第142話 幕間・逆鱗なりイクサ

 イクサとヘラクレスシュートの戦いが始まる。


『人間の癖に、この俺に傷をつけるなんざ生意気なんだよーっ!!』


 甲虫はその巨大な翼を広げ、舞い上がった。

 飛来するイクサの飛翔斬を、分厚い甲で受け止める。


『効かねえよ、そんなへなちょこは!』


 巨体がホバリングし、次の瞬間にはイクサ目掛けて突進をしている。

 二本の角でイクサを串刺しにしようというのだ。

 これに対し、剣士は一歩も動かない。


 剣を構えたまま、真っ向からヘラクレスシュートを迎え撃つ。


「円月斬!!」


 カウンターの斬撃。


『ヘラクレスストライク!!』


 甲虫の突撃。

 この二つが真っ向からぶつかりあった。

 凄まじい金属音、そして轟音。

 衝撃波が室内を駆け回り、壁や天井を破壊する。


「ぬうっ!!」


 弾き飛ばされたのはイクサだ。

 衝撃波が生む爆煙が、彼を覆って見えなくする。

 だが、ヘラクレスシュートも地面に叩き落されている。


『てめえ……化け物か!? 人間が俺を真正面から受け止められるなんてことは、ありえねえ……!! この世界の人間の中じゃ、ダントツの強さだぜ』


 ヘラクレスシュートの顔に笑みが浮かぶ。


『おもしれえ!! 戦って、戦って、戦って勝つ! つええやつを、ぶちのめして勝つ!! その快楽に比べたら、女を犯すことなんざお遊戯と一緒だからなあ! お前が来てくれて助かったぜ!』


「お前は遊戯のつもりでアリシアに手を出したのか?」


 砕けた部屋の破片が舞い散る中、イクサの声がした。

 彼の鋭い眼光が、そこから甲虫を見据えている。


『はっ! こいつがお前の女ってわけか! 女の危機に到着するヒーロー様ってか? 流行らねえんだよ、そんなのはな。好きな女の目の前で、てめえの強さを、矜持をバッキバキに折る! これが面白えんだ!』


「アリシアに対して、俺は責任がある」


 イクサが身構える。


『責任だあ? 眠たいことを……』


「王位の資格を失い、俺はただの男に過ぎん。だからこそ、男が果たすべき責任がある」


『ほう……』


 ヘラクレスシュートが剣を抜いた。

 二本の角と合わせて、三つの刃がイクサを狙う。


『男の責任か。それは悪くねえ理屈だ。嫌いじゃないぜ。……だが! そういうのを踏みつけてずたずたにするのが、最高に愉しい! 快楽なんだよ、極上の! ははははは! 死ね、死ね、死ね、剣士!!』


 再び、ヘラクレスシュートが舞い上がった。

 ホバリング状態。

 だが、すぐには襲いかからない。


 構えた角と剣をゆらゆらと動かし──それらが一つの軌道を動くよう、狙いを定める。

 ピタリと、甲虫の動きが止まった。


『大した見極めだ。てめえがあの飛ぶ斬撃を放ってきてたら、その瞬間に俺はてめえを真っ二つにしてたぜ』


「来い」


『行くぜ!! メェェェェェンッ!!』


 衝撃波すら纏って、ヘラクレスシュートが超高速で空を駆けた。

 高速移動が放つ圧力が、部屋を破壊していく。

 既に、半ばは瓦礫で覆われ、崩れた天井からは空が見える。


「望月!」


 イクサの技が放たれる。


『抜刀術だと!?』


 爆煙が晴れる中、鞘に収まっていた剣は抜かれ、ヘラクレスシュートの三つの刃へと打ち込まれていた。


『ぬうっおぉぉぉぉぉぉぉっ!!』


 甲虫の巨体が、ピタリと空中で静止する。

 その目の前には、振り抜かれたイクサの剣。


 ヘラクレスシュートの脳裏に、一瞬静止が遅ければ、自分が剣ごと切り裂かれていたであろうビジョンが浮かんだ。


『ヒューッ! やべえやべえ! だが、てめえは切り札を切った! 俺は残している! ドォォォォォォォッ!!』


 甲虫の剣が軌道を変え、イクサへと迫る。

 イクサが剣を戻す動きは、間に合わない……!


 だが。

 ヘラクレスシュートは、その目でおかしなものを見た。

 イクサの左拳だけが、腰だめに戻っている。


 否、剣には左手が添えられていなかったのだ。


『誘い!?』


 そう察した瞬間には遅かった。


「カウンター!!」


 イクサの拳が、ヘラクレスシュートの剣をすり抜け、その顔面へと突き刺さった。

 技としてのカウンターである。

 甲虫が現実世界で経験した、戦闘の流れで放たれるそれではない。


 ヘラクレスシュートの勢い、重量、力、そしてイクサの速度とタイミング。

 それら全てが拳に乗って、ヘラクレスシュートを撃ち抜いた。


『うぐおおおおおおわあああああああっ!!』


 叫びながら、甲虫の巨体が地面をバウンドした。

 ヘラクレスシュートは無様に背を地面に擦りつつ、砕けた天井から空を仰ぐ。


『なん……だと……!? 俺が……この俺が、空を見させられてるだと!? ありえねえ……そんなのありえねえだろうが……!!』


 本来、甲虫はひっくり返れば起き上がれない。

 背に重心の多くがあるためだ。

 だが、ヘラクレスシュートは人と甲虫の力を併せ持つ存在だ。


 体に勢いを付け、一瞬で腹ばいの姿勢に戻った。

 そして、翼を広げて羽ばたかせる。


『許さねえ……! 男のプライドに傷をつけたてめえは、絶対に確実に、殺す!! 女なんざどうでもいい! てめえをぶっ殺さなきゃ気が済まねえ!』


 背後から、イクサの足音が迫る。

 この状況に於いて、イクサの放つ飛翔斬も裂空斬も、決め技には成りえない。

 甲虫の固い翼がそれを弾いてしまうからだ。


『空から!! 城ごと崩して殺してやるよ!! てめえは剣すら届かずに死ぬ! そしててめえの飛ぶ斬撃では、俺の角も頭も羽も、壊せない! 詰みだ!!』


 空へと飛び上がるヘラクレスシュート。

 反転した巨体は、一瞬で超加速した。


 音の速度すら超えて、その身が辺境伯の屋敷に飛び込もうとする。

 この突撃なら、その打撃と衝撃波で屋敷をまるごと吹き飛ばすことができよう。

 剣一本で抗える次元ではない、強力な広範囲打撃だ。


 だが。


「詰みだ……!」


 イクサがいる。

 甲虫のすぐ目の前にだ。


 それは、屋敷の中などではない。

 空中だった。


 自ら、ヘラクレスシュートの目の前へと身を躍らせたのだ。


『馬鹿が……! 砕け散れ……!!』


「──乱れ雪月花」


 氷のごとき怜悧な斬撃。

 月のごとき天から降る斬撃。

 花のごとき鮮やかな斬撃。


 三つの輝きが、甲虫の全身を走った。


『……は?』


 ヘラクレスシュートは気づく。

 自分が既に、静止していることに。


 音の速度すら超えて、衝撃波を生みながら突撃していたはずだ。


 だが、衝撃波は斬撃によって散らされた。

 翼は既に、断ち切られて存在しない。

 全てを打ち壊す角と剣は、絶ち折られて役には立たぬ。


 そして、屋敷へと向かった衝撃を自らの身で受け、血まみれになりながらも、未だ衰えぬ眼光で甲虫を睨みつける男が一人。


『てめえ……名は』


「イクサだ」


『イクサ……見事……! ウグワーッ!!』


 ヘラクレスシュートの正中線に光の線が入り、巨体が左右に分かたれた







「ひえええ、イクサが派手にやってる」


 俺はイーヒン辺境伯を発見し、モンスターを次々ラリアットでなぎ倒し、闘魂を注入して放心させたあと、彼を救出していた。


「オクノ!! すまんな。情けないところを見せてしまった。ところで、イクサヴァータ殿下はさらに腕を上げたようだな」


「うむ。美味しいところを全部持っていかれてしまった」


「何。君が彼を連れてきてくれたのだ。感謝する。あの様子なら、アリシアも助かったようだ……」


「イクサの許嫁さんねー。ほんとに超かっこいい助け方をする男だ」


 俺もかっこよく立ち回りたいものである。

 だが、基本的に相手の攻撃を受けては返すストロングスタイル。

 イクサとはかっこよさのベクトルが違うのだ。


「オクノ、こちらは片付きそうじゃ」


 シーマが現状報告にやって来た。

 周囲は、シーマが洗脳したモンスター達に守られている。

 

 そして、洗脳が通じない強力な相手は、ミッタクが次々にタイマンで撃破していっている。


 辺境伯領全体は、フタマタと、彼にまたがったカリナが駆け回ってモンスターを掃討中だ。


「本来、戦において数の差を覆すことは難しい。それほど、数とは重要な要素なのだよ」


「ふむふむ」


 なんか辺境伯が語り始めたんで傾聴しておく。


「だが、例えばだ。蟻の群れが数を頼りにドラゴンに立ち向かったとして、数は力に成り得るかね?」


「ならないでしょうな」


「そういうことだ。君達はドラゴン。革命軍の多くは蟻だった。そういうことさ。敵はどうやら、相手に相当数のドラゴンがいることを想定していなかったようだ」


「ははあ、なるほど。まあ、敵は混沌の裁定者なんで何も考えてないと思うんですけど」


「うむ。例え強大なドラゴンでも、バラバラであれば守りきれぬ部分が出るだろう。先程の甲虫のモンスターのように、一時的に強力な敵を足止めしたり、傷つけられれば、雑兵にも機会は巡る。単独ならば切り崩しようは幾らでもあるのだよ。私が知る限り、混沌の裁定者は混沌の中に、無数の策を巡らして世界を掌握していくタイプだ。個の力では抗いきれない」


 めっちゃ語ってる!


「だが、しかしだよ、名誉騎士オクノ。ドラゴンが束ねられていれば話は違う。それは、向かう場所にあある策謀を、陰謀をことごとく粉砕する切り札だ。本来は出会わないはずの彼らを出会わせ束ねた者がいる」


「あっ、俺ですか!! 同じこと仲間にこの間言われたんで」


「そういうことだ! さあ、この地を発つがいい、名誉騎士オクノ。君は次代の英雄コールとなるだろう!」


「なるほど……!!」


 みんな俺を買い過ぎでは?

 解せぬものを感じつつ、残るモンスターの掃討に移る俺なのだった。


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