プロローグ 展開部:姉ちゃんの誕生日

 そして姉ちゃんの十六歳の誕生日。

 その日は朝からずっと賑やか。庭園内には見た事のない量の車が停車しており、空っぽな屋敷内は人で埋め尽くされていた。

 さっきテレビで見た事のある人とすれ違った。それに皆、口を開けば誕生日の話ばかり。今までの誕生日ではこんな事はなかった。人生で初めての経験。それ程「十六歳の誕生日が大切なものだと、改めて知った。

 

 午後七時半。

 部屋の外から、


 「クロム、身支度は整いましたか?」


 ミザリーさんの声。

 俺はもう一度、自分の服の乱れがないかを確認して、


 「今行く」


 と言いながら、扉の方へと向かっていった。俺は心が踊る。なんせ今日は宴。もちろん主役は姉ちゃんなのだが、それでも俺も宴ぐらいは楽しもうと思っていた。

 それと、


 (セッティング完了。これなら……契約に……)


 まだ諦めていない。


 ◈ ◈ ◈


 宴は食堂で開かれる。

 食堂はこの屋敷内、隣の施設の大天上を除けば一番の大きさだ。いつも俺や姉ちゃんやミザリーさん。それに使用人の人達がそこを使い、それでも食堂の十分の一程の大きさしか使わない。

 そんな大きな宴会場に入るや否や、


 「あの、クロム様ですね? この度はお姉様の誕生日、お祝い申し上げます」

 「貴方がクロム様ですね。お姉様のお誕生日おめでとうございます!」


 と、まるで俺が祝われているかのように、見知らぬ人たちが寄って来る。中にはこんな奴まで、


 「おぉ! もしかしてクロムか!? 大きくなったなぁ……おじさんの事覚えてるか? ワハハ! まぁ覚えていないに決まってるが、な! なんせお前が生まれた時に、拝見しただけだから仕方ないよ、な! ハッハ!」


 (臭う……コイツ酔っぱらってるのか……)


 と、良く分からない者までいた。

 俺は色んな声に苦笑いをしつつ、


 (ここから逃げ出したい……)


 大勢の人が俺に集中して話をして来る。ただでさえ人とあまり関わる機会がない俺にとっては、それは鬱陶しいの一言。心が折れそう。凄くキツイものがある。


 俺がそんな気持ちでいっぱいになってると――ミザリーさんが左腕につけた宝石のブレスレットに右手を添えて、


 「……異を外部へ唱えろ。高冷――『切無理カマト』」


 ブレスレットから”霊力れいりょく”が漏れ出して――。急に周りから人が立ち去っていく。まるで俺の興味を失ったように。いや、実際にそうなのかも知れない。

 最初から感じていたが、ミザリーさんの身体は”霊道具れいどうぐ”でいっぱいだった。


 「最初から使ってよ、その霊道具。……人嫌いになりそうだった」


 ミザリーさんのブレスレットに付いている力――これを霊力れいりょく。そして霊力が取り付いている物を、霊道具れいどうぐと言う。

 霊道具は色々な能力を持っている。例えば今のブレスレットは俺たちを認知出来なくする。または記憶の上書き。実際にどのような能力を持っているのか俺には分からないが、


 「この霊道具は自身や対象の興味を失わせる力。流石さすがに貴方の姉さんの弟さんがここにいる事ぐらいは、皆さんに把握してもらわないと……」


 なるほど、そういう能力が付与されているのか……。

 しかし俺はその言葉に少し引っかかる。


 「え、ミザリーさんは今から何処か行くの?」

 「…………」


 ミザリーさんの表情が曇る。

 そして「何で聞くの?」みたいな顔をして、


 「……貴方のお父様とお母様に会いに行きます。なので――」

 「あっそ、別に変な心配しなくても良いよ。興味ないし」


 何となくそんな事だろうとは予想出来ていた。

 俺と姉ちゃんの父と母。もしその話をすれば、俺がそっちに行こうとする――そう考えたはずだ。

 最後にあったのはもう四年も前になる。それ時は一緒に食事をしただけで、一言も会話していない。正直、他人としか思えなかった。

 そんな両親に俺は会いたいはずもなく、今は、


 「そんな事より、何で姉ちゃんの周りには人がいないの? 今回の主役なのに……。あぁ霊道具か」


 遠くからなのであまりよく見えないが、明らかに奥の方で浮いている存在がいる。あの長い髪、そして色。完全に姉ちゃんだ。

 しかしどうしてだろうか? 姉ちゃんの周りには誰も人がいない。


 「そうです。貴方の姉さんはこれから天使様と契約する身。よこしまオーラを入れないためにも、彼女には『無遺物むいぶつ文殊結界もんじゅけっかい』を持たせてあります。彼女に近づけば近づくほど、彼女の存在は分からなくなる。そして無意識にそこには行きたくなくなる。そう言った霊道具です」

 「遺物いぶつ……結界ねぇ」


 遺物いぶつと呼ばれるものは、霊力を多く吸い込み、更に風化ふうかが進んだ霊道具だ。風化が進んだ分本来の力は出せないが、それでも大量の霊力を放出している。

 そして結界けっかいは、さっきミザリーさんが使ったブレスレットに近い。主な働きはその持ち主を守り、境界きょうかいを作ること。今回ならば、姉ちゃんを他の人から守っているということだ。


 (しかも文殊もんじゅ。数多の結界が……。それほど姉ちゃんの身体は大事っていう訳か……)


 しかしそんな事よりも俺にとっては……。

 誰もがこの光景を見て思うだろう。


 (これが誕生日の主役?)


 いくら天使との契約のためとは言え、やり過ぎな気がする。何ともやり切れない。そんな気持ちを察してか、ミザリーさんは、


 「今からクロム。貴方は会場のお客様方とお話をするも良し。テーブルに出ている料理を食べるも良し。そして貴方の姉さんと話すも良し。貴方は自由です」

 「ん、姉ちゃんには近づけねぇんじゃねぇの?」


 俺は何となく分かっていたが聞く。


 「もちろん、この屋敷内の者には効果はありません。つまり彼女に近づいても、私たちはその効果を受けません」


 予想通りの答えが返って来た。ならばもう話は早い。俺がやるべき事はただ一つ。


 「分かった。親父とお袋にはよろしく言っといて。んじゃぁ」


 俺は真っ直ぐそこに向かった。


 ◈ ◈ ◈


 「遅いっ!」


 それが姉ちゃんの第一声。


 「いつまで私を待た――――」


 そこからは何を言っているのか分からなかった。ただ……今思った事は……。


 (綺麗だ……)

 

 さっきは遠くからなので分からなかったが、それは紛れもない美女。いつもの下品な姉ちゃんはそこにはいなかった。

 ピンクと白のドレス、花の髪飾り。胸元には大きなリボン。首には透明なネックレス。


 (……霊力)


 このネックレスが『無遺物の文殊結界』なのだろう。しかし今はそんな事はどうでもいい。俺は目の前の美女に挨拶をした。


 「ちょっと聞いてっ――」

 「……姉ちゃん。誕生日おめでと。コレ」


 そう言ってポケットから俺は、一つの箱を取り出す。姉ちゃんは一瞬「え!?」っという顔でこちらを向いてきたか、俺は目線で「開けてみて」と。姉ちゃんはそれを受け取り、ゆっくりとそれを開けて――――。


 ――――涙を流した。


 俺が姉ちゃんに渡した物。それは指輪。もちろん、何の霊力もこもっていないただの指輪だ。少し前、下の街に出かけた時に、ありに余っているお小遣いで、こっそり買っといたのだ。

 それにしても、


 (こんなにも……喜んで……)


 想像もしてなかった。てっきり難癖をつけられるのかと……。

 姉ちゃんは微笑んで、


 「ありがと……。クロム」


 それからはずっと一緒に話していたと思う。


 俺は姉ちゃんが好きだった。

 メッチャ好きだった。

 メッチャ大好きだった。

 メッチャメッチャ大好きだった。


 俺はその時間が、永遠に続けば良いなと心から思った。



 そして、契約の時間。

 それは突然の――――。

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