第157話 俺、冥界の川を渡る

 川が見えてきた。

 でかい。

 とてもでかい川だ。


『冥府の川です。向こう岸が見えないでしょう?』


「ほんとだ」


『ここは、渡し守を雇い、向こう岸まで渡る必要があります。この時、死者たちは生前の罪の重さによって運賃が変わるのです』


「ほうほう」


『運賃は魂に、枷という形で付け加えられます。その魂を、冥神ザップが裁くのです』


「なるほど。では俺達も船で川を渡る事になるんだな」


『いえ、神と生者向けにこちらに橋がかかってますので』


 ちょっとガクッとくる俺。

 冥界もインフラ整備されてるんだなあ。


「しつもーん!」


『はい、カリナさん』


「こんな橋がかかっていたら、罪のある魂も渡ってしまうのではないですか?」


『大丈夫です。この橋は、神と生者にしか見えませんし触れません。そういう物質で作られているんです。ほら、幽霊船なんかで出てくる、彷徨う幽霊はこちらから触れられないでしょう? 彼らは地上の物質に触れません。つまりこれは……』


「わたし達の世界のものでできてるんですね」


『そのとおりです!』


「カリナちゃんすごーい」


「カリナちゃんすごーい」


 フマとタタが、見事正答したカリナを褒め称える。

 カリナが実に嬉しそうにニヤニヤした。

 今までカリナより年下のキャラいなかったもんな!


「カリナやるじゃん。頭いいなあ」


 あっ、ミッタク!!

 そういえば彼女、カリナと精神年齢がほぼ一緒なんだった。


「むふふ、褒められてとても気分がいいです」


 カリナがめちゃめちゃ喜びながら、橋をスキップで渡っていく。

 俺達もあとに続くのだ。

 ハームラからの注意が飛ばないということは、安全なのだろう。


 ……念の為に俺もカリナの横まで進んでおこうっと。


「? どうしたんですかオクノさん」


「冥界だから何があるかわからないもんな。ということで、何か起きたら俺を盾にするように」


「わ、わたしを守るために!?」


 カリナが目をキラキラさせた。


「これはわたし、一歩皆さんよりリードしましたね……!」


 俺の腕に飛びつくカリナ。

 小柄なので、ぶらーんとぶら下がる感じになる。


 これを見て、ラムハがちょっとむくれた。

 まあまあ、とアミラが肩をぽんぽんしている。

 あの二人は仲良くなったなあ。


 橋の彼方に、冥府の光が見えている。

 歩く度にだんだん光が大きくなっているから、間違いなく進んではいるのだろう。


 カリナをぶら下げて歩いていたら、逆側にフマとタタがトテトテと走ってきて、ぴょんとしがみついてきた。


「あるじさま!」「あるじちゃん!」


「おー、俺は両脇にちびっこをぶら下げて歩くのかー」


「いいのです! こうすれば守ってもらえますし!」


「フマはまもるほう!」「タタはまもるほう!」


 おお、かわいいかわいい。

 俺もニッコリしてしまう。

 人類は皆、可愛いものに弱いのだ。あともふもふな。両方兼ね備えたフタマタは最強ということだ。


「でもフマもタタも、しばらくは人間モードでいることにしたのか?」


「シーマおねえちゃんがねえ」「なにごとも、れんしゅうじゃーって」


 いい事を言うなあ。

 冥界では、フタマタは人化練習メインで行くと。

 カリナとミッタクも、後輩ができるのは嬉しいようである。


「よーしよし。じゃあ、うちが戦い方を教えてやる! タタの戦い方は突進だったよな。んじゃあ、うちと相性がいいはずだ!」


「まって下さいミッタクさん! タタはスピード派ですから、わたしとの相性がいいです!」


「タタモテモテー」


 フマに言われて、タタが「えへへ」と笑った。

 ちなみに、呪法メインのフマはシーマが直接教えるそうだ。特別アドバイザーに、ラムハとアミラも加わる。

 

 これ、フタマタが超パワーアップしそうな予感がするな。

 恐るべし、保護欲をかきたてる幼児モード。


 わいわいと騒ぎながら進んでいると、ようやく橋の終わりが見えてきた。

 これ、琵琶湖を横断するくらいの幅があったな?


 向こう岸では、わいわいと魂がひしめいている。

 うわあ、大変なことになってるぞ。


『数が多すぎて捌ききれなくなった魂ですね。順番待ちでここまで列が伸びているんです』


「大変過ぎる」


『今は人手が足りないみたいですね。冥府にいる魂がバイトで駆り出されています』


「裁かれる立場のはずの魂がバイトで他の魂の列整理をしてるのか」


 橋を降りると、魂達のワイワイガヤガヤという賑やかさがはっきり聞こえてくるようになった。

 これのほとんどが、混沌の裁定者によって長い間溜め込まれてきた魂なのだ。


「あれ? あれあれ? もしかしてそこにいるのは……」


 ミッタクが誰か発見したようで、俺を追い抜いて走っていく。

 そこでは、冥府のバイト証らしきタスキを掛けた、妙齢の女性が列整理をしていた。

 女性としては大柄で、額から角が伸びている。


 ああ、あれが噂の!


「お袋!」


『あら? まあ! ミッタクなの!? 大きくなって……』


 母と娘の再会である。

 なるほど、これがミッタクパパが冥府に送られる度に、毎回手招きしてくる奥さんな。

 かなり綺麗な人だなあ。バイキング族の女性は、ガッチリしてて線が太いが、顔の造形は整っている気がする。


「まさかお袋に会えるなんて……。全然変わってないなあ」


『だって魂ですもの。死んだ時のままよ。あの時、あなたはまだ六歳だったものね。今は二十歳よね? どう? お父さんが見つけた強い男の人とは仲良くやってる?』


「ああ、こいつだよこいつ」


 俺を指差すミッタク。


「俺です」


 ミッタクパパから引き受けた以上、責任者は俺である。

 進み出て挙手した。

 すると、ミッタクママがパッと笑顔になる。


『まあまあ!! お父さんがこっちに来る度に、ミッタクが強くなった話ばかり聞くから内心では心配していたの! あなた、ミッタクより強いのね?』


「強いです。なので安心して欲しい」


 俺の言葉に、ミッタクがちょっとふくれる。

 ハハハ、追いつかれるつもりはないぞ。


『良かったー。これで安心したわ。心残りが無くなったから、すぐに転生したって平気ね』


『なんだい、奥さんの娘さん? 若くして亡くなったんだねえ』


『あら、違うんですよ。この娘、生きたままこっちに遊びに来てるの!』


『へえ、そうなのかい! なるほど、立派な娘さん……おいでけえなウグワーッ』


 列に並んでいる魂が余計なことを言って、ミッタクママにボディブローを食らった。


『女は大きさじゃないでしょう。心ですよ心……!』


『アッハイ』


「ミッタクのお母さん、ミッタクにそっくりだなあ」


「そうか? うち、あんなに綺麗じゃないと思うけど」


 そりゃお前、いつも戦闘モードで美人モードじゃないからだ。


『シフトが終わったら私もそっちに行くわね。あら、そちらのキラキラした方は? マー! 月の女神様!? カオスディーラーが倒されたと聞いてたけど、解放されたんですのねえ』


『そうなんですよー。わたくし、この娘の中に入っていたのですが、噂の彼が助け出してくれたのです』


 ハームラが気安い感じで、ラムハの肩に腕を回して説明する。

 ラムハが困った顔してるではないか。


『ええーっ!! じゃあ、女神様を解放して、カオスディーラーを倒した大英雄が、ミッタクのお婿さん!? きゃーっ!! 素敵だわー!!』


 ミッタクママが飛び上がって喜んだ。

 この声は列の隅々まで聞こえたようで、ざわめきが広がる。


『カオスディーラーを倒したやつがいる!?』


『つまり俺らを解放してくれたのはその人のおかげってわけか!』


『あそこにいるわ!』


『どれどれ!』


『ありがとう!』


『すげえやつだ!』


『すてき! 抱いて!』


『ばかねあんた魂だから触れないでしょ!!』


 ドッと笑いが起こった。

 おおー!

 和気あいあいとしたもんじゃないか。


 ミッタクママや、バイトの魂達が目を丸くしている。


『あなたが来たら、急にみんな列整理に協力的になりました! 本当にすごい人なのねえ。ミッタク、絶対に離しちゃだめよ』


「お? おう」


『……あの人、ミッタクに女子教育してないわね。これだから娘ラブが行き過ぎた父親はー!』


 ミッタクママ、フンスと鼻息を荒げて怒る。

 そんな事をしていたら、冥府から馬に乗って走ってくる者があるのだった。


『お待ちしておりました、月の女神ハームラ様! 英雄オクノ様! 我が主ザップがお待ちになられています!』


 痺れを切らしたか、冥神からの迎えが来たぞ。

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