第四部 送還編

第116話 俺、バイキングと遭遇する

 カリナが、最近自分が割りを食っているのではないかと強く主張してきたので、もっともだと答えたのである。


 戦力的に異常に強くなってきたルリアに、ヒロインムーブが強くなったラムハ。そしてポイントポイントでお姉さんとして俺に癒やしとかを与えるアミラ。

 ルリアだけ方向性が間違っているが、確かにカリナはこの三人と比べると分が悪い。


「わたしは! ひいきされたいんですーっ! めちゃめちゃに、オクノさんに甘やかされたいんですー!!」


 むぎゃー!と騒いでじたばたするカリナ。

 甲板の上でぐるぐる回転している。

 だだっ子ブレイクダンスだ。


 かなり見事だったので拍手をしたら、照れながら立ち上がってきた。


「そういうことで、わたしを甘やかしてください。結果としてわたしがやる気になれば、団の戦力もアップですよ」


「なるほど、よし分かった」


 そんなわけで、カリナ甘やかし月間が始まった。

 何せ、船の上で他にやることも無いしな。


「じゃあ、まずは船に装備されたバリスタをカリナと一緒にマスターしてみようかな」


「いいですね! これ、ロープがついているということは水の中の魚を狙って、そのまま漁もできるということですよね? わたし、魚や海獣は撃ったことがないです!」


「よし、やってみよう」


 ここで、特別講師をお招きする。

 船のことなら何でも分かる、この道二十年のベテラン、キャプテン・オルカ先生だ。


「よーし、おめえら、俺が船に搭載されたバリスタってものをみっちり教えてやる! 何しろ、銃を手に入れるまでは遠距離武器と言うとこいつだったからな」


 バリスタをペシペシ叩くオルカ先生。


「ほうほう」


「なるほどです!」


 俺達はなかなか態度のいい生徒らしく、オルカ先生も上機嫌だ。


「ってことで撃ち方だ。見ての通りでかい。そして射程が長いし、撃ち出すものもでかい。こいつはこのハンドルで射角を調整するんだが、ちょっとずれただけで向こうでは全然違うところに炸裂するわけだ。だから、バリスタの上に針が出てるだろ? こいつが照準器だ。これで狙って……撃つ!」


 言葉と同時に、オルカがバリスタの引き金を引いた。

 でかいバリスタは、ずごごんと音を立てて矢を放つ。


 矢は水中に没したように見えた。


「命中です! すごい」


「なにっ、分かるのかカリナ!」


 俺には何も見えなかったのだ。




「じゃあわたしが教えます!」


 むふーっと鼻息を吹いて、カリナが俺の背中をよじ登ってきた。

 なんだなんだ。


「目線を同じにするためです! あそこ、魚は水面と同じ色をしてるんですけど、ちょっと見ててください。ほら、動いた」


 カリナが指差す先で、海の色をした大きいものが動いている。

 そこに矢が突き刺さっているようだ。


「そういうこった。じゃあ巻き上げ機で引き上げるぞー」


 オルカが宣言すると、リザードマンが寄ってきた。


「手伝います」


 リザードマン船員とオルカで、ぐいぐいと巻き上げていく。

 じたばた暴れる大きな魚が獲れた。


 さかなは甲板で〆られて、今日の夕飯になる。

 じたばたしてるのが、ビクンとなって動かなくなったので、甲板掃除していた明良川が「ぎょえー」と悲鳴を上げた。


「え、えぐい」


「ゆずりさんこれ持って調理室に行って」


「あ、あたしがぁ……!?」


「手伝うから」


「ひぃー。生臭いよう」


 リザードマン船員と明良川が、魚を持って調理室へ向かっていった。


 これを見て、オルカが俺達に、「な」と言ってくる。


「上手くやりゃ、おかずが増えることになる。それなりの腕は必要だから、並の船乗りじゃ無理だ。だが、お嬢ちゃんなら難しくないだろう?」


「ええ、もちろんです!」


 カリナ、自信たっぷりだな。

 俺はよく分からん。

 魚なんか海に飛び込んで、捕まえて絞め落とせばいいのでは?


 ああ、でも俺のスタイルだと、人喰い魚とかしか捕まえられないな。

 普通の魚は逃げるもんな。


「バリスタの練習と漁が一緒にできるのはいいですね! やりましょうオクノさん!」


「よーし、俺も弓と銃以外の飛び道具をやってみるか!」


 こうして、俺とカリナのバリスタ練習が始まったのだ。


 結果から言うと、カリナは猛烈な速度で上達した。

 俺はあんまり上手くならなかった。

 これはセンスの差と、どれだけ長く飛び道具に触れてきたかの差だな。


 カリナが素早く狙いをつけて、引き金を引く。

 すると、放たれた矢が風を切って水面に突き刺さるのだ。

 現れるのは、逃げようともがく大きな魚や海獣。


 海獣はセイウチに似ているな。

 結構なサイズだったので、巻き上げ機を使う時、俺とジェーダイの二人がかりになった。


「これは食いでがありそうであるな! 刺し身か!?」


「ジェーダイ、セイウチはアザラシの仲間でな、なんか癖があって肉は臭いらしい」


「わっはっは! 我はそれくらいの肉の方がいい! 臭かろうと酒で消してしまえるからな!」


 ジェーダイが豪快に笑った。


 リザードマン達が集まってきて、これを調理室に運ぶことになる。


「はい、ゆずりさんこっち持って」


「ぎえー! 魚は慣れたけどこれ動物じゃん! 無理無理無理ぃ!」


「仕事だから。持って」


「はぁい……。うえー生臭いよう」


 セイウチは引きずるようにして調理室へ運ばれていった。

 明良川も完全に船員として馴染んだようだな。

 リザードマン達とめっちゃコミュニケーションがとれてる。


「海獣をやっちまうとは、腕を上げたなあ嬢ちゃん。そろそろ俺は追いつかれそうだぜ。末恐ろしい……」


「ふっふっふ、わたし、弓の系統は大得意なんです!」


 カリナが胸を張った。

 むっ、ちょっと成長してきている。

 俺は時の流れを感じた。


「はっ、オクノさんの視線を感じます!」


「感じられてしまったか……」


「ふふふ……。もっと大人になっていくので楽しみに待っていてください!」


 カリナからの挑戦的な言葉を受けて、俺も深く頷くのである。


「楽しみにしてます」


 帆柱の影から、他の女子達三人がじーっと見ている。

 最近カリナが俺を独り占めしているので、そろそろフラストレーションが溜まってきているのだ。


 カリナ甘やかし月間も終わりであろう。


 そう思った矢先だった。


「何か来るよ!」


 見張り台から声が上がった。

 そこを定位置にしている日向が、警戒を要請してきたのだ。


 何かとは……。

 日向が指し示す方向を見ると、そこには船の姿が……。


「飛翔斬!」


 あっ、船が真っ二つに!!


「こらイクサ、暇だったからっていきなり斬撃を飛ばすのはやめなさい!」


「しかしオクノ。あの船は人骨を舳先に飾っているぞ。まともな船ではない」


「なにぃ」


 イクサの言葉通りだった。

 次々に姿を現す船。

 大きさはさほどではないものの、骨を飾ったり、色鮮やかな布や細工物で彩られたりしている。

 そのどれもが攻撃的なイメージだ。


「ああ、これが噂のバイキングですねえ」


「知っていたのかイーサワ」


「調べてきました。彼らは、略奪することで経済を成り立たせています。話は通じませんよ」


「なるほど。では戦闘だな」


 俺が呟くと、背後で一斉にうちの仲間が動き出した。

 うーん、蹂躙の気配。


「まずはわたしから行きますよー! えいっ」


 カリナが練習の成果を見せつけるように、バリスタを撃つ。

 放たれた矢からロープは切り離されており、それはどこまでも飛んで、一隻の船の帆柱を直撃した。

 帆柱が傾ぐ。


「あの距離を当てるかあ。さっすがカリナ……」


「えっへん」


 偉いのでカリナの頭をなでなでしておいた。

 ルリアが、ムキー!と叫ぶのが聞こえる。


 それと同時に、別の声も聞こえてきた。


「まさか、うちらバイキングが先制されるとは思ってなかったよ! 戦い慣れした連中じゃん! だけどうちらも舐められてるわけにはいかないんだよねっ!!」


 女の声だ。

 一艘の小舟が猛烈な速度でこちらに向かってくる。

 水の呪法だな、あれ。


 そして乗っているのは、バイキング達と、その先頭に立つ大柄な女。


 額から真っ赤な角を生やし、毛皮で作られた衣装と、盾と斧。


「けったいな船じゃん! だけど、そんだけ珍しいもの積んでるっしょ! うちが全部いただくよーっ!!」


 イクサはそれをじーっと見ている。


「裂空斬しても?」


「ステイステイ」


 俺に聞くだけ進歩したなーと思いつつ、舳先へと歩み出る。

 俺が衝角の前に立つと、小舟から女が跳躍した。


 彼女は口笛を吹く。

 すると強烈な風が吹き、彼女の体を舞い上がらせた。

 衝角の真上に女が立つ。


「うちは族長の娘、ミッタク! お前がこいつらのボスと見たよ!」


「そうだぞ。俺はオクノだ。あれかな? ボス同士で戦う感じ? 受けて立つよ」


「話が早い! 行くよっ!」


 てなわけで。

 北の海のファーストバトル、開始である。

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