第149話 俺、混沌の裁定者と決戦する

 混沌時空とでも言うのか、そんな空間へ飛び込んだホリデー号。


『そうそう、ここです。わたくし、お兄様が封印された後に混沌の裁定者が出てきて、ここに引きずり込まれたのです』


「待て、妹よ。俺は倒される前の前の段階で、カオスディーラーを異次元に押し込んだはずだが?」


『五花武のように、彼の力の媒介となる者がいたのです。わたくしはそれに「女神様、凄いサプライズ案件があるんですが」と魅力的な言葉で騙され、この空間に……』


 俺はいぶかしんだ。


「誘い込まれてホイホイ乗ったのでは?」


『それ以上はいけません、英雄オクノ。わたくしの名誉というものが』


 図星らしい。

 そして、当たり前みたいな顔をして、ホリデー号の上では邪神メイオーとその妹、月の女神ハームラが談笑している。


「どうしてハームラ様がここにおられるのですか?」


 ラムハが戸惑い気味に尋ねた。


『応援です。わたくしも、混沌の裁定者には恨みがありますから。ちなみに他の神々がこの戦いに参加できないのには理由があるのです。質問される前に答えます。彼らは皆、お兄様に敗れて肉体を失っています。わたくしは妹だったので戦わなくて、そのおかげで無事でした』


「サラッと重要な設定が明かされたな?」


 つまり、神々はメイオーに対抗するにも、混沌の裁定者を倒すにも、人間の手を借りなければならくなっているというわけだ。


 だから創造神キョードウではないかと思われる吟遊詩人は、それっぽく俺を運命的に導こうとしたのか。


「ううー、居心地が悪い……。元々、長い間私と一体だった方だけど、巫女でなくなった私としてはどういう顔をしてハームラ様と顔を合わせればいいか……」


 ラムハが珍しく悩んでいるな。


「巫女じゃなくなったのか」


「私はオクノの妻になったでしょう。巫女は神に身を捧げるものなので、独り身でなくてはいけないの!」


「なるほど……! ……って、ええっ!? いつのまに俺の奥さんに!?」


「同意の上で契りを結んだらそうなるのは、ハームラ教団では当たり前のことよ」


「そんな教義知らんかった。だけど俺としてもそこら辺は構わないのでいいよ!」


「良かった!」


「ラムハ一人だけ抱きつくなんてずるいー!! オクノくんあたしもあたしもー!」


「お姉さんも! そうねえ、実質私もオクノくんのものなわけだし!」


「仲間はずれは許しません! わたしも行きますよ! とーう!」


「うおーっ」


 四人の女子にのしかかられて、大変な俺である。


「何やってんだ」


 ミッタクが呆れ顔でこれを見ている。


『これこれ、元わたくしの巫女であったラムハ。わたくしの前でいちゃいちゃしないように……。イラッと来ます』


「この女神も大概駄目だな!?」


 こんな緊張感の欠片もない状態で、俺達は混沌時空的なものをふらふら彷徨う。

 時々、俺が空間に闘魂を注入して、混沌が船を侵食しようとするのを防いでいる。


「どこらへんに混沌の裁定者がいるんだ?」


「オクノ、こいつは混沌そのものだぞ。つまりだ。この空間の全てが混沌の裁定者とも言える。オレ達がやることは、この空間を定義することだ。お前らもだ。全員でイメージしろ。明確なイメージが、この混沌に形を与えることになる」


 メイオーが説明する。

 なるほど、イメージ。


 明確な形がない混沌の裁定者に、形を与えるというわけか。


 ならば、どんな形にするか……。


 俺が考えたのは、普通に五花だった。

 やっぱり悪いやつって言えばこうだよな。


 俺の近くで、イクサも珍しく何か考えている。

 こいつの思い描くイメージってどんなんだろうなあ。


「よしっ」


 何か思いついたようで、目を開けるイクサ。


「イクサ、どんなの考えたの」


「悪そうなやつだ」


「なるほど」


 分かりやすいと言えば分かりやすい。

 その他、仲間達もイメージを固めたらしい。


「それ、混沌が定義されるぞ。混沌の裁定者に形が生まれる……!」


 メイオーが指し示すのは、ホリデー号の衝角の先にある空間。

 そこへ、周囲の混沌が集まっていく。


『なんということだ、なんということだ。僕に形を与えようとは、傲慢に過ぎる』


 聞き覚えのある声が響き渡る。

 形を得つつある混沌が口を利いているのだ。


『僕を一度は封印した神。僕の手で変えられた女神。そして僕をぶった男がそこにいる……! 混沌をぶつとか、常識がないのか君は……!!』


 最後の声に怒りが籠もった。

 こいつ、まだ根に持っていたか……!


 だが、どうやらこれは、条件が揃っているから混沌の裁定者に形を与えられたようだ。


 メイオーもハームラも俺も、それぞれのやり方で混沌の裁定者を認識している。

 普通の人間だと、認識もできないっぽい。


 だからこそ、認識してる奴のイメージに合わせることで、誰もが混沌の裁定者を見られるようになるのだ。


 それは、瑠璃色の翼を持った骸骨のような怪物だった。

 その中心部に、五花武が収まっている。


 骸骨のあちこちから、虹色の羽毛みたいなものが無数に生えて、風もないのに揺れ続けている。


 これが混沌の裁定者。


 世界を滅ぼそうとする、異世界から来た神だ。

 そして俺達が与えた、倒すべき敵の形。


『やれやれ、不本意だが始めるとしよう。この僕が、再び世界の形を変えていくためには君達という障害を取り除かねばならないのだから』


 随分言ってることが分かりやすくなった。

 形を与えられたせいだろう。


 そして、アッと思う。


「みんな、混沌の裁定者の言葉には耳をかさないようにな。こいつ、多分五花の要素を取り込んでるので、普通に洗脳してくるぞ」


 仲間達が、ゲッ、という顔になった。


 俺は、くっついている女子たちを剥がして地面に立たせる。


「では、組めるものは陣形! そうでないものはめいめい、遊撃! オクタマ戦団、アターック!!」


 俺の号令とともに、戦いは始まった。


 非戦闘要員は船底に押し込んで、みんなめいめいに集まる。


「日向、陣形の指揮は任せた」


「分かった!」


 すっかり頼もしくなった日向が応じて、仲間達に指示を出していく。

 ちなみに陣形は明良川も使えるのだが、こいつに任せるのは怖いのでやめておくのだ……。


「オクノ。オレ達の仕事は最前線だぞ。いや、実に楽しいな! 仲間とやらとともに戦うなぞ、初めての経験だ!」


 メイオーは愉快そうに笑いつつ、混沌の裁定者に立ち向かう。


『現われよ、七勇者よ。一人欠番、二名を足して、八勇者よ』


「あたしが欠番扱いになってる! でも、あんなんに都合よく使われるくらいなら欠番でいいなあ」


 明良川が素直な感想をぶちまけた。


 俺達の目の前で、混沌の裁定者が七勇者とヘラクレスオオカブト怪人とスズメバチ怪人を召喚する。

 おお、みんな白目を剥いて、正気ではない。


 一度混沌の裁定者を受け入れると、魂まで奴のおもちゃになってしまうのだな。


「クラスメイトに攻撃するなんてできないわ! ……なーんて言うわけないでしょー! あたしが生き残るのが一番じゃオラァ!!』


 明良川が変身した。

 髪が炎の色になり、背中から炎で編まれた翼が生まれる。

 あ、こいつ、蛾がモチーフのやつだ!


 復活した熊川が、明良川目掛けて突っ込む。

 こいつを、真っ向から炎の翼で受け止めて弾き飛ばす明良川。

 怪獣大決戦である。


「ほう、こいつらがお前の仲間だった連中か? 愉快なことになってるなあっ! そおらっ、バルカンパンチッ!!」


 メイオーが繰り出した、爆発する連続パンチがクズリの姿をした七勇者をぶっ飛ばす。

 その横では、イクサが四腕の巨人剣士と切り結──「月影の太刀!」『ウグワーッ!!』あっ、終わった!!


「一度見せた太刀筋は通用せん」


 新しい技を出すかも知れなかったのに。

 なんか、一歩目の動きが見たことあったから、そこで即座に仕留めたっぽいな。

 実にガチンコな戦いをする男、イクサなのである。


 俺はと言うと、ザリガニっぽい見た目で槍を持った、懐かしい相手とのバトルだ。

 槍を小脇に受け止め、前進しながら頭を掴んで……。


「ヘッドバット!」


『ウグワーッ!!』


 飛び散るカニ味噌!

 仰け反ったザリガニの喉元を掴んで、


「喉輪落とし!」


『ウグワワーッ!!』


 そいつは爆発した。

 何かリニューアルはされてるんだろうが、元のままの耐久力ではこんなもんだろう。


 メイオーも、クズリ怪人に馬乗りになり、爆発パンチをボコボコに叩き込んで『ウグワーッ!!』文字通り粉砕した。


「おいおい、カオスディーラー。てめえの尖兵じゃあ俺達にゃ通用せんぞ。お前が、かかってこいや!」


 おおーっ、煽るメイオー。

 それを見て、カオスディーラーが笑った。


『実に、実に苛立たしい男だ! お前のような野蛮な神が、この僕を馬鹿にするなど許すまじき所業! そうだね、一人ひとりならそうでもないだろうが、ならば彼らも力を合わせたらどうだろう? そう、彼らを混ぜわせて、一人の勇者とする……!!』


 混沌の裁定者の目の前に、巨大な血の色のボールが出現する。

 それから、倒された七勇者の体が次々に生えてきた。


 うわあ、なんじゃあれキモチワルイ。


 一体のモンスターとなった七勇者は、俺達目掛けて咆哮を上げる。


 ここで、俺は思ったのだった。

 六人全員生えてるってことは、もしかしてももうみんな倒されてた……!?


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