本編にはまったく関係のない話 三姉妹と人生ゲームをした。
「ねえねえ、みんな。ちょっとコレ見てよ」
そう言って、桜がリビングに持ってきたのは、ボード版の人生ゲームだった。
十二月初旬のある日。
冬らしい寒さに身を縮こまらせていた、午後七時すぎの一場面である。
「冬服の整理してたらクローゼットの奥から出てきたの。お
「あたしはかまわねえぜ。酒の肴にちょうどよさそうだし。秋樹は?」
「わたしも大丈夫だよ。というか、懐かしすぎて逆にやってみたい」
「決まりね――それじゃあ、ほら。クロウも早くこっち来なさいよ」
「……俺もやるのか?」
思わず洗い物の手をとめて訊ねると、桜は「はあ?」と呆れたような顔で。
「当たり前でしょ? みんなって言ったら、ここにいる葉咲家の『みんな』のことなんだから。アンタが混ざらないでどうするのよ」
「……ふっ、そうか。俺もついに、葉咲家の一員として認められたということか……家政夫になって一ヶ月弱、なにやら感慨深いものが込み上げて――」
「いいから来なさい」
「はい」
エプロンで手の水気を拭いて、テレビ前のテーブルに向かう。
ゲームのタイトルは『大逆転! 人生ゲーム4』。
『4』ということはシリーズ化しているのか。さぞかし人気なボードゲームなのだろう。
ボードを開き、おもちゃの紙幣を配りながら、桜が俺に簡単な説明をしてくれた。俺が外国人だから日本のボードゲームを知らないのでは、という配慮だろう。事実、俺はボード版の人生ゲームをプレイしたことがないので、説明は素直に助かる。
「最初の所持金は10万円。車の色は自由でいいけど、ピンクのピンが女の子で、青のピンが男の子だから。基本はルーレットを回して進んで、出た目のマスのイベントによってお金をもらったり失ったりする、っていうルール。途中で結婚するマスがあるけど、そこに行ったら、男のクロウは助手席に女の子、ピンクのピンを差してあげてね。それで、最終的に一番多くお金を稼いだひとが優勝って感じ……わかった?」
「うむ、理解した。説明ありがとう、桜」
「どういたしまして」
「つまり、海外住みだった俺は青ピンを左側に差して、この車を左ハンドルの外車にカスタマイズすればいいということだな? ジャキーン!」
「……まあ、そこら辺は好きにして。それじゃあ、始めましょうか」
華麗に無視された。
桜のやつ、俺の扱いがうまくなってきているな。雑になってきているとも言えるが。
ともあれ――こうして人生ゲームはスタート。
俺の右隣に桜、対面に夏海、左隣に秋樹といった配置で、桜から反時計回りに進行していく。
つまり、桜、夏海、秋樹、俺という順番だ。
カラカラカラ、と一番手の桜がルーレットを回し、『7』を出した。
「
「アハハハ! なにも幸先よくねえ! いきなし災難じゃねえか!」
「う、うっさいなあ……ほら、次は夏姉だよ! さっさとルーレット回して!」
「はいはい、本物の強運ってやつを見せてやる……よッ!」
勢いよく回した夏海の出目は、『5』。
ビール缶片手にカッカッ、と軽快に車を移動させて、夏海が到着したマスを覗き込む。
「えー、なになに? 『道端で助けたお婆さんが有名な資産家だった。100万円をもらう』、だってさ! やったぜ!」
「金銭感覚おかしすぎじゃない!? なんで見ず知らずの人間に百万もあげるのよ!」
「おいおい桜ちゃーん、ゲームなんかにムキになっちゃってどうすんのー? おら、いいから百万円札をよこしなッ!」
「クッ、夏姉だってそのゲームでドヤッてるじゃない……」
「つ、次はわたしだね……よいしょ、と」
姉ふたりに気圧されつつ、というか若干引きつつ、秋樹が出した数字は『8』。
「えーっと……『街でスカウトされて、モデルに転職することになる。プラス50万円』」
「おお、すごいじゃないか。秋樹」
「あ、ありがとうございます、クロウさん」
「まあ、眼鏡外して髪型変えたら一番の美人さんになるもんな、秋樹は。スカウトされて当然だ」
「「――は?」」
途端。桜と夏海が、何気なく言った俺の台詞に反応し、思いっきりこちらをにらみつけてきた。
ふたりの周囲に、黒くよどんだオーラが見える。
こ、これは……殺意ッ!?
「クロウ。いまのどういう意味?」
「だな。さすがのあたしも聞き逃さなかったぜ?」
「クロウは、秋樹が一番かわいいと思ってるってこと?」
「そういう意味にしか思えねえよなあ、さっきの台詞はよぉ……」
「……ッ、さ、さあ、次は俺の番だな! ああ、ルーレットを回すのに忙しい忙しい!」
最高級難度のスパイ任務を受けたときのような緊迫した心境でルーレットを回し、最高数字である『9』を出した。
秋樹がうつむいて赤面する中。桜と夏海が「クソ、逃げたか」と舌打ちしているのが聴こえたが、無視して着いたマスを読み上げる。
「え、えっと……『男性限定マス。行きずりの女性と肉体関係を持ち、
「最低ッ!!」
「見損なったぜ、クロウ!」
「そ、そんな……クロウさん……」
「ゲームだからなッ!? これはあくまでゲーム内のイベントだから! まるで俺が現実に孕ませたみたいなリアクションはやめてくれッ!」
こ、こいつは、なかなかにクレイジーなゲームだ。
まさか、プレイヤーの精神をここまで削ってくるとは!
その後。
桜は事あるごとに不運に見舞われ、金を喪失していったが、転職マスで高給の医者になったおかげで、資産はギリギリプラスに傾いていた。
夏海は最初の豪運を持続し、カジノマスで次々に金を得ていく最強のフリーターとなっていった。なんか妙に似合っているな、フリーター。
秋樹は地道にモデルの道を進み、終盤では往年の大女優となっていた。資産も、ギャンブルで爆勝ちしている夏海よりはるかに多かった。
そして、俺の人生はというと……。
「……『男性限定マス。同僚の女スパイを全員惚れさせてしまい、スパイ業を辞めさせられて無職になる。退職金3000万円』」
相変わらずの女難に遭いつつ、まるで俺の現実を投影したかのようなルートをたどっていた。
桜と夏海の視線が痛い。秋樹はもはや憐みの目を向けてきている。
俺がスパイであることに関しての視線ではなく、女性云々に対してのにらみだろう。辛い。
……このボードゲームを作った会社、フルピースの諜報部ではないよな?
なんて訝しみつつ、ゲームを進行していくと。
「あっがりー」
「お先に失礼するぜー」
順当に、桜と夏海がゴールのマスを踏んだ。
残るは、秋樹と俺だけだ。
「じゃあ、わたしですね。これでゴールできるかな……えいっ」
秋樹が出した数字は、『4』。
ゴール一歩手前にある、不思議なイベントのマスだった。
「ええっと……『病気により婚約者が先立ってしまう。さみしくなったあなたは、異性のプレイヤーに結婚を申し込む。結婚を受諾されれば、そのプレイヤーと資産を山分けにできる。ただしこれは、異性のプレイヤーがいるときにだけ有効なマス』……」
「……異性のプレイヤー、というと」
「く、クロウさん、といういことになりますね、おそらく……」
「「チッ」」
あからさまな舌打ちの二重奏。
誰がしたかまでは、言うまでもない。
「ま、まあ、そのマスを踏んだのは秋樹なんだ。判断は秋樹に任せるよ」
「え……そ、それじゃあ……あの」
プレイヤーの乗っている車をイジリつつ、秋樹は面映そうに上目遣いでこう言った。
「わ、わたしと、結婚してくれますか……?」
「ああ、了解した」
スパイルートに入ったせいで結婚もできず、資産もだいぶ底を尽きかけていたからな。
お金持ちの秋樹と婚約できるのであれば本望だ。
「「了解すんじゃねええええぇーーッッ!!」」
突然。ふたりの暴君の手によって、ドガシャーン! とボードがひっくり返された。
その瞬間。重いルーレット盤に手を伸ばし、ひっくり返される寸前で退避させておく。窓にでも飛んだら危ないからな。
いや、それはさておくとして。
「おい、ふたりとも。まだ俺たちの番が残っていたのに、なんてことをするんだ」
「なんてことをするんだ、はこっちの台詞よ! あ、アンタ……やっぱり秋樹のことを!」
「な、なんだよなんだよ! あたしのひとり相撲だったってことかよ……うわああぁあ!」
「ガチ泣きッ!? いや、だから落ち着け! 桜、夏海! これはあくまでゲームであって現実の話では……!」
憤慨する桜、酒で泣き上戸になる夏海を、どうにかこうにかなだめていく。
クソッ、さすがは大人気シリーズ! こうしてリアルの人生にまで影響を与えてくるとは!
なんて、敵に塩を送りたい気持ちで暴君の沈静化に奮闘していた最中。ふとテーブルの上を見やると、俺の車の青ピンが消えていることに気づいた。
代わりに、秋樹の車の助手席に青ピンが一本、差さっている。
ゴール手前で婚約者は亡くしているから、あれは新たな婚約者のピン、ということだろう。
「……ふふ」
仲良く隣り合った青とピンクのピンを、秋樹は愛おしそうに眺める。
未来もこうなればいいのに。
それはまるで、そう言いたげな表情だった。
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