第二話 連合

 一月ほど前の話だ。その一団が現れたことには何の前触れもなかった。

 異様な一団だったと、誰もがそう感じていた。入り口で彼らを迎えた村の男衆は皆、その要件や正体を訊ねることをせず、ただ茫然と彼らの顔を順番に見つめていた。


「すみません、唐突に……。要件さえ終われば直ぐに帰ります」


 先頭のヒューマンの男が、馬から降りてうやうやしく頭を下げた。

 気の弱そうな優男といった顔付きだったが、頬と額に深々と刻まれた傷跡が、ただの青年ではないことを証明している。彼に続き、後ろに控えていた他の者も馬から降りた。


 そこで村の人々は、ようやっと魔法が解けたように動き出す。警戒して後ろに下がる者、つられてつい頭を下げる者、様々だったが、やはり口を開くことはしなかった。


「そんなに警戒することはありません」


 今度はそのヒューマンの傍に控えていた小人ハーフリング、そしてドワーフが、人の良さそうな笑みを浮かべながら前に出た。


「私たちは“連合”からやってきました、――まあ、その、小間使いです」


「連合だって!」


 その名前を耳にした途端、黙りこくっていた先程までとは一転、村の者たちはどよめきだした。

 連合とは先の大戦の戦後処理で生まれた、十大種族による合同組織である。その目的は、種族間の間でどうしても起こり得る差別や迫害、領土といった諸問題の調停だ。


「ああ、本当だ、あの紋……」。村の者の一人が、彼らの鎧に付けられた紋章を指さしながらそう言った。連合であることを示す、十芒星≪じゅうぼうせい≫をモチーフにした紋章だ。気付くのが今更ではあるが、“連合”なんてなじみのない小さな村である、それも仕方のない事だった。


 ならば彼らの異様さ――つまり、様々な種族が一堂に会しているということにも説明が付く。異種族間で構成された組織なんて、名前が知られているところでは“連合”と、精々ゴブリンの商業組合くらいしか存在しないのだから。


 しかし、となれば当然、彼らが何の目的でこの村にやって来たのかという話になる。この村の人間は、他の種族はおろか同族である他のエルフとも必要以上に関わろうとはしないのだ。

 自分たち以外の人間は皆等しく交易相手、それ以上でもそれ以下でもない。異種族だからと差別をしなければ同族だからと優遇もしない、いわゆる”古き良き森の民”の価値観を持っていた。そんな彼らが連合に睨まれる理由なんて、何一つ思い当たらない。


「や、大丈夫です、大丈夫ですよ」エルフたちの間に流れる空気が変わったのを見るや、連合のヒューマンが困ったようにそう言った。「本当に、警戒しなくて大丈夫ですから……」


「団長、ここは私が。同胞の私からの方が話が通じやすいでしょう」


 一団の中の一人が手を挙げる。他の兵士に紛れてその姿は見えないが、凛と芯の通った女の声だった。他の者たちは彼女の道を開けるように左右に退いた。


「……ああ、うん」彼女の顔を見て、先頭のヒューマン――団長と呼ばれた男は頷いた。「お願いしてもいいかな?」


「承知しました」


 そして彼女は先頭に立った。ただ歩いて前に出ただけなのだが、気品を感じさせる立ち振る舞いだった。

 彼女は黒曜石≪こくようせき≫のような鋭い目、神が色彩を忘れてしまったような白い肌、そして特徴的な尖った耳を持っていた。その特徴に当てはまる種族はエルフのみ――つまりこの村の住民の同族であった。


「繰り返しになりますが、唐突にお伺いも立てず、大変失礼しました」


 彼女は団長の言葉をもう一度繰り返すと、深々と腰を折った。

 たっぷり数秒かけて頭を上げるげると、村人たちを一瞥してから「我々はただ、少し話を聞かせていただきたかっただけなのです」と言った。

 一音一音の輪郭がしっかりと聞き取れる、人に聞かせることに慣れた喋り方だった。


「話、とは?」


 村人たちの最後尾から声が聞こえた。しわがれてはいるが威厳のある声。ほとんどの村の者は振り返ることもせず、連合を真似するように左右に道を開けた。


 それは最長老であるエトバルだった。相当な老齢で村の外れに居を構える彼は、この騒動に気が付いてからやって来るまでに時間がかかったようである。


「アーフェン村のエトバル様ですね」連合のエルフが言った。


「いかにも」エトバルは頷いた。


「お噂はかねがね窺っております」


「そうじゃない」


「……はい?」


「いまするべき話はそうじゃないだろう。聞きたいこと、というのは一体なんだ?」


「……失礼しました。我々が知りたいのは、カフェトランというエルフのことについてです」


「……」


 するとエトバルは、険しく眉根を寄せて黙ってしまった。


 カフェトラン、という名前は、この村の子供以外は誰もが知っている名前だった。

 一体どうしてカフェの名前が。まさか彼女が何かをしでかしたのか。

 しかしエトバルの手前、誰もその言葉を口には出さなかった。ただ、視線だけはせわしなく動いて交わされていた。


 ふう。エトバルは大きく息を吐き、二度、三度、瞬きをした。


「申し訳ありませんが、他の者はここでお待ちいただいてもよろしいか。村に入れれば女子供が怯えてしまいますし、これだけの人数はどの家にも入りません。馬を繋ぎとめていく場所もありません」


 もちろんです、と団長が頷いたのを見て、エトバルはきびすを返した。


「付いてきなさい」


 連合のエルフは一度後ろを振り返り、団長と視線を合わてからエトバルの後を追った。

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