?』


 (そりゃ守るのため……)

 

 「ん、どうかなさいましたか?」

 「え、いや、なんでもないぞ」『ワシも護衛とではなく、紅伊くれないと話したい……!』


 と、イワレヒコとその護衛の会話が聞こえてきた。ついでに心の声も聞こえてきて……。まぁうんうんって感じだ。

 そんな事よりも俺としては、その更に後ろのあのガキ共の事が気になる。


 『チッ今の転べよ……』


 あの件以降アスタロトは、俺から半径五メートル以内には入ってこなくなってしまった。まぁ何故か緒紺おこんがアスタロトになついてしまったので、自然と俺が紅伊くれない、アスタロトが緒紺おこんを護衛すると言う関係が生まれたのだが、


 『あ、ひっつき虫だ、クロムに投げよ。エイっ!』

 「ひっつき虫?」

 『そう! これを服にくっつけると』

 「わ、引っ付いた!? 凄いでやんす!」


 聞いての通りアスタロトは俺にずっと意地悪をしてくるのだ。それと悪口。それも微妙にイラつく系のやつ。これで怒ってしまえば、「ガキのする事になに本気になってるの?」見たいな感じになるので、怒るにも怒れん。

 それにもう一つ。どうやらアスタロトが、まだ世間知らずの無知で無垢な緒紺おこんに、色々と教えているみたいなのだ。いわゆる悪知恵と言うやつを……。


 「いいじゃないですか、緒紺おこんも楽しそうです」


 紅伊くれないがそう言っていたので、止める事はしないが……不安しかない。一応アレでもアスタロトは悪魔なのだ。それもただ迷惑な……。

 そんな事を考えてい――。



 ――ツンッ。



 「うッ!?」

 『いッ!?』


 俺は直ぐに足を止めた。同時に強い悪寒と全身の鳥肌がブワッと立ち、ヤバいと警告を鳴らす生存本能が脳内に響く。瞬間、直ぐに思考が状況の把握を始めた。


 「どうしたんですか、旅人さん? もう目的の集落が見えてきましたよ」

 「おぉどうしたクロムよ?」


 紅伊くれないとイワレヒコの言葉。しかしそんな声は、脳内で無意識に意味のない音として認識され消えていく。

 すると後ろから、


 『く、クロムッ!』


 アスタロトが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。それは焦りの声色。アスタロトも今のを感じ取ったのだろう。今一瞬だが、【瘴神気ミアズマ】をも超える程の、残酷で慈悲のない力を感じ取った。


 そして――臭い。


 それは嗅いだことのある臭いだった。もう忘れ去ろうとしていた臭いだったのだが……今の一瞬で、記憶が光速を超える速さで身体中を駆け巡り、全てを思い出す。


 まるで錆びた鉄のような、車のタイヤをドロドロに溶かしたような……。そして記憶が呼び覚まされる。あの橋の下。あの老人。狂気のミュージアム。


 (嫌な予感がする……)


 それも俺の予想が正しければ、もっと、もっと……。

 するとアスタロトがこちらに走ってきて、


 『これ……もう領域テリトリー入ってるよ、どうする……?』

 「やっぱあの集落か……?」

 『うん、集落を中心に……なんだろう。この感じ凄く心当たりあるんだけど……。アレ、消えた?』


 さっきまであった残酷で嫌な感覚がスッと消える感覚。同時に少し雰囲気も軽くなるが、油断は出来ない。皆の視線が俺に注目する。

 俺の考えとしては、


 (引き返した方が良いのでは……?)


 『クロム、まだ相手も気付いていないみたいだし……戻った方が……』


 アスタロトも俺と同意見のようだ。もう嫌な感じはなくなったが……思い出すだけでも悍ましい。この絶対に何かが起こると感覚が言っている。

 するとイワレヒコが、


 「何を言っておる! ワシらは宇迦之御魂大神ウカノミタマ様の社を、それにあの集落の民の安否を確認しに来たのじゃぞ! ワシはせめて集落の様子ぐらいはっ」


 イワレヒコはそう言うが、今の感覚はどう考えても異常だ。しかしイワレヒコはそれを感知出来ていないのだろう。

 すると紅伊くれないが、


 「そうですよ、イワレヒコ様の言う通りです。それにこちらには旅人さんもついています。それにもし何かあったら、【紅葉こうようあじ 麗明れいか】で逃げれば良いのです」

 

 するとアスタロトは『え……』と漏らしてから、


 『……あ、うん。そうだね』


 と言っていた。相変わらず流されやすい奴である。

 だが俺としては、


 「いや、やっぱり一旦引き返そう。この――――」



 

 ――――デゥグンッ。



 (……なんだ、この感覚?)


 するとアスタロトが、なんの合図もなく俺の腕輪に入って来る。周りで「え、妖さん!?」や「吸い込まれた!?」などの声が聞こえたが、それ以上にアスタロトが強い声色で、


 『クロム、急いでッ! 早くッ、あの集落に向うよっ!』

 「はぁ!? え、何でだよ?」

 『話は後でッ、早くっ!!』


 アスタロトがこうも急いでいる時は、相当本気の時以外に有り得ない。つまりあの集落に何かがあると言う事だ。

 俺は他の皆に、

 

 「俺は今から飛んで集落を見てくる。お前達は出来るだけ身を隠せッ! 分かったな!!」


 そう言うとアスタロトが翼を広げ、俺は凄いスピードで飛翔。直ぐにその集落に向かった。

 集落に近づくにつれ、その「臭い」を本格的に感じ始めた。それは酷く鼻に残る匂いで、激臭と言うに相応しい匂い。錆びた鉄、焼いたタイヤ、腐った卵を足したような臭い。それが集落に近づくにつれて強くなる。

 そして――集落の櫓門やぐらもん上空まで来た……。




 「……なんだ……これ?」

 


 思わず呟いてしまう。その頃には臭いも忘れてしまい……。いや、忘れるほどの光景が集落中に広がっていた。

 久しぶりに感じる。恐怖と畏怖と絶望と狂気。頭が真の意味で真っ白になり、無意識にこれは現実ではないと錯覚してしまう。しかしこれは現実。現実であると認識すれば、さらに苦しくなる無限ループ。

 遂には感覚が麻痺し始めた。俺の思考は右往左往と処理を始める。

 






  絶望の狂気を、

  人間を。









  ――左腕。


     櫓門の壁部分に、

   杭で打たれている。




















          ――右腕。


  自身の腐った生首を手に取り、

    それを小腸のなくなった腹の中へ。






   ――表情。


     畏怖と絶叫の狭間で、

  酷く惨く、

     何かがあった事を示唆させる。

    眼球は水分がなくなり、

        その近くにボトッと落ちていた。

    舌が飛び出さんばかりに、飛び出ている。






















              ――両脚。


           櫓門の屋根の上に無造作に、

      逆さまに突き刺さっていた。

         












       ――内臓。


  両脚に媚びるように、

    水分を失った小腸と大腸が巻き付いていた。

  腎臓が釘で壁に突き刺さり、

     膵臓は地面に落ちておる。

         肺は萎み屋根の上に放置され、






     ――骨。


      ボキボキになり、

        様々な人体の部位に、

            徐に突き刺さっていた。






























         



 「――にん





































         「――だ?」





















 その集落は――人肉で溢れている。

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