第38話 記憶の片隅

 「あぁ……僕はどうしたら……」


 警察署の駐車場。車の中の後部座席で一人。目尻に涙を浮かべて僕はうずくまった。自分がどうしたいのかも分からない。本音を言えば怖いの一言。でもそれも何か違う気がする。


 (……警察を辞めろ……か)


 確かに僕は警察には向いていないのかも知れない。目の前の事が怖くて仕方がない。だから出来るだけ自分に都合の良いように、安全な策を考えて行動している。


 (……カッコイイから、か)


 そんなくだらない理由で警察官になった。しかし現実は恐怖……自分自身との闘い。前も見れない。その割にはきれいごとはうまい。正義だとか守りたいだとか。


 (……人の為……自分の為)


 松岡先輩は間違っていないと思う。僕は自分を第一に考え行動している。それに……他人に頼らないと生きていけない。他人に道を示してもらわないと分からない。


 「……僕はどうしたら?」


 自分自身に問いかけるが答えは帰って来ない。そりゃそうだ。今まで他人に頼りっぱなしで生きてきた僕は、答えなんて見つけられるわけもない。

 僕は貯めにためた息を吐く。

 すると突然、


 ガチャッ。


 急に運転席の勢いよく開く。

 そして――――その人物が入って来た。


 ツーブロックの髪の毛、長い前髪。

 つまらなそうな瞳にシワシワの顔。

 黒川悠介。

 

 「……黒……ガッ!?」


 その人物を認識した途端、黒川の右手があの時のように胸倉に。息が出来なくなる。僕はその伸ばされた右腕を必死にもがく……が、その力の前にはどうしようも出来なかった。

 パニックがループする。あの時と同じ……。


 恐い。


 そこで……気が付いた。……黒川の腕が震えている事に。

 黒川の表情を見る。目は怪奇に包まれ恐ろしい。しかしいつもに比べて……どこか違う表情をしていた。

 黒川は口を開き、


 「松岡はどこにいった……!」


 その声音は焦りに近いものだった。今までこの黒川と言う人物がこれほど取り乱したところを、僕は一度も見たこともない。

 

 「ガッ、ツッア!!」


 しかし今はそんな事を冷静に分析している暇もなく……そのそも松岡先輩がどこにいるのかなんて僕は知らないのだ。

 知らないとも息ができなくて言えない。前は松岡先輩が偶然助けてくれたから逃れられたものの、偶然というものは――。

 すると、


 プルルルル、プルルルル。


 黒川のスマートフォンが鳴りだした。黒川は……名状しがたいと表情になって、解放はされなかったが手の力を緩める。左手でスマートフォンを取り出して……。

 

 「……それは確かか?」


 誰かと話している。その表情は真剣そのもの。その雰囲気から、松岡先輩を超えるほどのエリートと言う風格がそこにはあった。

 そして黒川の右手からゆっくりと解放される。


 「ゴホッ、ゴホ、ゴホ」


 僕はその場で咳き込んだが、黒川はそんな僕を尻目に、


 「澤田君。この車のキーは?」


 いつもの気持ち悪い声音で行ってきた。しかし不思議や不気味。恐怖心……嫌悪感は抱かなかない。


 「……ぁ。……!?」


 僕がポケットから車の鍵を取り出すと、黒川は強引にキーを奪い取り、


 「……林村亮太が見つかったんだ」

 「な!?」


 勿論初耳だった。驚きが隠せない。そもそも生きているのかも怪しかった存在。そんな人間の名前がいきなり……。


 「それに彼もいてだな……」

 「……え……まさか」


 黒川は僕が完全な答えにたどり着くよりも早く、僕に聞かせる気もない独り言を、


 「この情報は現在、この警察署内で僕と君しか知らない。じゃあ”彼”は何故この情報を知っている? ……まぁ良い、行くぞ」

 「え、行くって何処へ!? ……ですか?」


 黒川はいつもの不気味な顔で、


 「彼を笑いに……だよ」



 ◈ ◈ ◈



 とてもとても長い和風の廊下。今思えば和風の家に入ったのは人生で初めての経験なのかも知れない。歩くたびにギイギイと軋む床。味のある音。そして周りから漂う木の匂い。ずっと西洋風の暮らしをして来た俺からすれば、物凄く新鮮な気分だった。

 

 前の方で結子と出迎えてくれた人が話していた。

 しかし、


 ――ㇲ。


 (……言霊ことだま……か)


 「あの……私たちの荷物は……?」


 やはり制御出来ていないようだ。霊力が駄々洩れである。

 対してその言霊ことだまを直で食らったその人は、


 「……あぁ……。一緒に部屋にお持ちします」

 

 そう言って歩いてきた廊下をまた戻って行く。……凄く哀れだと思う。


 (……俺たち直ぐにここ出るんだよな? じゃあ持って来なくてもよくね? ……まぁいっか)


 今のは単純に言葉の裏返し……それを言霊ことだまでやっているのだ。「荷物はどうなってるの?」と聞けば、「荷物も持って来て」と同等の意味を持つ。意識を強制的に誘導する。言霊ことだまの能力の一つだ。

 しかし食らった人は気付かない。あたかもそれが当たり前の事だったように。

 ミズチをはじめとする他の皆も特に何も指摘しないと言う事は、皆もその影響下にあるらしい。

 前も思ったが、

 

 (……どれだけの被害が?)


 言霊ことだまは、その言葉に重みをおき、誘導する。他にも色々な力がある。簡単に人の心を掌握しょうあくする力。それが言霊ことだまだ。

 

 しかし彼女の場合はそれが無意識になっている。これは凄く危険だ。

 前も考えたが、見え隠れするこの強すぎる言霊ことだまは、周りに相当被害者が出ているだろう。

 彼女も知らない内に、周りも知らない内に従順にになる。


 (……それがいつ彼女にとって災禍になるかも分からない。しかし被害は食い止めなければならない)


 『クロムゥー』

 「なんだアスタロト?」


 俺はとても小さな声で呟いた。アスタロトは腕輪の中で翼をバサバサとさせながら、


 『結子ちゃんは霊力を魅了する資質があるんだね』

 「……霊力を……魅了?」


 聞きなれない言葉だった。


 『ん、知らないの? 言霊アレは数多の世界の霊力を裏の世界に呼び寄せる。そしてアニマは想像の具現化。それが言葉に繋がる事で、その言葉通りに事が進む……。それが言霊ことだまなんだよねぇー。表の世界では不可能な……アニマの無いこっちの世界ならでわの芸当だよ』


 (……よく分かんねぇ)


 つまり他の世界の霊力が、結子の声に魅了されてるって事か?

 正直あちらの世界がどうなっているのか分からない以上、俺には考えられない次元なのだろう。

 アスタロトは続ける。


 『あとアレだと結子ちゃん、自分の言霊ことだまで自分も影響受けちゃってるね。クロムの周りも面白い人多いねぇ。夜斗の方も面白いけど』


 (……そう言う事か)


 通りで結子は無意識な訳だ。自分も無意識に影響下にあるのであるならば、色々と説明が付く。


 (問題は増えるばかりだけどな……)


 内心ため息をついた。 



 ◈ ◈ ◈



 「それでは皆さん。この部屋で待っていて下さい」


 通された部屋はちょうどこの家の中心に辺り部屋だった。地面には畳が敷かれて、前も後ろも右も左も……全てが襖。あれは松の木、それにわしだろうか? の絵が繊細に描かれている。


 (……にしても何もない部屋だなぁ)


 と言う第一印象。俺はその中に足を踏み入れる。


 (これが畳か……くすぐったい)


 初めての感覚だった。昔庭の芝生で、柔道で遊んでいた時は、よく体中が芝だらけになるので、ミザリーさんに畳が欲しいと頼んだ事があった。


 (まぁ結局、直ぐに柔道は飽きちゃったんだけどな……)


 ――――ドクンッ。


 (…………?)


 またよく分からない感覚に襲われる。しかしその原因は分からない。

 すると後ろから、荷物を取りに行ってくれた哀れなその人が息を切らして入ってきた。


 「これで……全部ですか?」


 (それまた運ぶ出すんだけどなぁ……)


 本当にアホだと思う。しかしその情景は面白い。哀れだ。俺は心の中でやや楽しく苦笑いをする。


 「もう少しでかしらが……あぁ来ました。では私はこれで……」


 その人はススㇲっと行ってしまった。


 ――――ドクンッ。


 (……何だ? ……やけに)


 ――――ドクンッ。

 

 (……胸騒ぎが……?)


 『大丈夫……クロム?』


 ――――ドクンッ。


 (……心臓の音が聞こえて――――)


 ――――ドクンッ。


 (……何でこんなに心臓の音が……?)



 ――――ドクンッ。



 (――――何でこんなにもなんだ?)



 そこで俺は気付いた。同時に焦りが生まれる。



 (さっきの人物は……はどこに行った!?)



 そう、先ほど出ていった荷物を運んで来た人の足音が、全く聞こえない。それにこの家の廊下はギイギイと音を立てていた。ならばその音が聞こえるはずだ。しかしそれも聞こえない。何も聞こえない。

 俺は音を限界まで絞る。ここまで来れば、車の中から家の中の音が聞こえた俺の聴覚でも……しかし何も聞こえない。外からはあんなに騒がしく聞こえていた音がまるでない。


 「……どうな――」


 向こう側の襖が開く。しかしそれは異様で、襖のススㇲと言う音は聞こえなかった。

 その奥から石雪寛いしゆきひろしが姿を――――。


 オールバックの白髪に和風の着物。確かに陽気なおっさんと言う印象。しかしその手には…………銃。


 (デザートイーグル!?)


 刹那ッ。


 とてもゆっくりとした時間。音はない。いきなりで頭が真っ白。まともな判断も出来ない。

 ただ、鉛が飛んで行くのを……肉眼……で……。


 ドチュッ。


 その一発が和泉さんの肩に命中する。


 「グアッっツ!?」


 和泉さんの口から、何とも言えない痛みの叫びが

 まだ頭は回らない。



 ――――ドクンッ。



 石雪寛いしゆきひろしが部屋に入って来る。


 「クロム、お前を狙ったのに……。腕が落ちたな、ハッハ!」



 ――――ドクンッ。



 「かしら、何の真似だ!!」


 ミズチは焦りと怒りの声を荒げる。

 対して石雪寛は相変わらず陽気な表情をして、

 


 ――――ドクンッ。



 「まぁ良い、か!」



 ――――ドクンッ。



 「皆、撃てッ!」



 途方もない程引き延ばされた時間。



 ――――ドクンッ。



 左、右、前……その視界に映り込む、全ての襖が弾け飛ぶ。



 ――――ドクンッ。



 弾け飛んだ襖の隙間から、数多の鉛玉。その奥からは気配すら無かった人達が、こちらに銃口を向けていた。


 

 しかしそんな事はどうだって良い。




 ――――ドクンッ。




 ナニカ……が……。




 ――――ドクンッ。

 ――――ドクンッ。





 ……コイツ。





 ――――ドクンッ。

 ――――ドクンッ。

 ――――ドクンッ。






 ……この男は!!






 ――――ドクンッ。

 ――――ドクンッ。

 ――――ドクンッ。







 記憶は――。







            遡って――。






 ――――ドクンッ。






 皆が賑わっている情景。

 そこはぼんやりとしている。


 (……そこにいるのは俺か?)


 俺は目の前に立っていた。一人の女性と一緒に。

 ……俺はその賑わっている場所にへと足を踏み入れた。すると皆は俺を見るやいなや、目の前の俺に近づいてきて……。


 (……何を話しているんだ?)


 音がないので分からない。ただ俺は困った顔をしていた。

 すると――――急に耳鳴りが……。心音が……。

 


 ――――ドクンッ。




 俺は目の前の情景に固唾を飲んだ。

 憎悪は驚愕し震え上がる。




 ――――ドクンッ。





 『…………きくなったなぁ……おじさ……事覚えてるか? ワハハ! まぁ覚えていないに決まってるが、な! なんせお前が生まれた時に、拝見はいけんしただけだから仕方ないよ、な! ハッハ!』





 憎悪は思い出す――――。





 そして周囲の鉛の塊は……憎悪によって打ち消される。 






 ――――ドクンッ。









 「お前……!!」


 ――――あの野郎だッ!

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