第171話 俺、決戦の地へ赴く

「英雄神コールが揃ったことだし、これってつまり、そろそろ決戦ってわけだろ」


『そうですねえ。多分そうだと思いますねー』


 女神ハームラが他人事みたいに言った。


「もしかしてハームラもわからない?」


『うーん、お兄様からすると、いつだってウェルカム状態だと思うんです。だから、その気になったらいつでも最終決戦できるんですよ。ですけれど、皆さんの準備が整っていなかったでしょう?』


「確かに」


 そろそろ真夜中。日付が変わる。

 昨日になってしまった、六欲天との海中大決戦のおかげで、やっとこちらも戦うための準備ができたと言っていい。

 これでも、メイオー相手にどこまでやれるかは分からないのだ。


「うーむ」


 俺が難しい顔をしていると、タカフミとイクサとラムハがやってきた。

 なんだなんだ、この取り合わせは!


「いやね、メイオーがどれだけやるのかは分からないけど、僕としては全員の戦力を把握しておこうとおもってさ。そしたらオクノ氏がらしくもなく眉間にシワを寄せてるじゃないか」


「オクノはいつも俺の代わりに物を考えているんだ」


 そう言うイクサは常に悩みのない顔をしているな。

 だが、だからこそ行動が早くて助かるときも多い。


「だがオクノよ。俺も最近は考えるようになった。お前一人で抱え込むな。俺にも少しくらいは、お前が背負っているものをよこせ」


「な……なんだとぉ……」


 イクサからこんな言葉が出るとは!

 ちょっとジーンと来た。


「オクノ、ほらハンカチハンカチ。もう、何イクサに泣かされてるのよ」


「こう、最近涙もろくなった気がしてなあ」


「色々経験してきたからじゃない? あのね、軍師タカフミと私達で、前衛と後衛の戦い方を研究してるの。オクノが使える陣形ってあるじゃない? あれをもっと拡大して、オクタマ戦団全員でやれないかって。もちろん、前代未聞だけどね。でも、オクノ自身が前代未聞みたいな人じゃない? きっとできるって思ってやってるの」


「ほうほう。ラムハが情熱的だ」


「それはそうよ。だってこの戦いが終わらないと、私達も世界も前に進めないでしょ。オクノがやってきて、やっと前進できるようになった。だから、私だって頑張らなくちゃいけないもの」


 ラムハが俺の背中を、ぱちんと叩いた。


「私にも色々任せてよ。あなたが私のこと、なんでもかんでも背負って解決してきてくれたこと、ずっと尊敬してるんだから。だから、今度は私もあなたの大変を引き受ける時よ」


「あっ、いい女だなあ」


 しみじみ言ってしまった。

 ラムハが真っ赤になる。そしてモジモジしだした。


 タカフミがふひゃふひゃと笑った。


「愛されてるねえオクノ氏! さて、そんなみんなの愛を一身に受ける君が居ないと、最後の詰めは完成しないぞ。さあ、始めよう。オクタマ戦団全員を使った、20人あまりによる超巨大陣形、名付けて大陣形を作るんだ!」


 大陣形!!

 凄いことを考えるやつだな。


 なるほど、頭を使う事において、タカフミは常識の枠に囚われない。

 俺が体を使うことにおいて、常識をぶち抜いてきたのと好対照だ。


『来たな英雄! この俺が加わったからには、大船に乗ったつもりでいてくれよ? ちなみに俺の戦力は見ての通り、そこそこだ! ただし、あらゆる相手に対して必ずそこそこの善戦をする』


 英雄神コールの宣言だ。

 イクサいわく、「一騎打ちならば負けることはない。だが、これが混沌とした戦闘だったら分からん」というのがコールに対する評価。

 あの男には、英雄神と呼ばれるだけの実力がある事は確かだ……と思う。あるんじゃないかな。多分あると思う。


「英雄神コールはアテにできないから適当なところに配置しておくよ」


 タカフミに言われて、コールがショックを受けた顔になった。

 お前な、俺達の目の前でイクサにこてんぱんにやられておいて、なんでそんなに自信満々だったのだ。


 メイオーと戦う舞台は、どこでも可能だ。

 ただし、戦場となった土地はめちゃくちゃに破壊されてしまうことだろう。


 メイオーに勝った時の事も考えて、できれば被害が少ないところで戦いたいものだ。


「それならば、目的地は一つでしょ」


 ラムハが提案してきた。


「私達は、まだ一箇所だけ行っていない四大遺跡がある。イシーマ砂漠の地下にあるという、大神殿よ。場所が場所だけに、イシーマを祀る神殿だとは言われていたけど……。四大遺跡がもともと、混沌の裁定者を祀るものだったとするなら、あそこもまた同じものだと思う」


「なるほど。混沌の裁定者はやっつけたから……今は完全に無人になった遺跡ってわけか。忌まわしい遺跡だし、それを大事にする必要もないよな。よし!」


 俺は仲間達を見回す。


 信頼に満ちた視線が返ってきた。

 うーむ……!!

 気づけば俺、すっかりリーダーじゃないか。


「イシーマ砂漠の地下大神殿にて、邪神メイオーとの決着をつける!!」


「おーっ!!」


 俺の決定に、全員が賛同するのだった。





「奥野、タカフミくん! ちょっと来てくれ」


 うちの父がなんか呼んでる。

 彼の仕事部屋である船室まで行くと、親父とイーサワがドヤ顔で謎の表を見せてくれた。


「これは一体」


「これはですね。団長が使える技を最新のものまでピックアップし、皆さんの技や呪法と組み合わせてですね。連携のどこに置けば当たりやすいか、発動しやすいかを検証したものです。いやあ、団長のお父様はこれらの計算において、とても造詣が深い……! 僕も勉強させてもらいました」


 最近ずっと姿を見ないと思ったら、全力でこれをやってたのか……!!


「ありがとう! ええと……。ほうほう、俺の技でも、発動の速い遅いがあるんだな」


「ああ。団の皆さんから色々意見を聞いてな。奥野の技のスピードというのを計算で出したんだ。皆さんの攻撃もスピード順に並べたものがこの紙でな」


 うおお、山のように羊皮紙が積まれているぞ……!!


「こりゃあ純粋に凄いな。この時代だと、計算の物量は単純に力そのものだ。この部屋にある羊皮紙だけで、小国ならまるごと買い取れるくらいの価値があるぞ」


 タカフミまで目を丸くしている。

 

 うちの親父殿、やりきってしまったのだな。

 凄い男だ……!!


「あと奥野。お前に言っておかねばならんことがある」


 親父が真面目くさった顔をしている。


「なんだなんだ改まって」


「いいか、落ち着いてよく聞け。実は、母さんが……」


「お袋がどうしたって言うんだ……!」


「妊娠しててな」


「なんだとおおおおおおおお」


 俺は凄まじい衝撃を受けた。

 いや、一瞬何を言われたか分からなかったわ。


「月の女神様が見たらな、女の子だって。良かったなあ奥野! 妹ができるぞ!」


「ああ、それは嬉しいしおめでとう! だけど、なんでこのタイミングなんだ……!?」


「ああ。それには深い理由があってな。俺達が奥野の後で子供を作らなかった理由は知ってるか? そう、経済的な理由だな」


「子供にリアルな話するなよ」


「子供だと? お前、もうすぐ父親になるじゃないか。そんなもん、俺とお前はただの男と男だ。俺のざっくばらんな話をするのは、俺が奥野を男と認めた証拠なのだ」


 一気にまくしたてた父。


「じゃあ僕らは別室で会議しますよ。ごゆっくり」


「あ、お気遣いどうも!」


 イーサワと、彼に背中を押されたタカフミが出ていった。

 なんだよ、この空気どうするんだよ。


「でだな。こっちの世界に奥野が連れてきてくれたから、俺も母さんも17年の封印を解いたわけだ」


「かっこいい言い方するなあ」


 ちなみにうちの親父は52、うちの母親は40だ。

 一回り離れてるんだな。

 なれそめは、親父がプロレスの試合を見に行った時、隣に女子大生が座っててそれが母。


 場外乱闘の時、レスラーが母のところにぶつかってきたのを、父が体で食い止めて潰されて、そこから仲良くなって付き合い出したらしい。

 当時、母は彼氏と来ていたようなのだが、なんかずっと年上の親父の方がフィーリングが合ったのだな。


 その結果が俺の誕生である。


「この世界はいいなあ。ローンとか年金とか、色々考えなくていいもんな。なんかだな。俺の体がこっちに来てから軽いんだ。母さんも若返ったみたいだって言ってる。この世界が俺達に合ってるんだな」


「ほうほう」


「多分、子供はお前の子供と同じくらいに生まれる」


「タイミングドンピシャだなあ……っていうかそれ、こっちの世界関係ないだろ……!? 俺とルリアが励んでた時にあんた達も励んだからじゃないのか!?」


「ハハハ、ルリアちゃんの加護だなあ。そういう訳だ奥野。新しい命が二つ生まれるんだぞ」


 親父は真剣な顔で俺の両肩を叩いた。


「勝て! そして絶対生きて戻ってこい!! 妹と子供を抱っこしてやれ!!」


「おう!」


 色々と戻ってくる理由が出来上がっていくのである。

 こういうのは、生還フラグって言うんだ。



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