第31話 上の手

 「……菊地。情報は確かか?」

 「はい。病院関係者に私の知り合いがいまして……」

 「顔が似ていると言う事か?」

 「はい。それもあるんですが……」


 今僕たちは菊地さんが運転している車に乗って、とある病院を目指していた。

 

 「会話を聞いたそうなんです」

 「ほーう」


 松岡先輩は僕の横でニヤリと笑った。

 

 菊地さんの話によると、何でもその林村はかなりの重症を負っていたらしく、直ぐにその病院に運び込まれて手術をしたそうだ。そしてその手術を担当したのが、菊地さんの知り合い医者らしいのだが……。


 (本当に三人だけで行くの……?)


 現在我々は上司に何の説明もせずに、独断でこの件を追っている。先輩によれば、この件は警察の上の人達が、色々な場所で圧力をかけまくっていると読んでいるらしいのだが……。


 (……大丈夫?)


 やはり乗り気になれない。

 確かにあれだけの事が合って、捜査が直ぐに打ち切られたのもおかしいし、ニュースでも最初こそはどの局も放送していたが、あれが今ではどの局でも放送していない。おかしい点は他にも……。


 しかしどうしても僕は先輩たちに付いて行こうと、気が進まないいのだ。理由は単純。そんな何かを変えてしまう力が、恐くて仕方ないのだ。

 それに、


 (なんで上の人に何も言わずに行くの……? 確かに圧力が掛かっているってのは分かるけど、仮にも相手は指名手配犯……それぐらいなら、上も人も動いてくれるんじゃないかな……?)


 しかし僕はその意見を先輩方に言えずにいる。

 松岡先輩は警察官になってから二十年のエリート。対して僕はまだ一年経ったぐらいの新米刑事。それに菊地さんは昔、松岡先輩とタッグを組んでいた人らしい。そんな二人にが当然信頼関係があり……。

 

 (僕に意見が言える訳も……)


 そんな事を考えている内に、会話は進行していた。


 「つまりその病室に来ていた人間が、林村の名前を出していたと……。それも林村の関係者しか知らない、地下施設の情報を話して……と言うことだな?」

 「はい。内容自体は聞いていませんが、その後、もしやと思って手配書を確認したところ……」

 「顔が一緒だった……と言う事か……。うーん」


 松岡先輩はどうにもに落ちない顔をしていた。

 僕は会話に参加していないと思われるのが嫌だったので、


 「……どうしたんですか?」


 と適当に聞く。すると松岡先輩は眉間みけんにしわを寄せて、


 「……アイツが……そんなミスをするか? あれが起こるまで、地下施設も発見出来なかったんだ。つまりそれほど情報漏洩に気配っていた人物……それが……。うーむ」


 松岡先輩は首をポキポキ鳴らして俯いた。


 (確かにそうだ。今まで何の情報も得られなかった男が、そんな病院の中で簡単なへまをするだろうか?)


 松岡先輩と僕は頭を捻る。すると、


 「もう見えますよ。病院です。今はそんな事よりも、林村亮太が目の前にいる事に意味があるんです。あの地割れの件もあの巨大火災旋風も……。本人に聞けば良いじゃないですか?」


 菊地さんが言う。

 確かにそう思った。情報が正しいのならば、そこに林村がいる。じゃな本人に聞けばいい。最もな考えだ。

 

 「そうですね。目標は目の前ですよ! 松岡先輩!」

 「…………あぁ」


 しかし松岡先輩は首を捻っていた。



 ◈ ◈ ◈



 「すみません。和泉隼也いずみしゅんやさんのお見舞いに来た者ですが……部屋の番号を……」


 僕たちは私服に着替え、あたかもただの一般人を装う。そして受付で、その部屋の番号を聞き、


 「2103号室です。兄弟の和泉淳いずみあつしさんと一緒に……」


 (……兄弟? 僕たちははてなマークが浮かびあがる)


 そして思わず僕が、


 「ぇ?」


 と声を漏らしてしまった。

 受付の方がとても不思議そうな顔でこちらを見てくる。


 (ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!)


 すると、


 「あぁ……そうです。この病院も大変でしょう。あの例の……」


 松岡先輩が直ぐにフォローに入ってくれて、同時に情報を聞き出そうとする。僕はありがとうございますと言う気持ちと、流石だな、と言う気持ちでいっぱいになった。


 「えぇ……まぁ……」


 と受付の人は苦笑い。おそらくだが、この人は余り情報を持っていないのだろう。おそらくあの件の入院患者がいる。その程度認識。

 松岡先輩は、 


 「あぁすみません、仕事の邪魔して……2103号室ですね。ありがとうございます」


 そう言うと僕たちは二階のエレベーターに向かう。

 そしてその中で、


 「……澤田、後で話がある」


 僕は涙目になった。

 

 そして二階につく。辺りは薬の匂いが漂っていて静寂。何となく……病院だなぁ……と言う印象を受けた。


 「じゃあ、二人とも……」


 菊地さんが先陣を切って歩いていく。勿論音を出来るだけ立てないようにゆっくりと。心臓の鼓動が激しくなって行く。

 菊地さんが、


 「もし林村逃げ出すと行けないので、私は出入り口を見張っています。松岡さんたちは……」

 「分かった。俺たちで」


 (行きたくない……どうなるんだろ? 僕は……僕は……)


 そんな事を考えている内に、


 「……着きました」


 菊地さんが小さな声で言う。目の前には「2103号室」の文字。

 僕たちは三人は頷き合い……。勢い良くその部屋には入って行く……すると……。


 中には誰もいなかった。


 花瓶に花が添えられて、ベッドの布団にはしわが出来ていた。点滴も針の先端が地面に垂れ下がった状態で……。

 人がいた痕跡はある。

 松岡先輩と僕はその部屋をくまなく調べた。更に不自然な事にその部屋の他のいたであろう人物もいなくなっている。

 ただ残っていたのは僅かな手掛かりは、和泉隼也いずみしゅんやの名札と、兄弟と呼ばれていた和泉淳いずみあつしの名札。

 

 「……やられた」


 松岡先輩は悔しそうに言った。

 その部屋はもぬけの殻だった。



 ◈ ◈ ◈



 (……誰だ?)


 この病室に入ってから何日か経過した。

 流石に暇すぎるので、ミズチのやっていないクロスワードパズルを頭の中で解いていたのだが……カーテンの向こう側。今この病室に足音が入って来た。

 この病室にはベッドが六つ。一つは開いていて、そこは結子が使っていた物。その他のベッドも全て仲間の場所だ。つまりこの病室は現在俺たちの関係者以外いないと言う事になる。

 そしてこの病室に入って来る人間。それはこの病院の医者か、先に退院した結子ぐらいだろう。

 しかし、


 (初めて聞く足音だ……)


 契約以降、何故か五感が鋭くなっている。

 アスタロト自身は何の力も与えてないと言っていたのだが……。


 (……本当にそうか?)


 先ほど五感が鋭くなっていると言ったが、実際にはもう一つ敏感になったものがある。

 それは霊感……そしてここは病院。

 察しの良い人は分かると思うが、この病院は霊でいっぱいなのだ。アイツらは平気で壁などをすり抜けてきやがる。それにブツブツと何か言っているから、うるさくて仕方ないのだ。

 まあそんな話は置いておいて、今俺が反応したのは五感の内の聴覚。

 先ほども言った通り、この病室は俺たち以外は誰もいない。

 

 (……何が目的の人間だ?)


 すると隣のミズチのベッドのカーテンが「シャー」っと空いた音がして、それと同時にドンッと言う何かを地面に置く音が聞こえた。


 「ご苦労だったな。俺の計画通りに進んでいるか?」


 ミズチがそれに対して声をかける。ミズチの知り合いのようだ。


 「あぁ、上手く言ってるぞ。……あずま


 どうやら男性ようだ。……しかしそんな事よりも……。


 (東ミズチの名前を知っている? それに東呼び……?)


 つまりはよほど親しい人物なのだろう。

 知っての通り、本名、東ミズチを知っている人間は、指で数える程度。しかも東呼びとは……。

 そして謎のカチャッと言う音。


 「確かに……見た」

 「OK」


 そしてまたガチャっと言う音。多分だがその男が持って来た何かを開けた音だろう。

 俺はその会話に耳を傾ける。


 「車は裏の駐車場。西側の角から三番目のグレーのデカい奴だ。数字も言うか?」

 「いいや、それで十分だ」

 「俺はいつも通りでいいか?」

 「あぁ、そうしてくれ。次がいつかは分からないがな」

 「んじゃ」

 「あぁ……」


 そう言うとまた「シャー」と言うカーテンの音。そして病室から出ていく足音。


 (……誰なんだ?)


 病室内には静寂が漂う。決して誰も音を立てない。そしてそれが十五分ほど続いた。

 そして、


 「みんなここから出るぞ」


 隣のミズチの声が聞こえて来る。

 すると静かだった病室が少しずつ物音を立て始め……。


 「……おい。ミズチ」

 「何だ?」


 俺は隣のカーテンを取っ払いミズチに、


 「俺は状況が理解出来ない。説明しろ」

 「少しは頭を回せ、ガキ」

 

 (……コイツ)


 俺はミズチの様子観察する。幾つか変わった事があった。

 まず一つ目に、ミズチのベッドのすぐ傍に、今までは無かった大きなスーツケースが置かれている。おそらくドンッと言う音とカチャっと言う音の正体だろう。つまりそれは、先ほどミズチと話していた人物が持って来たと言う事……。

 そして二つ目に、ミズチの手には黒い車の鍵が握られていた。先ほどの話……駐車場の位置などを言っていたので、それの鍵だと推測出来る。つまりその車で、ここから出ると言う事か……?

 最後に三つ目。これはどうでも良いのだが、ミズチの黒い眼鏡が復活していた。……うん、これは本当にどうでも良い。


 まとめると今のさっきの人物が、俺がここから出るための物を、色々と持って来きてくれたみたいだ。

 それにしても、


 「状況読めた。で、そのスーツケースは何が?」


 するとミズチは少しニヤリと笑って、こちらにスーツケースを持っ――――。



 (―――――!?)



 何だ……この感じ!? 

 全身から鳥肌が立つ。しかし嫌悪感もない。分からない、感じた事もない。

 しかし圧倒的な……。

 それはスーツケースの中から……。


 「ぉ、おい!? ミズチ……その中……どうなって!?」


 俺は声を震わせて言った。ミズチは少し目を見開いて、


 「……どうした。クロム?」

 「早く見せろ! その中を!!」 


 俺は少しみっともなく大きな声を出してしまった。が、それほどの物を……!


 「あ、あぁ……分かった」


 ミズチはそのスーツケースを、ガチャ…………っと開けた。

 


 (―――――!)



 「ミズチ……。これって……」

 「そうだ。ジェミーの遺作……」


 その見た目は凶器だ。

 まず足の指の部分、明らかに剝き出しの刃が五本と、踵に一本。それに膝部分には、明らかに銃を携帯出来そうなスペース。

 これは……。


 「……やいばの義足だ」


 ミズチはそう言ったが……俺には……。


 (……何だ……この!? …………”魔道具”?)


 その義足からは、膨大過ぎるほどの”魔力”が感じられた。

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