未来へ過去へ喫茶店へ
都如何孫山羊子
女性へ恋へ喫茶店へ
落雷が身体に落ちてきたような、そんな衝撃を感じた。十六年生きてきて、初めて抱く恋心だった。
艶やかな栗色の長い髪、キリリとした顔立ちの美女。スーツ姿がよく似合う。大人の女性に恋をした。
彼女の名前は、まだ知らない。だけど、休日決まって行く店は知っていた。
街の端っこに位置する小洒落たカフェ、店名はドイツ語だかギリシャ語だかで意味は分からないが、綺麗な発音の名前だった。
しかし、こういう小綺麗なところに高校生男子一人、というのはどうしようもなく目立ってしまう。気恥ずかしい気持ちで一杯だったが、店の中では確かのその女性が落ち着いた表情でティーカップを傾けている。是非、知り合いになりたい。声をかけることは不可能でも、同じ店内で、同じ空気を吸いたい――と、勢いよく扉を開ける。
カランカランと、扉についている鐘が鳴る。
扉一枚挟んだ、実際の店内。それは、外のガラス越しから見えていた店内とはまた、空気が違った。
新しくも、古くもある、骨董品を見た時のような。不思議な感覚だった。
「学生さん? 珍しいわね」
いらっしゃいませ、と。席へ促された時に予想していた通りの言葉を言われた。だがその言葉いやに違和感を感じた。
「……君も、高校生じゃないか?」
店の制服を来ていたので、断言は出来なかったが、おおよそ少年と同じぐらいの年に見えた。
「あら、ご明察。その通りよ」
少年は、目の前の女子をとても面倒くさそうな人間だと感じた。彼女はまさしくその感じた通りの人間だったのだが。今それを知る由もない。
ご注文は? と言われるがままに、メニューに目を通す、半分ぐらい意味のわからない単語が並んでいたので、右上に書かれている一番ポピュラーそうなものを注文した。少年は苦いものが来ないように祈っていた。
「かしこまりました」
少女が、伝票を持って店の奥へと引っ込んでいく。少年は嵐の後のような疲労に包まれていた。ハッとして、女性を探す。カウンター席に目をやると、そこに女性は座っていた。
カップに付ける口元に、目を奪われているといつの間にか店員の少女に近寄られていた。
「おまたせしましたぁ~」
女性のことを見ているのが、バレたのかと一瞬危惧するが、どうやら杞憂だったようで。頼んだ飲み物を置いて、少女は仕事に戻――
「それ、私が淹れたのよ。美味しい?」
らない。何故か、対面に座ってきた。
「えー、っと。何か?」
何故座るのか、仕事はいいのか、あとこのお茶の味が良く分からないとか、思うところは多々あったが。とにかく今は、目の前の少女の顔に意識が集中していた。
あまり意識して見なかったが、よく見れば美少女だった。あの女性ほどではないが。
茶髪に、整った顔立ちで凛とした中にも可愛らしさが存在する。合う時期が違えば一目惚れしていた気がする。しかし今女性だけに夢中の少年は既のところで一目惚れを回避した。
「さっき、どこかじっと見つめてなかった?」
不意をつかれて、肩が跳ねる。
「な、なんのことかな。ぼぼ僕は、外を眺めていただけだけど……!」
「ほんとに?」
あの女性を見ていたことがバレてしまったのか。冷や汗が額を伝う。少しでも疑惑を晴らそうと、窓から空だけを見ていた。
まじまじと、なめるように顔を見られる。
下手を踏む前に、話題を逸らそうとする。
「っていうか仕事中だろ。こんなところで駄弁っていていいのか?」
「私今休憩中なの」
だからといって客に絡むな。とでも言ってやろうかと思ったが、やめておいた。
「やっぱり、見てたでしょ」
急転直下、先刻の話題が舞い戻ってきた。飲みかけていたお茶を吹き出しそうになるのを必死でこらえる。
「ななな、何を言っているのかさっぱり――?」
「えぇ~? 隠さなくたっていいよー」
なんだか、彼女の目には全てお見通しなのかもしれないという感想が、頭の中を巡っていた。さっさとゲロって楽になってしまえばいいんじゃないだろうか。
そうだ、彼女はこの店の店員。そしてあの女性はこの店の常連。この少女に協力してもらえるのならそれ以上のことはないじゃないか。
言って、協力してもらおうと、口に含んだお茶をごくんと飲み込んだ。
「私のこと、じーっと見つめてたでしょ?」
……一瞬、飲み込んだお茶が喉のすぐそこまで逆流してきたのを感じた。それほどまで、心の底からの叫びだった。
「――は?」
自意識過剰というか、なんというか。呆れ果てる。こんなやつに恋愛相談をしても言い返しが期待できそうにも無かった。
「そんなわけ無いだろ。僕にはもう心に決めた人がいるんだから」
「だから、私のことじゃないの?」
これほどまで、ため息をつきながら、呆れ果てた表情を見せてもなお、突っかかってくる。自己評価の高さがうかがえる。まぁ自分に自信を持つことは大切なことだ。
だが、ここははっきりさせておかねばなるまい。一片たりとも興味がないことを、そして誰に恋しているのかを。
「はぁ~? いやはや、自意識過剰も甚だしいなぁ! 僕は君みたいなおこちゃまより大人の女性に恋しているんだよ! とっとと帰った帰った」
完璧に言い切ったのだが、少女は、あいも変わらず何を考えているのかわからない微笑みを浮かべながら、
「ふぅ~ん……? 例えばぁ?」
そう言って、少年の目と鼻の先に指を伸ばす。そしてくるくる三回転。目を回すように動かしたと思えば、少女の指は宙を舞って、
「た、と、え、ばぁ……あんなお姉さんみたいな?」
カウンター席に座る、女性の背中を指す。
「そ、そ、そそ、そうだけど! なにか問題でも!?」
個人を指定されて訊かれるのは予想外で、全身の毛が逆立った。
何が面白いのか、慌てふためく少年の姿に少女は大きく口角を上げる。
「やっぱり、私が好きなんじゃない。照れ屋さん」
しかし、そうだと言い切っても、まだ少女の言葉は変わらない。日本語が理解できないのか? 不思議を通り越して怖くなってきた少年だった。
恐れおののく少年をよそに、少女は身を潜めて、内緒話をする体勢になる。彼女の口から語られるそれは、内緒話というより御伽噺だった。
「このカフェはね。未来過去と繋がっているの」
あの女性を見た時以上の衝撃が、少年の身体に走る。怖い。こいつはマジモンだ。電波で、日本語が通じない。ヤバいやつだと。
「つまり、あなたがいる時代を現在としたら。私は過去の人間なの。そしてあなたは、現在バリバリキャリアウーマンの私に、恋してるってわけ」
こんなやつを雇うこの店も、ヤバいのだろうか。少年は自分の飲み物に異物が入っていないか傾けてみたり匂いを嗅いでみたりしたが、特に気になるところは無かった。それでも少し恐怖心の方が勝って、もう帰ろうかとも思ったが、「あの女性が贔屓にしている店だ。ヤバいはずがない」という良心の声を聞き入れ、少しだけ少女の話を信じてみることにした。
「……なにか、証明できるもの。ないの?」
よく考えれば、この日本には運転免許証だったり学生帳だったりが存在する。そしてそこには八割九割、十割。生年月日が書かれてある。それを見れば一目瞭然――
「あるわよ。これ」
机に出されたカードには生年月日。高校生にしては八年ほど早い生まれ年の表記に、少年は目を疑った。
「……ああ、そうか。こんなもん、ご家庭でも簡単に作れるよな。そうだ、きっとトリックだな」
「ええ~?」
難癖をつけてきた少年に、難色を示す少女。
「じゃぁ、どうしたら信じてくれるの?」
信じる気など、毛頭ない。といった意味を込めて
「ぼ、僕と……あのお姉さんをくっつけてくれたら」
そう言ったのだが……
「分かったわ。私と付き合えるようにすればいいのね。お安い御用よ」
容易いことのように少女は言いのけてみせた。
「協力するに至って取り敢えず、呼び名はほしいでしょ。信じないだろうけれど、私とあそこの女の人は『
何の握手か分からないが、差し出された手を少年は強く握った。
「……僕は『
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