第160話 俺、アミラの旦那さんと話をする

『アミラ! あの時よりもさらに綺麗になった』


「うん……」


 おっ、アミラが恋する少女っぽい顔になった。

 いつもはお姉さんしてるのに。


 現れたのは、長身に赤毛の男だった。

 よく日に焼けていて、体格が良い。


『ああ、君はまだ死んでいないんだね。良かった……。君が生きているかどうかだけが、心残りだったんだ』


「お陰様で、こうして生きているよ。あと、その、私……」


『ああ、うん』


 赤毛の彼は笑って、俺を見た。

 なるほど、この人がアミラの前の旦那さんのカールか。


「カールさんでしょ。俺はオクノです。今のアミラの旦那です」


『そうか、君がアミラを! ありがとう。僕はカールだ。僕の力が無かったばかりに、彼女を一人にしてしまった。だが、君ならその心配はなさそうだ』


 爽やかに白い歯を見せるカール。

 凄いなー。

 なんかサーファーっぽい人だが、むちゃくちゃ爽やかな男だぞ!


 これはアミラが惚れたり、ずっと覚えているのも理由がわかる。

 ラムハもカリナも興味津々。

 立ち話も何なので、冥府宮殿のテラスを借りることにした。


 なんかここ、カフェみたいになってるんだけど。


『冥府職員の福利厚生設備なのですぞ。我らは魂だけの存在ゆえ、気が滅入ると見た目にも変化が表れるゆえな』


「なるほど。それでザップもここに?」


『余もしっかり休みは取る主義だ。これは数年ぶりの休みだがな。全く、地上では戦争をしおって、無駄な人死をだしておる。現在のキョーダリアスは、生死のバランスが取れている状態なのだ。余計な死を出してしまっては、こちらが転生させる作業にも滞りが出る』


 ザップはため息を付いた。


「つまり、メイオーを放っておくと……」


『冥府がパンクしますな。すると、死者が地上へ溢れ出る』


「そりゃあ大混乱だ」


『生者と死者の区別もつかなくなれば、いよいよ世界の終わりよ。メイオーはそれを分かっていて、それでも己の欲望を優先しているのですな』


「これはひどい。思った以上にメイオーやばいじゃないか」


 話を聞いている感じでは、神々というのはそれぞれが巨大なシステムなのだ。

 己の持つ権能で、世界を滞りなく回している。

 だが、その機能が暴走してしまったものがメイオーなのだ。


 ほどよい戦いのサイクルは、死者が減りすぎることを防ぎ、地上に暮らす人間の数を適正に保つ。

 だが、戦いのサイクルが壊れてしまえば、人が死にすぎる。


 冥府は多すぎる魂を処理できるようにはできていない。


「なんかますます、メイオーをどうにかせねばって気持ちが強くなったわ」


『頼りにしているのですぞ。我ら他の神は、一度メイオーに敗れていますからな』


「誰も勝てなかったんですか」


『向こうは戦いの神であるゆえ。我々は戦いが権能ではない』


 なるほどー。

 言われてみればその通りだ。

 俺がその神様達の代わりをするわけだな。


 で、死んだら神になると。

 多分、メイオーのいたポジションかなー。


 冥神との話がサクサクおわったので、アミラとカール氏の会話に加わってみる。

 思い出話なんかしてるぞ。


 どうやらアミラは孤児で、そこをカールに拾われたらしい。

 で、一緒に旅をするうちにだんだん育って、ついにはカールと相思相愛になって結ばれて……。

 ええ話や。


「アミラ、ヒロイン力が高いなあ……」


「なあに、そのヒロイン力って?」


 アミラが笑った。

 カールもニコニコしている。


『あの後のアミラが、幸せに暮らしているならばそれは良かった! これで本当に、僕の心残りはないよ。知っているかい? 冥府はね、案外、死者のわがままを聞いてくれるんだ。僕はアミラのことが気になって、転生することができなかった。そうしたら、ザップ様は待ってくださったんだ』


『転生には転生炉を使うのだが、それが今は順番待ちの状態であった故な。ああ、異世界から来た悪霊どもは騒ぎを起こさぬうちに転生炉で処理しておいたのだ』


 もうあいつら転生したのか。

 早いなあ。

 今頃、キョーダリアスのどこかで、赤ちゃんになって生まれ変わってるんだろう。


『余は、非のない魂の願いくらいは聞く。なに、妻を待つと言ってもせいぜい五十年も待てばよいだけだ。それくらいなら大したことは無い』


 意外と冥府、人情が通じるところなんだな。


「行っちゃうの、カール?」


 アミラが、少女みたいな口調で問う。

 その手を、カール氏が優しく包んだ。


 後日アミラに聞いたら、ひんやりしてたそうである。

 そうか、魂と人間だから触れ合えないのだな。


『僕も新たな旅立ちをする時が来たんだよ。君と同じさ。案外、今度生まれる時は君の子どもになってるかも……なんてね』


「もう……!」


 アミラがちょっと泣き笑いになった。

 ラムハがもらい泣きしている。

 感情表現豊かになっているのはいいことだ。


 カリナはむずかしい顔をして首を傾げていた。


「浮気では」


「わふん」


 言いかけたカリナの脇腹を、フタマタの鼻先がつついた。

 いいぞフタマタ。

 カリナは性格からして、ちょいちょい合理主義っぽいところがあるからな。


 こうして、俺達とカール氏との邂逅は終わった。


「あ、そう言えばカール氏の剣を預かってるけど」


『うわあ、懐かしいなあ! これはね、アミラが酒場で働いたお給金で、僕に初めて買ってくれたものなんだよ。色仕掛けで鍛冶屋のおじさんに大幅値引きさせて……』


「カールーっ!! もう! 変なこと言わないで! さっさと転生して来ちゃってー!」


 周りがどっと笑った。

 なるほどー。

 こいつは思い出の品でもあったのか。


 そして、別に特別なアイテムではなかったと。

 よく今まで持ってきたなあ……。


『おや、英雄オクノ。その剣、神気を浴びて変化をしていますな。英雄オクノが手にする限り、神剣として効果を発揮するでしょうな』


「ええっ!? 体術一本で行くと決めた俺に、なんでそんな効果のある剣が手に入ってしまうのだ!」


『体術はメイオーの土俵。それであの戦神に勝つことはできますまい。オクノ殿はオクノ殿の持ち味を活かすのですぞ』


「俺の持ち味……。つまりあらゆる武器を使う、この強烈な器用貧乏さか」


『器用貧乏を極めれば万能となる』


「調子いいこと言うなあ」


『さて、まだまだ暴れる魂はおりますぞ。お手伝いを願いたい』


 どっこらしょ、と言いながら立ち上がるザップ。

 骨がカタカタ鳴っていた。


 今まで会った神の中で、ダントツの常識人で良識派なのだ。

 俺はこの骨の神様好きだぞ。


 俺も立ち上がったら、右手にアミラがくっついてきて、左手にもらい泣きでぐずぐずなラムハが抱きついてきた。

 うおお、身動きが取りづらい!


 アミラはカールに手を振り、カールも笑いながら手を振り返す。

 去っていく、アミラの元旦那。


 かくして、カールは転生した。

 実際に地上に生まれるまではタイムラグがあるらしいから、天文学的な確率ではあるが本当にアミラから生まれるかもしれない。


 それはそれで楽しみだな。

 あと、アミラが子どもにカールって名前をつけそうだ。


 それはそれでいいものだ。


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