第11話 東ミズチ

グレーの扉が開く。

 そして一人の男が入ってきた。年齢は二十代前半ぐらい。短髪の黒髪に、整った顔立ち。黒い眼鏡に、緩んだ黒いネクタイ。ズボンから出た白いシャツに、着崩したスーツ。


 (……誰だ?)


 すると結菜がその人物に、


 「……思ってたより早かったじゃん。えっと……」

 「盗聴は切ってある。皆に会話は聞こえねぇよ。偽名じゃなくても良い」

 「じゃあミズチ、どうだった……結果は?」

 

 (……コイツが東ミズチ!?)


 驚愕の一言。何故ならの権力を持っていると言う点から、俺の東ミズチの印象はもっと高齢のイメージだったからだ。想像以上に若い。


 「……お前がクロムか」


 そして東ミズチは俺を観察するような目で見てくる。その表情や雰囲気からして――すると東ミズチはポケットからタバコを取り出す。そしてオイルライターで火を付け、口に運び煙を吐く。


 「……クロム。俺の考えを率直に言おう。俺はお前をまだ信用出来ない。理由は単純。未知の他人だからだ」


 東ミズチは冷たく言い放つ。だがこれは想定内。そもそもコイツがこの部屋に入って来た時点で、コイツが俺の事を信用していない人物だと直ぐに分かった。雰囲気って奴だ。

 そして――これも直ぐに分かった事なのだが、


 「だろうな。それに、会話的にずっと盗聴してたんだろ? ここの主様である林村――東ミズチは、。もし俺がなにか仕出かす悪い奴だとしても、お前は外から直ぐに対応出来る訳だ」

 「ほーう、パーフェクトだ。……殴って良いか? クソガキ」


 (良い反応だ……もっと喋れよ。


 俺がこの男、東ミズチを見て一番初めに思った事。仕草、喋り方……色々あるが、


 (俺と似てる……)

 

 自分で言うのもなんだが、頭は回るくせに感情で動くタイプ。その上へんにプライドが高い。まさに俺だ。

 なのでこう言うタイプは煽れば直ぐに乗っかってくる。何か肝心な情報を吐いてくれると嬉しいのだが……。


 「俺が口を滑らせると思ったか、クソガキ」


 (……煽りは失敗か)


 俺の考えは完全にバレていたようだ。そんな事より、さっきからクソガキクソガキうるさい……。危うく俺が乗っかりそうになるが、俺は冷静に今疑問に思っている事を、


 「口ではそうやって強がっているが、やっぱり俺の事が恐いんだろ?」


 東ミズチは眉間にしわをよせる。

 対して俺はその表情に内心ニヤリと笑い、


 「それなのに何処だが知らねぇが、何故俺をここに入れた? それになぜ俺の目の前に現れた? 信用してないんだろ? そこが理解出来ない」


 俺は東ミズチの立場に立って考えてみた。

 彼視点ならば目の前にいきなり知らない、それに左足が千切れた奴が現れた訳だ。そんな人物を自分の領域内に入れるか? バカほど優しい人間ならすると思うが、コイツの場合、何故か俺を信用しないと言っている。どこが信用出来ないのか知らないが……。

 そんな信用していない人間をわざわざ自分の領域内に入れて、更に左足も直して、しかも俺に何かされるかも知れないのに目の前にいる。

 俺はそれが考えられない。

 領域内に入れると言う事は、自分の周りの人間にも迷惑・被害が出るかも知れない。それなのにそんな事をするだろうか?


 すると東ミズチは俺を睨み付けて、


 「それを教えたら俺の質問にも答えてくれるか? お前はどうにも口が固そうだ」

 「質問にもよる」


 俺は適当に答えておく。こう言うものは曖昧にしておいた方が、後々役に立つ。要するに後出しじゃんけんが出来る訳だ――と、思っていたのだが、


 「明確にしろ」


 ウザイ、人に嫌われるタイプだ。

 だから、


 「お前チンコ何センチだ?」


 俺は言ってやった。


 「…………」

 「……ェ」

  

 東ミズチは固まる。横では結菜が喉の奥から絞り出した声を発した。

 その反応に俺は少し面白くなる。この一発かましてやった感が最高だ。


 「ほーら、お前答えなかったろ? 同じ事だ。まぁ答えたら答えたで面白かったけどな、アハハ」


 凄く気分が良い。この自分でも良く分からない優越感が好きだ。

 すると東ミズチは一度タバコを吹かし、更に「はぁ~」とため息を吐き、


 「お前ウザイ。……少し立場を明確にしよう」

 「あぁ、そう」


 俺はニヤリと笑う。これでボロを出してくれれば良いのだが……。

 東ミズチはポキポキと首を鳴らして、


 「まず現在地だ。一階は喫茶店、二三階はとある事務所……要するに三階建ての建物って言うのが……表向き。しかし実際は違う」


 東ミズチは俺を観察するように見てくる。

 東ミズチの言い方なら、俺の場所は、一階は喫茶店なのでバツ。なので二三階辺りの事務所と言う事になるが……。


 「今言った物は俺の作った空だ。実際、地上の施設は喫茶店以外機能していない。……そして俺たちが今いるのは地下。地下三階だ。それも違法に建築したな。この地下こそこの場所の真の姿。……そう言えば自己紹介がまだだったな」


 (……地下? 違法?)


 それに聞き捨てならない言葉を吐きやがった。ヤクザ。その言葉が真実だとすれば、この男は相当な……。俺の思っている以上の……。

 突っ込む間もなく東ミズチは話を続ける。

 

 「俺は真名は東ミズチ。職名は林村亮太。ヤクザだ」



 ◈ ◈ ◈



 国道一号線。その道路を走る二台の黒い大型車。

 平和すぎる外の人々。物騒な車内。銃や手榴弾、警棒。総勢二十人。

 そして俺、近藤蔵馬こんどうくらまは今回の現場指揮官。


 「では司令。今作戦において殺人を……」

 「あぁ許可する。だから君なのだ。だからこそ君たちなのだ」


 目の前のパソコンからその人物の声。俺たちは司令と呼んでいるが、実際には誰かは分からない。俺がこの部隊に配属されてからもう十一年。しかし十一年前もこの声の主が司令だった。

 そもそもの話、俺たちの部隊は機関の中でもトップクラスに情報がないと言われている。自分たちの事も良く分からない。政府の裏の組織と言う奴だ。そして今作戦はいわゆるゴミ処理。


 「クックック。君たちは極秘。血に飢えた者たちの巣窟だ。正義を下す者たちの。そして君たちは今、悪を求め正義を振りかざす……」


 俺はとある記憶が甦る。

 約十二年前、自らの妻を刺し殺した感覚。それは妊娠中の出来事。妊娠六か月。

 彼女は覚醒剤をやっていたのだ。当時、俺は自衛隊だった。

 それを知った時、俺は酷く絶望した。それは一人の人間として、夫して、父親として……。だから俺は彼女を刺し殺したのだ。


 「拘束、殺人。好きにしたまえ。ただ目の前の敵を征圧する。殲滅する。これが今回のミッション、君たちの存在意義だ」


 とても良い気分ではなかった。その死体に俺は吐いた。だが今も後悔はしていない。あのまま生まれて来ていたんら……俺は、子供はどうなっていたか。どんな顔をして生きていけば良いのか……。

 そして直ぐに俺は自首した。そして俺は言った。自分と子供のためにやったと……。

 後々分かったのだが、その子は俺の子ではなかったらしい。その時は流石に死のうと思ったよ。

 

 「君たちは、法に守られながらも違法を行う存在。君たちは、法に守られながらも法から逸脱した存在。君たちは、法に守られながらも壊れた存在」


 そんな時、俺にある声が掛かった。釈放する、その代わりこの部隊に入れと……。

 俺は直ぐに乗った。そして部隊の仲間たちを見た瞬間一目で分かった。ここにいる人間は皆、人を殺した事がある人間なのだと。



 「そして――君たちは法に守られた正義だ」



 俺たちは法に守られた正義。

 ただひたすら訓練。潜入捜査。依頼があれば現地に向かう。他にも色々。ただそれだけの仕事。……だが人を殺して良いと言われた事は、今までに一度もなかった。


 (……人を殺す)


 皆も同じ事を考えたのだろう。今回は車内の雰囲気が違う。震えている者。固まる者。笑みを浮かべる者。武器を握り締める者。


 「では、現地につき次第、僕に連絡してくれ」


 そう言い残し、パソコンから声が途絶え――静寂。そして車内の全員が目が俺に集中する。……皆違う視線で。

 俺は皆に聞こえないよう深呼吸をし、覚悟を決め、


 「相手は反社会組織。だから容赦しなくて良いと司令は言いたのだろう……」


 司令は言い方が昔からおかしいのだ。ただ今回は過激。人殺しアリの作戦など今までやった事もない。

 それに少し引っ掛かる点が、

 

 (聞いている情報によれば、それほどの武力もなさそうだ。なのに何故あんな過激な命令を? いつも通り征圧と言っておけば、良いんじゃないか?)


 考えていても何も始まらない。

 それに――もう俺たちは人を殺した事があるんだ。だから渋る必要もない。

 俺は作戦の最終確認を始めた。

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