第32話 遺作の魔道具

 車に揺られる感覚。俺にとっては凄い久しぶりな感覚だ。最後に乗ったのはいつ以来だろうか?


 (……姉ちゃんの誕生日プレゼントを買いに行った。あの日以来か……)


 と虚しいような悲しいような、しかしワクワクするとような謎の微妙な感覚に襲われていた。


 「なぁ……ミズチ」

 「うぅん? 何か言ったかクロム。……もっと大きな声で言え」


 そして現在六人乗りの車に、榊原さかきばらさんの運転の下、その隣にミズチ。真ん中に和泉いずみさんと、右手がなくなってしまった女のようなメイド。柊さんが乗っている。

 で、一番後ろに、俺と空白の席……と、スーツケース。


 「ミズチィ! これ何処に向かってる?」


 俺は声を大にして一番前の席に威張りながら座っているミズチに問いかけた。



 ◈ ◈ ◈


 

 俺たちはあの後直ぐに病院を出た。荷物をまとめ、いつの間にか用意されていた私服にトイレで着替える。


 俺は黒のパーカーに白のVネックTシャツ。カーキーのズボン。……気にいった。

 ミズチはデニムジャケットにグレーのTシャツ。ベージュのズボン。いつのもスーツじゃない事に、恐ろしいぐらいに違和感が凄かったが……似合っている事が妙にムカつく。

 柊さんはグレーのパーカーに、キャミソールワンピース。……やっぱ女性物の服なんだ。

 榊原さんはカーキーのパーカーに黒のズボン。ここまで見てきたが、この服を選んだ人間は、謎に服のセンスが良い。

 和泉さんは白のセーターに茶色のスカート。うん、やっぱセンス言いな。似合ってる。誰が選んだのだろうか?


 それから一人ずつ感覚を開けて病院を出る。少しでも怪しまれる確立を減らすためだ。

 その中でも苦労したのが俺。俺の場合はそもそも歩けないので、誰かの付き添いが必要。

 と言う訳で、


 「しっかり捕まってて下さい。何かあったら大変っスからね」


 俺はミズチよりは絶対マシな人間。頼れそうな男、榊原さんにおぶられながら、誰にも見つからないように、慎重に病室を出ていく。俺たちは和泉さんに続く二番手。

 しかし……。


 「おかしっスねぇ……確かここのはず何スけど……」


 そこは駐車場でもない。むしろ病室感と言うか、臭いと言うか……何処だここは?

 周りは沢山の救急セットのような物が置かれ、あれは……点滴の袋? 見たいな物が積み重なっていた。それにあのクーラーボックスのような物は何だろうか? それに……。


 (あの白いの……包帯だよな? まさか……)


 「榊原さん……?」


 榊原さんも顔色が悪くなり、


 「すみません……多分ここ……」


 そこで俺は気付いた。


 (……この人……方向音痴? ……アホ、むしろ天才か?)


 ここには病室の色々な物がしまってある。つまり名称は分からないが、ここは病院の倉庫的存在の場所。俺たちはそこにたどり着いてしまったのだ。


 「……早く出ましょ!? 病室の人が来たら……」


 対して榊原さんは、


 「クロムさん。少し貰って行きましょう。これも何かも運命です!!」


 とか言って、目の前置いてあった包帯と言う包帯を、詰めれる限りポケットやバックに詰めて……。


 (アカン……。この人、アホの方や……!)


 そんな事もあって、ブックブクに膨れ上がった榊原さんに、俺はビクビクしながら……。


 「あ、ようやく出口に着いたっスね」

 「……はい。出口、ここじゃないっスけど……」


 ようやくたどり着いた出口は非常階段だった。

 しかし運が良い事に、ここまで人に見付からずにこれた。それもこの人のセンスなのだろうか?

 そして非常階段の扉を開け……。


 (……俺たちいたのって二階だよな? それで一階裏の駐車場に向かって……)


 しかし出て来たのは四階の正面にある非常階段だった。



 ◈ ◈ ◈



 そんなこんなあって俺たちはようやく目的地に着く。普通に行けば五分程度だが、俺たちは一時間ほど掛かった。

 勿論、皆さんは先に車に辿り着いていて……。ミズチは怒りを。柊さんは相変わらずの無。和泉さんは寝ていた。


 「……つまり俺は悪くない」

 「ちょっ、酷いっスよ!?」


 俺は全て榊原さんに罪を押し付けた。……いや、俺実際に悪くないし。

 で、今榊原さんに運転して貰っている訳だが、


 (……ホント大丈夫なのか? 目的地にちゃんと着く? ……てか、目的地って何処だ?)


 と、言う考えに至ったわけでミズチに聞いた。

 するとミズチは、


 「ねぇよ」

 「は?」


 俺は啞然あぜんとする。


 「……そのまんまの意味だ。現在そこら辺をブラブラドライブしているだけだ。じゃなきゃ、俺が榊原に運転任せる訳ないだろ? 俺も何処に向かってるのかは知らん!」


 と、堂々と言いやがった。つまりコイツは初めから榊原さんが……。じゃなんで俺に榊原さんをつけたんだよ! 

 俺は呆れと思考停止でややパニックになりながら、


 「お前、何か計画があるんじゃなかったのかよ!?」

 「あるぞ。逃亡だ」

 

 (コイツ……まさか本当に……)


 俺は小さな期待感を裏切られた感覚と、大きな……嫌な感覚を……。


 「何処に?」

 「知らん」

 

 (……はぁあ?)


 呆れすぎて、声も出なかった。

 あれだけカッコ良く「みんなここから出るぞ」と言っていたので、てっきり何かの計画があっての事だと思っていた……が、コイツは取り敢えず病院から出る事だけを考えていたらしい。

 ミズチは続けて、


 「車内にあったスマートフォンによれば、俺は今全国指名手配になっているそうだ。……で、これを打破する方法を今探そうとしているのだが……」


 ミズチは大あくびをしながら、


 「……どうにも頭が回らん。だから今は目の前の事を片付けていく事で精一杯なんだよ。分かったか、クロム?」


 正直こんな時でも上から目線のコイツを殴り飛ばしたかったが、コイツの気持ちも分からないでもない。

 自分の住処を失い、リーダー的存在は行方不明で部下の眼差しも強い。そして沢山の大切な部下が死に、自分は今や全国から追われる身。

 何も考えたくない気持ちも分かる。


 そこで俺はふと気になった。


 「お前は今、天に恨みを持っているか?」


 ミズチが恨む対象として、それは俺が天……それか……。

 ミズチは頭をボリボリとかいて、


 「さぁ……それは考え中だ。安心しろ。お前の事は全く恨んでねぇよ。あの時お前を見捨ててたら……絶対に今後悔してるはずだ……」


 ミズチは何処からかタバコを取り出して、ライターで火をつけて、


 「でも、どう何だろうな……天に対して……。俺が悪いのかもなぁ、全部」


 それ以上は何も言わなかった。


 (……お前は悪くねぇよ。悪いのは俺だ。……全部)



 ◈ ◈ ◈


 

 それから少しドライブを楽しむ。楽しむと言っても、何処に向かっているのかも分からない。で、今田んぼ道を抜けて国道一号線に入った訳だが……。


 俺はふとスーツケースに目が言った。

 その中身はジェミーさんの遺作。ミズチは”やいばの義足”と呼んでいたが……。


 (……この感覚は完全に”魔道具”。……しかも相当高位の)


 しかも不思議な事に、俺が刃の義足を認識すると、そいつは邪気を放つ。ドス黒い。

 しかし……謎の感覚だ。

 本来魔道具と言う物は、人に害を与える物。取り憑いたり、呪ったり、病気を発生させたり……殺したり。

 そしてこの刃の義足からは膨大な魔力を感じた。これだけの魔力を放っているのであれば、霊感が無いミズチや他の皆にでも、害が起こっても不思議では無いのだが……。


 (……嫌な感覚は全くない。むしろ――――)


 俺は少し息を吐いて、


 「今からアスタロトと話す。ブツブツ言ってるかも知れないが、気にするな!」


 と言うとミズチは俺に見えるように、手でグッドをする。

 俺はそれを見てもう一度息を吐き、左手で右手の上腕についている黄金の腕輪に手を触れて……。


 「……来い。アスタロト」


 そう呟くと上の方から魔力が……。

 頭上で時空が歪む感覚……そして、


 『呼ばれて、飛び出て、ジャジャジャ……。ぎゃぁあああアアぁぁァァ…………』


 後方に姉ちゃんの声が遠ざかって行く。

 と言うのも、今アスタロトが出て来た場所は俺の。つまり車の上だ。そして現在アイツは、車から振り落とされ……そしてトラックが――!? を間一髪でかわし、何か嫌味を言いたそうな死にそうな顔で、バサバサとこちらに飛んでくる。

 前から、


 「どうだ、悪魔は呼び出せたか?」


 ミズチが真剣な声でこちらに行って来るが……。

 今アスタロトは車の後ろにへばり付き、顔をガラスに押し付け、そして翼をバタバタとさせて、メッチャこちらを睨んでいるのだ。

 

 (……いや、俺のせいじゃねぇよ。お前の出て来た場所が悪いんだろ……)


 俺はこの悪魔を車の中に入れる事を、大いにためらったが……。

 

 (このままへばり付かれるのもなぁ……)


 予めあらかじめ予想しておこう。コイツは絶対入って来たら、俺に向かって怒号を飛ばす。ウザイ位に。

 この姉ちゃんの姿をした悪魔は、そう言う奴なのだ。

 俺は泣く泣く車の窓を開けた。



 ◈ ◈ ◈



 『あ~もう信じられない! 私トラックに引かれるところだったんだよ!? 死ぬ事はないけど……。でも痛いんだよ! 分かる!? 悪魔だってちゃんと痛覚ってものがあるんですぅ!! 痛いんですぅ!! そう言えば私ルシファーに何か言われたよ。【瘴皇気ミアズマ】の事で。後で付き合ってもらうからね。ねぇ、聞いてる? おーい! おい、てめぇ! さては聞いてないだろ!!』


 (……あぁ、バレたか)


 「……聞いてるよ」


 と、言うようにこの悪魔は、見た目は姉ちゃんでも中身は完全にガキなのだ。

 アスタロトはマシンガンのように続ける。


 『あとルシファーがクロムにアニマ渡すなだって』

 「なんでだよ……俺の契約内容だろ?」


 アスタロトは何だか嫌そうな顔をしながら、


 『知らね。どうせクロムで遊びたいんじゃない? 私もクロムにアニマ渡したいのは山々なんだけど……。アイツこう言う事にうるさいんだよ! ムキィー!!』


 (……分かる。……お前の方が絶対にうるさい)


 アニマの事も気になるが、ここは別の話題に持って行った方が良いだろう。


 「今回お前を呼び出したのは理由があってなぁ……」

 『あ! そうやって私の話をぉお!!』


 俺はスーツケースを開いて見せた。


 『ホントなに考え……ぇ?』


 あんなにうるさかった奴が急に黙る。そしてアスタロトはそれをまじまじと見て、


 『……これ何処で手に入れたの? と言うか……あるじが……』 

 

 などとブツブツ言っている。

 俺はその様子を見て、完全に俺の計画通りに動いているアスタロトに感謝しつつ、


 「これは元々……少し見た目おかしいが、俺の義足だ。ただのな。でも今は見ての通りだ。どうしてこうなったんだ?」


 するとアスタロトは神妙な顔つきで、


 『まずクロムは、どうやって霊道具や魔道具が出来るか知ってる?』


 考えた事もなかった。言われてみればそうだ。そもそもどうやって出来るのだろうか? 生まれた時から、霊道具や魔道具はそう言う物だと言うイメージしかなかった。


 「知らない」


 俺は素直に答えた。するとアスタロトはその場に胡坐あぐらをかいて、


 『まず霊道具や魔道具が出来る大きなきっかけは、でっかく分けて三つかな? 一つ目はもう一つの世界から持ち出される事。二つ目は……』

 「ちょっと待て!? もう一つの世界?」


 俺は一気に頭が真っ白になる。そして死んだ思考が加速する。

 もう一つの世界。つまりアスタロトが言うところの地獄だろうか? いや、しかしそれだと天界はどうなる? 浄土は? 他には?

 もう一つのと言う事は、二つ目のと言う事。

 するとアスタロトはムッとした表情になり、


 『はいはーい! 話がそれるから質問はなし! 良いね?』


 (……凄く頭に来たが、殴り飛ばすのは後にしておこう)


 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。今は聞く事が大切だ。

 アスタロトは続ける。

 

 『二つ目はもう一つの世界の影響を受けちゃう事。三つ目は念が時間と空間を越えて、その道具に移る事……かな?』


 そしてアスタロトは「分かった?」見たいな表情でこちらを見てくる。俺の思考は加速し続けた。


 (……つまり「もう一つの世界」になんかあるって事か? それに時間と空間? ……分かんねぇ)


 情報がなさすぎる。


 (聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言ったものだが、相手が答えてくれない時はどうすれば良いんだ?)


 俺は目の前の悪魔を軽く睨み付け、

 

 「で、その義足はどうなってるんだ?」


 ややムカついた声音で言う。

 アスタロトはその義足を触って、


 『これはどちらかと言えば……うーん……。二つ目と三つ目を足した感じ? もう一つの世界の影響……それも凄い力の塊をもろに受けちゃってるし……それに色んな魂の残骸がここに取り憑いてる』

 

 (もう一つの世界の影響……? 凄い力の塊……)


 何か引っ掛かるものを感じる。


 (魂の残骸……!!)


 そこで俺はある事を思い出した。


 「ミズチ!」

 「何だ? 今、悪魔と喋ってるんじゃ……」

 「そう言えばこの義足。何処にあった?」


 そう。この義足は……。


 「そりゃあ……地下施設の瓦礫の中だ……」


 あの時俺はこの義足を俺の寝ていた部屋に置いて来た。なぜ戻ってきたかは知らねぇが……。


 (……あそこに降り注いでたよな、いっぱい。凄い力の塊――――)


 ――――光の柱が。


 つまりそれが「もう一つの世界の影響」なのだろう。

 そして、魂の残骸は……あそこで死んでいった……人達。

 


 全ての辻褄が合った。



 高位の邪気を放ちながらも、ミズチ達には影響がないのは、あの時あそこにいた……人達が……。

 そしてアスタロトは言う。


 『霊道具や魔道具ってのはね。時々自らの意志であるじを選ぶの。それでこの魔道具のあるじなんだけど……』

 「俺……。いや、俺たちか……」

 『そう言う事」


 俺は全てを理解した。

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