第89話 俺、六欲天のいるところまで行く
(猫人の村に)来た、(落とし子を)見た、(落とし子に)勝った!
「ということでミッションクリアでは?」
「いやいや」
猫人がシリアスな顔で首を左右に振った。
これは猫人にも否定のジェスチャーなのかな?
「あいつらは何匹もいるんです。一匹を倒せば次々にやって来るでしょう。こいつらの相手をしてもらって、どうにか追い払ってもらえると……!」
「なんと! いっぱいいたのか」
「そうなのです。まさか倒せてしまうとは思わなかったのですが、次のは倒すまで行かなくていいです。相手をして、あいつらが満足して帰るまで対処してもらえれば……! 我々にはどうしようもないんです」
まさか複数いたとは。
それに、猫人の様子を見ると、どうも倒してしまったのが意外だ、みたいに思っているようだ。
「どうだい」
仲間達に話を振る。
「やろう」
イクサはそう言うよな。
しかも相手をしようというのではなく、殺ろう、という意味合いだろう。
ここはもっと人間的な意見を持った人の案を聞きたい。
「はい。いいかしら」
「はいラムハさん」
「落とし子は六欲天の落とし子なのでしょ? なら六欲天が大本なのだからそれを叩いたら?」
「なるほど」
とても頭のいいアイディアが出てきた。
いや、当たり前って言えば当たり前なんだが。
『ピピピッ! ソノあいでぃあハ、勝率95%デス』
「ダミアンがロボっぽいことを言ったなあ。その根拠は?」
『タブン大体成功スル気ガシマシタノデ』
「アナログな根拠だなあ……」
だが、これで方針は決まった。
「じゃあ六欲天を直接倒すので居場所を教えて」
「だ、ダメです」
猫人が焦った。
おや?
「それはどうしてかな」
にじり寄る俺。
怪しい、怪しいぞ。
「わ、我々猫人は、六欲天ヒエロ・ヒューガによって作られた種族なのです! 落とし子で我々を苦しめるとは言え、一応我々の神なので……!」
「もしかして、落とし子は今までも何回か出てきたりしてた? その度に人間から傭兵を借りたりして」
「はい。対処してもらっていました。ある程度相手をすると彼らはまた何十年か現れないので。まさか倒してしまえるとは……!」
「おっ、これは埒が明かないぞ。ラムハー」
「いいの? いいならやるけど。闇の支配」
「アッー。ヒエロ・ヒューガは密林の中央にいマス。ラムハ様の言うことはなんでも聞きマス」
よしよし、素直になった。
「では夜が明けたら、密林の中央に向かおうか。誰か詳しい人はいる? 道案内とか」
「私が行きマス」
よし、道案内もゲットだ。
「目的のためなら手段を選ばないわねー。ま、オクノなりに猫人達のためを考えての行動なんだけど」
ラムハが呆れ半分、笑い半分。
それに、アミラが応じた。
「そこがオクノくんのいいところなんじゃない? こういうの、正攻法でやろうと思ったら凄く時間がかかるでしょ? 私達のやり方って、異常なくらい速いショートカットじゃない」
「言えてる」
女子チームの中でもお姉さんな二人の会話、内容がとても大人なのだ。
ということで、昼過ぎ。
夜に活動していたから、目覚めが遅いのだ。
みんなで起き出してきて、飯を食って、橋が猫人達によって修繕されているのを見物する。
少しして落ち着いた頃合いに、いよいよ出発ということになった。
「ヒエロ・ヒューガ様のところに行く!? 正気か!?」
村長が驚愕して、俺達を案内する猫人に食って掛かった。
猫人、頷く。
「正気デス」
正気ではない。
ニコニコ微笑むラムハさん。
俺がお願いしたとは言え、いやあ怖い怖い。
俺達は猫人の案内を受け、密林の奥地へと旅立つのだった。
その道程は……まあ複雑怪奇だった。
密林は、天然の罠でいっぱいだったのだ。
底なし沼!
落とし穴!
倒木!
吊り天井!
……吊り天井?
まあ、全ての罠は俺とイクサの力づくでの解除に頼り、無事に進行していく。
細かな罠ならば、カリナの技が光る。
彼女の指先は器用なので、小規模な罠解除くらいならお手の物なのだ。
そして俺とイクサが盾になってダメージを受けると、アミラが回復させる。
どこで発生するか分からない罠は、俺がラムハを抱えて出ていき、わざと発動させて止める。
罠だらけのところは、ルリアを先行させてそれっぽいものを片っ端から排除させる。
ルリアの運の良さは、あらゆる罠の発動を阻害するレベルまで来ているのだ……!
因果律に干渉し始めてないか?
そして猫人も迷うような分かれ道の時、ルリアとダミアンが活躍する。
ルリアが棒を立てて倒し、その方向がどうかをダミアンが評価するのだ。
『タブン大丈夫ジャナイデスカ』
「お前アバウトだなあ……。いや、むしろ高度なのか」
我がパーティは鉄壁なのだ。
ということで、密林の最奥まであっという間に迫る……!!
そこは昼なお暗き、緑の深海の底。
「ダミアン、明かり」
『ソンナ機能ハアリマセン』
「ビームサーベルを灯せばいいだろう」
『アッソノ発想ハナカッタ』
こいつ、中に人間が入ってるのでは?
ビームサーベルを、ダミアンいわくトーチモードで発動する。
そうすると、ちょうど照明代わりになる。
『眩しい』
闇の奥から声が聞こえた。
『オレは寝ているのだ。まだ昼だと言うのに何事だ』
「ヒエロ・ヒューガか」
俺は闇の奥に声をかける。
すると、そこに一対の金色の光が生まれた。
『密林の奥に住まうのはオレ以外におるまいよ。そのオレを呼ばわる不遜な貴様は誰だ』
「俺はオクノと言ってだな。ほい、これ、ダグ・ダムドからもらった泥団子」
『おほう! ほうほう!』
祭具ローリィ・ポーリィを見せたら、ヒエロ・ヒューガが目をランランと輝かせた。
すっかり目が覚めたようだ。
『するとお前たちがあれか! 弱虫とは言え、あのウーボイドを殺した人間達か! ははあー。人間が我らを殺せるとはなあ。メイオーの神官めが手を下したのであろうと高を括っておったが……実在したのだなあ』
物珍しそうに俺をじろじろ見てくるぞ。
「いやいや、俺の話はいいから。あのさ、あんたの落とし子が猫人に迷惑を掛けてるんだ。なんとかならないのか?」
『あれはオレが見る夢の残滓よ。なんともならんな。今は眠い時期なのだ。眠くない時期になればすぐに消える』
「なんで夢からあんなのが出てくるんだ?」
『防衛反応よ。メイオーの神官どもが蠢いているのは知っておろう?』
「二人倒したぞ」
『うむ、あれらが危険故、オレは夢から落とし子をつくって警戒をして倒された二人の神官が……なにぃ────!!』
あまりに驚いたのか、ヒエロ・ヒューガが飛び上がった。
周囲の森が、みしみしと音を立てる。
『オレ、さっきまで寝ぼけてて本当に良かったぞ。目が覚めている状態なら、問答無用で貴様らに襲いかかってたわ』
「うむ、全面対決だったな。俺もなんかあんたが思ったよりも話せるんでびっくりしてる」
『寝起きで運動したくないだろ』
「わかる」
ちょっと分かりあう、俺とヒエロ・ヒューガ。
こいつも別にフレンドリーな訳ではなく、六欲天や三神官をぶっ倒すレベルの実力を持った俺達だから話ができているに過ぎない。
これまで積み上げてきた実績が物を言ったわけやね。
「それで、落とし子の件はどうにかなんない? 三神官のうち二人まではやっつけたんだからさ」
『まあ待て待て。口だけではなんとも。ちょっとお前、こっち来い。頭の中を読む』
「いいぞ」
「ちょっとオクノ!」
ラムハに止められた。
「どうしたの」
「どうしたもこうしたもないでしょ! 六欲天に頭の中を覗かれるなんて、よく許諾できるわね!?」
「いや、まあ、頭を切り開かれない限り大丈夫だろ? それにほら」
俺がイクサを指差すと、そこには臨戦状態ではない彼の姿がある。
「うちの敵意センサーが反応してない」
「それはそうだけど……」
『おくの、私ヨリでじたるデス』
「お前がアナログすぎるんだよ」
ってことで、ヒエロ・ヒューガのところまでやって来た。
まだこいつの姿は、一対の目以外は伺えない。
で、奴の目が俺の目を覗き込んできた。
『どーれ……。記憶を探るぞ……。検索キーワード、三神官……。うおーっ!! 本当に殺してるんじゃねえか!!』
すぐ終わった。
『よし、信じる。それからそこの女。オレはこんなところでだまし討ちはしない。だまし討ちをするなら、必殺の状況でやるぞ。ここでやったらお前らと全面対決だろうが』
「六欲天が律儀だなんて意外」
『オレは自己保身が一番大事なんだ。よし、分かった。落とし子をしばらく別の場所に放とう。猫人どもには、密林の北に行くなと伝えておけ』
「俺達も密林の北を抜けようと思うのだが?」
『は? 知るか。勝手に落とし子を倒しながら突き進め。オレはまた寝る』
ヒエロ・ヒューガはそう答えると、金色の目を閉じた。
気配が消える。
もう、この闇の中に六欲天はいない。
「……信用していいと思う?」
「いいんじゃないか? しっかし、ダグ・ダムドもメイオー復活に備えて栄養を蓄えてたし、ヒエロ・ヒューガは落とし子を出して警戒してたし、ウーボイドも生贄を取ってメイオー対策をしてたのかも知れないなあ。メイオー復活が真実味を帯びてきたぞ」
猫人の件はなんとなく解決し、俺達は次なる目的地に向かうのだ。
そう言えば今頃、海チームは何をしているんだろうか。
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