11話 夏海はメロンソーダの味がした。

 時計の音がやけに響く深夜のリビング。

 酒で赤らんだ顔もそのままに、正座の姿勢でこちらをジっと見つめてくる夏海。

 彼女の口から告げられた台詞に、俺はしばしの思考停止を余儀なくされていた。

 

 あたしの彼氏になってくれ――

 

 聞き間違いではない。夏海はたしかにそう言った。

 叶画高校で桜に指摘されたことを思い返すに、この場合の『彼氏』は、やはり『恋人』という意味なのだろう。

 恋人になってくれ、と言っているのだ、夏海は。


「あー……すまない、夏海。いつもの癖で了承してしまったが、俺たちが恋人同士になるにはまだ互いのことを知らなすぎると思うんだ。だから、そうした交際というのはもっと交流を深めた上で――」


「ち、ちげえよ! こんな変なタイミングで告るわけねえだろうがッ! あたしが言ってんのは、『偽の彼氏』になってくれって意味だよ!」


「偽の彼氏?」

 

 問い返すと、夏海は咳払いを挟み、真剣な表情で事情を語りだした。

 酔いは、すっかり覚めているようだった。


「いまあたし、叶画大学ってとこに通わせてもらってんだけど……最近、周りの男共があたしの行く場所行く場所に連いてきて、マジで困ってんのよ。その講義取ってねえくせに、あたしがいるって理由だけでズカズカ教室に入ってきたり。食堂でダチと飯食ってたら、あたしたちを囲うようにして席に座ってきたりさ……ほんと、シャレにならねえレベルで困ってんだわ」

 

 ハァ、と重苦しいため息を吐く夏海。

 

 あの妹たちにしてこの姉あり、といったところか。ストーカーめいた男共が湧くほどに、夏海の大学内での人気度は高いようだった。

 まあ。言動はどうあれ、この美貌なら男たちが近寄ってくるのも当然だ。友人に愚痴りたくもなるというものだろう。

 さておき。


「なるほど。それが、先ほど言っていた『面倒事』の正体か」

 

 先ほどの突然の告白には驚かされたが、よくよく考えてみれば、お姫様抱っこしただけで赤面するほどのウブだ。

 面と向かってストレートに告白など、酒の力を借りてもむずかしいか。

 夏海の発言の真の意図を察し、俺は力強く首肯した。


「その迷惑行為を続ける男たちを寄せつけないためにも、俺に偽の彼氏を演じてほしい、というわけだな?」


「すこしちがう」


「と、言うと?」


「『二度と』寄せつけないために、あたしの偽彼氏になってほしいのさ――二ヶ月後のクリスマスを前にして焦ってんのかなんなのか知らねえけど、毎日見世物よろしく群がってこられてこっちはもう限界なんだ。せっかくクロウっていう最高の人材がいることだし、ここいらであたしに彼氏がいるってことを堂々と見せつけて、男共の心をボキボキにへし折ってやる」


「ボキボキって……」


「そんだけ迷惑を被ってきたんだ。それぐらいの仕返しはいいだろうよ――大丈夫。イベントにカコつけて彼女を作ろうとする大学生なんざ、周りへの体裁ていさいしか考えてねえ気取った野郎ばっかだからな。あたしに彼氏がいるとなれば、それ以上のアプローチは寝取り野郎っつー最悪なイメージを深めることになっから、必然、あたしのことも諦めざるを得なくなるはずさ……へへへ」

 

 壺に入った毒薬をかき回す魔女のような、なんとも悪い笑みを浮かべる夏海。

 相当ストレスが溜まっていたようだ。

 まあ。真面目に授業を受けたいのに毎度邪魔をされていたら、こうして憤るのも無理はないけれど。

 ……というか、このあくどい笑顔を見せれば一発で諦めてくれるのでは?

 なんてことを考えつつ、俺は「しかし」と熟考するように両腕を組んだ。


「となると、より本格的な恋人を演じなければいけなくなるな。男たちのその執着ぶりを聞くに、俺が隣を歩いている程度では到底納得してはくれないだろう。その辺り、なにか策はあるのか? 夏海」


「い、いやあ……それがよ」

 

 途端。バツが悪そうな表情になると、夏海は正座をあぐらの姿勢に崩して。


「お願いしといてなんだけど、実はノープランなんだ……この偽彼氏って作戦も、今日飲んでるときにダチに提案されたものでさ」


「……なるほど」


「あたしは……その、男と付き合ったことがねえからそういうのはわかんねえけど、クロウは経験豊富そうじゃん? だから、偽彼氏を頼むにはもってこいかなー、と思って」


「いや、俺も交際経験はゼロだぞ?」

 

 この二十年間。スパイの仕事にかかりっきりだったからな。女性と付き合う余裕など持てなかった。

 俺がそう言うと、夏海は「マジ?」と意外そうに目を見開いた。


「あたしはてっきり、すげえ美女たちと付き合ってきたもんだとばかり……そっか、あたしと同じで付き合ったことねえのか」


「残念ながらな」


「……じゃあ、誰かの偽彼氏になった経験は?」


「もちろん、それもないな」


「ふへへ」

 

 むずがゆそうに身体をヨジり、おかしな笑い声をこぼす夏海。

 その表情は緩みきっていて、ひどくうれしそうだ。


「そっかそっか、あたしがはじめてか……へへ」


「? なにに喜んでいるのかはわからないが……ともあれ、そういうことであれば俺が今夜中に『偽彼氏周知作戦』の計画を立てておくが、それでいいか?」


「ふえ? あ、ああ……うん、それで大丈夫だ。よろしく頼むよ。ゴメンな? 急に変なお願いしちまって……それと、このことは桜と秋樹には」


「わかっている。秘密にしておこう」

 

 夏海の問題である以上、ふたりに話す意味もないだろうからな。


「へへ、助かるよ。あたしの『彼氏』さん」

 

 そうおどけて、可愛らしくウィンクをすると、夏海はソファから立ち上がった。

 気づけば日付をまたいでいる。もう寝る時間だ。


「さて、と……それじゃあ、風呂入って寝ちまうことにするよ。久々にぐっすり眠れそうだ。ありがとな、クロウ。あたしのお願い聞いてくれて」


「気にするな。それが俺の仕事だ――ちなみに、作戦決行日は明日でよかったか?」


「あ、明日? 急すぎねえ?」


「問題解決は早いほうがいいだろう。なにか不都合が?」


「いや……うん、そうだな。明日やっちまおう。あたし、夏休みの宿題は七月中に片づけてたタイプなんだ」


「そのたとえはすこしわからんが……了解した。では、また明日の朝。このリビングに集合し、一緒に大学に向かうとしよう」


「あいよ。あらためて、明日はよろしくな」


「ああ、よろしく頼む。俺の大事な『彼女』さん」


「ふにぁッ!?」

 

 俺もおどけてそう返すと、夏海はボッと頭のてっぺんから湯気を出し、頬を真っ赤に染めてしまった。

 わたわたと視線をさまよわせたのち、涙目でポカポカ、と俺の胸を叩いてくる夏海。

 ……彼女と呼んだだけでこの恥ずかしがりようとは。

 明日が思いやられる。

 


     □

 


 作戦決行日の朝、十月三十一日。

 午前五時ピッタリに起床すると、俺はまたも三姉妹の弁当作りに入る。

 昨日の買い出しで弁当の具材も買ってきたのだが……どうにも俺の弁当には色味が足りない。今度、書店に行って弁当のレシピ本でも購入するか。


「おはようごじゃいます……」


「おはよう。秋樹」

 

 午前六時五十七分。まぶたが半分開いていない、眠たげな秋樹が起床してきた。

 朝が弱いのに、いつも早起きなことである。

 弁当箱を渡すと同時に、弁当作りと並行して作っていた朝食を秋樹に出し、洗濯機を回しに洗面所へ。

 ちなみに。下着類だけは三姉妹が自分で洗うことになっていた。初日の面接時に伝えられていた要項だ。まあ、年頃の女性であれば当然の対応だろう。


「おはよー、クロウ」


「おはようだ、桜」

 

 午前七時二十一分。洗面所からリビングに戻ると、秋樹の姿がなくなり、代わりとばかりに桜がテーブルに突っ伏したままテレビを眺めていた。

 俺がやってきた初日に比べると、随分と警戒心がなくなってきているように感じる。桜はなくなりすぎているくらいだけれど。

 まあ、それだけ気を許してくれているということだろう。うれしいことだ。

 

 この時間帯に起きたのなら遅刻の心配はなさそうだ――桜に朝食を用意し、秋樹の食器を片したあと、洗い終わった洗濯物を干しにかかる。

 今日も変わらぬ秋晴れだった。

 これなら四時間程度で洗濯物も乾いてしまうだろう。

 その頃には、本日の作戦も終わっているはずだ。


「おはよーっす、クロウ」


「ああ。ようやく起きたか」

 

 洗濯物を干し終えてリビングに戻ると、夏海がソファで野菜ジュースを飲んでいた。

 気のせいか。その服装はいつもよりも気合が入っているように思えた。

 一層、女性らしさが増しているというか。まるでデートに挑むかのごとき装いだった。

 

 ともあれ――時刻は午前八時二十分。

 桜と秋樹は、弁当箱を持ってすでに登校を開始している。

 俺たちも、そろそろ開始する時間だ。


「さて、それでは行こうか。夏海」


「OK。今日はよろしく頼むぜ、『彼氏』さん」


「こちらこそ、『彼女』さん」


「……ッ、お、おうよ」


「よし。なんとか堪えたな。その調子でいこう」

 

 夏海の肩を叩いたあと、俺たちは玄関に向かい、扉を開け放った。

『偽彼氏周知作戦』が開始された瞬間である。

 



 

「ここが今日の戦場だな」


「言い方よ」

 

 夏海の突っ込みもよそに、俺は到着した叶画大学、その外観を眺める。

 こう言ってはなんだが、古くも新しくもない、これといった特徴のない大学だった。中身にしても、昨夜調べたところによると特に強い専攻分野はないらしい。

 良く言えば平均的な、オールラウンダーな大学といったところか。


「大学に潜入するのは久しぶりだが……どうだ? 俺は大学生に見えるか?」


「うーん。スーツのせいで就活生みてえ」


「クッ……こういったときのために、外着をもっと持参してくるべきだったな」


「まあ、それはまた今度買いにいこうぜ――それより、その」

 

 スッ、とこちらに歩み寄ってきたかと思うと、夏海は小声で耳打ちしてきた。


「あたしの彼氏だって知らしめる計画、ちゃんと考えてきてくれたのか?」


「当然だ、抜かりはない。昨日寝る前にスマホでネット検索したからな。大船に乗ったつもりでいてくれ」


「情報源が不安すぎんだけど……ま、まあ頼んだのはこっちだしな。全部クロウに任せるよ」


「うむ、任せてくれ――それでは、まずは手を繋ぐぞ」


「て、手を……そっか、恋人といえばそれだよな……そ、それじゃあ、はい」

 

 言って、そっと左手を差し出すと、夏海は上目遣いにこう言った。


「あ、あんまり痛くすんなよ……?」


「……手を繋ぐだけでは痛くしようがないんだが」

 

 呆れつつも、夏海の手をぎゅっ、と握りしめて敷地内に踏み入る。

 手を繋いだだけなのに、夏海は「あ、あわわわ……!」と半ばパニック状態に陥っていた。うん、こうした反応をするのは想定済みだ。計画に問題はない。


「夏海。すこし歩くぞ」


「へ? あ、ああ……うん」

 

 周知を広めるために、俺はまず大学構内を見学するように歩き回った。

 途中。夏海の友人たちが驚きと共に声をかけてきたが、俺が彼女たちの前に立ち。


「すまない、いまは夏海とのデート中なんだ。用事は後にしてもらえると助かる」

 

 そう、笑顔でお願いをすると、友人たちは「うぐッ」と聴き慣れたうめき声をあげ、その場に膝をついてしまった。

 ……うん、これもまた見慣れた反応だけれど、気にしないでいこう。

 

 十分ほど歩いた頃。行く先々で、夏海狙いであろう男たちが「え、嘘だろッ!?」「マジで!?」「まさか葉咲さんの彼氏!?」と驚きの声をあげ、俺たちの後をけ始めた。

 いい感じだ。その大きなリアクションもまた、周囲への喧伝に代わってくれる。

 この場にいない男の耳にも、夏海が彼氏らしき男と歩いていた、という情報が伝わるだろう。

 

 信じられない、信じたくないといった表情の男たちを連れたまま、俺と夏海は食堂へ。

 午前の食堂はひとが少なく、喧騒も少ない。

 しかし。だからこそ、俺と夏海の声もオーディエンスに聴こえやすい。


「夏海。これを一緒に飲もうか」

 

 食券コーナーでメロンソーダを購入し、ストローを二本用意する。

 そして。向き合うように席についたのち、二本のストローをメロンソーダに投下した。

 これぞ、日本のカップルがデートで必ず行うとされている、『ストローで同じ飲み物をシェアするアレ』である!

 本当は二股に分かれたストローがあれば完璧だったのだが……そこは致し方ない。

 事実。普通のストローで代用したこのスタイルでも、周囲の男たちは戦慄の表情を浮かべていた。


「さあ、一緒に飲もう。夏海」


「こ、ここ、これは……いや、あの、さすがにやりすぎじゃあ……」


「男たちが見てるぞ」

 

 小声でそうつぶやくと、困惑気味だった夏海は自身の両頬を叩き、意を決したようにして「はむっ!」とストローに口をつけた。

 顔を真っ赤にして目をつむり、小型犬のようにプルプルと震えているその様子を見て、俺はわざと笑みを作ってみせる。


「あはは、かわいいな。夏海は」


「ぶッ、ひ、ひゃわいい……ッ!?」


「じゃあ、俺もいただきまーす」

 

 周囲に聴こえるよう、優男のような声音で言いつつ、俺もストローに口をつけた。

「ぐああああああッ!?」と男たちの低い悲鳴が轟く。

 

 手を繋ぐ程度だったら、友人の可能性もありえた。

 しかし、ここまでするのは恋人同士でしかありえない、と悟ってしまったようだった。

 男たちが俺に物申してくる気配はない。昨夜の夏海の推察通り、彼らはなによりも体裁が大事なようだ。その証拠に、ギリギリと悔しそうに歯噛みしながらも、男たちが俺に歩み寄ってくる様子は見られなかった。


(これは、案外早く作戦成功か?)

 

 いまだ羞恥心に震える夏海を見やりつつ、俺が胸中で成功を確信しかけた。

 

 そのときだった。


「――ぼ、ぼくは信じない、信じないぞおおおぉーーッ!!」

 

 食堂中に響き渡る大声をあげて、周囲の群衆の中から、ひとりの男が飛び出してきた。

 頭にバンダナを巻き、指抜きグローブをしているその細身の男は、俺の目の前にまでやってくると、カタカタ、と震える手で眼鏡を直しつつ口を開いた。


「あ、あなたは、どうやら葉咲さんといい関係のようですが、ぼくは信じません! そ、その程度の『イチャつきラブストローごくごく』なんて、友人関係にあっても行うことがあるのですからッ!!」

 

 そうだそうだー! と、ここぞとばかりに賛同してみせる男衆。男たちは男たちで、随分と仲がいいようだ。

 ……というか、この行為は『イチャつきラブストローごくごく』というのか? 適当にいま考えたような名称だが。

 いや、まあそれはいいとして。


「そう言われても困るな。夏海は、ちゃんと俺の彼女なんだけど?」


「ぐ、ぐぬぅッ!?」


「どうしたらきみたちは納得してくれるんだ? 手は繋いだし、こんな飲み物でのイチャつきも見せた……まさか、毎夜ベッドでしていることを見せろ、だなんて言わないよね?」


「ごぼぉッ!?」

 

 眼下のメロンソーダが爆発した。

 驚きのあまり、夏海がストローを逆噴射したのだ。

 こうして、わざと深い関係を匂わせるのも計画のひとつだった。

 体裁を気にする人間であれば、そこから先を証明しろ、だなんて恥も外聞もない台詞、言えないはずだからな。

 

 しかし。このバンダナ男はちがったようだった。

 俺の言葉を受け、バンダナ男は驚愕と悲壮に唇を震わせると、突然、大粒の涙を流して号泣しながら、俺にこう詰め寄ってきた。


「ならば! 確実に恋人である証拠を……熱い『キス』を、ここでして見せてくださいッ!! そうすれば、ぼくを含めここにいる全男性は心から納得を――」


「了解した」

 

 バンダナの言葉を遮って、俺は軽く腰を浮かし、対面の夏海の顎に手を伸ばした。

 最悪、こうなることは想定済みだった。

「え」理解不能とばかりに、夏海はキョトンとした顔をする。


(すまない)

 

 胸中で一言、短い謝罪を述べたのち。

 


 俺は、夏海の薄い唇に、自身の唇を重ねた。

 


「ッ~~、んんッ!?」

 

 目を見開き、わずかに身体を反らす夏海。

 ここで逃げてしまっては関係を疑われる。

 だが、ここまですれば夏海に近寄る男は確実にいなくなる。

 キスは、計画の最終手段だった。

 

 俺は残った手を夏海の後頭部に回し、さらに強く唇を重ね合わせた。

 息を飲む男たちとバンダナ。あれだけやかましかった食堂に、水を打ったような静寂が走る。

 

 程なくして。

 後頭部から手をどけて、夏海の唇からも離れると、俺はバンダナ男に向き直った。


「これで満足か?」


「……ッ、クソオオオオオオッッ!! お幸せにいいいぃぃーーーッッ!!」

 

 うわああああ! と慟哭しながら食堂を出ていくバンダナ。一部始終を見守っていた男たちも、同じように号泣しながら走り去っていく。

 当初の目的通り、男たちの心をボキボキにへし折ることに成功したようだ。

 これで、夏海に彼氏ができたことは、大学中に広まってくれるだろう。

 今後、夏海に付きまとう男たちもいなくなるはずだ。

 

 全員いなくなったのを確認したのち。俺は深呼吸をひとつ。

 姿勢を正してお辞儀をし、テーブルにゴン! と額をつけた。


「急にキスして、本当にすまなかったッ!!」


「――――」


「あのバンダナ男に恋人であることを証明するには、ああするしかなかった! いや、それは結局、俺の力不足の言い訳にしかならないんだが……」


「……別に、いいよ。全部任せたのは、あたしなんだし……」


「しかし……」


「それより、さ」

 

 と。夏海の声音が、すこし変わった気がした。

 恐る恐る顔を上げると、夏海は熱に浮かされたように唇に手をそえたまま、ポツリ、とこうつぶやいた。


「あたし、はじめてのキスだったんだ」


「ほ、本当にすまない……俺もそうだったが、男性と女性では価値がちがうよな。どうお詫びをしたら……」


「だから――あたし、本気になってもいい……?」


「? ああ、それで許してくれるのなら、いくらでも!」


「へへ……わかった、じゃあ、本気になっちゃうね」

 

 覚悟しとけよ。

 

 そう言って、夏海は照れ笑いをすると、残りのメロンソーダを飲み始めた。

 ……また、俺はなにか重大なミスを犯してしまった気がする。

 けれど、俺にはそれがなにかわからず、作戦終了を示すかのように椅子の背もたれに寄りかかった。

 

 目の前で、うれしそうな顔でストローをくわえる夏海を見ながら、ふと唇の水滴を舐め取る。

 ふたり分の、メロンソーダの味がした。

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