第65話 俺、デュエル時空に引きずり込まれる

「待っていたぞ多摩川ァ! 公衆の面前で投げ捨てられ地面に頭をめり込ませた屈辱! 俺は忘れていなかったからなあ!」


 ホリデー号が到着した港で、船と桟橋で向かい合う。

 見覚えがあるクラスメイトの男だ。


「お、お前は……!! ええと、名前!」


「海浜だ!!」


「海浜氏」


「違う! 今の俺の名は七勇者カイヒーン!」


「ええ……。海浜って呼べみたいに言ったのおたくじゃん……」


 全く、わがままな人には困ってしまうな。


「飛翔斬!」


「うぐわー!」


「あっ、またイクサが話の途中で攻撃した!」


「オクノ、悪党と言葉をかわす暇があったら一撃でも多く浴びせかけるべきだ」


「気持ちは分かる」


 カイヒーンと名乗ったクラスメイトは、血をだくだく流しながら立ち上がる。

 おお、元気元気。

 そして、奴の傷口がみるみる塞がっていった。


「おのれ卑怯な!! あの時の投げ技も卑怯な技だったに違いない!」


「真っ向からのプロレス技だぞ」


「ゆえに、俺たちは貴様に卑怯なことをさせず、断罪する技を手に入れた! 多摩川! お前をデュエルで叩き潰す!」


「デュエル?」


 俺は首を傾げた。

 なんで横文字がここで出てくるの?

 そしてこの会話を、黙ってみていない者がもう一人いた。


「話は終わったようだな。おいてめえ、この間はよくもやってくれたな」


 オルカだ。

 グルムルを従えて会話に加わってくる。


「俺は受けた恨みは忘れない男でな。ここで決着をつけてやるぜ!」


「なんだと!? 俺は多摩川と戦いたいんだ! 邪魔をするな!」


「俺がてめーをぶっ倒さないと気が済まないんだよ!」


 おお、これは困ってしまった。三角関係である。


「オクノ、さっさと片付けてきて」


 ラムハが俺の背中をぽんと叩いた。

 お前、気軽になー。

 相手だって強くなってるかもしれないし、それにオルカの気持ちとかなあ。


 考え込む俺だが、カイヒーンは待ってくれなかった。


「うるせえぞお前ら! 多摩川を殺したら、海賊、てめえの相手もしてやる! いいな!」


「……ということらしい。悪いなオルカ。お前の番ねえから」


「くっそー……!! 俺のフラストレーションはどうすりゃいいんだ!」


「キャプテン、ここは大人として若者に譲りましょう」


「ぐ、ぐぐぐぐぐ」


「もう勝ったみたいな雰囲気出してるんじゃねえ!! デュエル開始だ!」


 カイヒーンが宣言すると、奴の足元から魔法陣みたいなものが広がってきた。

 そいつが俺を巻き込む。


 ふーむ、外からは丸見えなのだな。

 だが、他人が侵入できない決闘場みたいなものが生まれるらしい。


「オクノー! 俺のぶんもやれー! やっちまえー! その化け物をぶっ倒せー!」


 オルカの情熱的な声援が聞こえるな。

 俺は右手をぶんぶん振り回す。


「思えば、一対一ってのは久々だなあ」


「ふん! お前らがいつもパーティで行動してるのは分かってるんだ。五花が見つけ出したお前の攻略方法がこのデュエルなんだよ。古代に編み出された儀式らしいぜ。連続でデュエルをすることで真に力があるやつを生み出すとかな、ふん! 俺に取っちゃ、これはお前を処刑するための儀式だ!」


 カイヒーンが槍を振り回した。


「そうか。よし、じゃあ行くぞ」


 俺は手四つの体勢で、じりじりと近づいていく。

 手四つというのは、お互いの手を真っ向から握り合って力比べするあれね。

 組み合って初めて手四つになる。


 だが、カイヒーンはこれに付き合うつもりがない。


「死ねえ!!」


 いきなり槍を繰り出してきた。

 無粋だ。


「ふんっ!」


 俺はこれは胸板で受け止めて、その柄を巻き込んで回転する。


「ドラゴンスクリュー!!」


「ぬおーっ!」


 回転に抗えず、体勢を崩すカイヒーン。


「ここでシャイニングウィザード……」


「食らうかーっ!! ぬおーっ!!」


 カイヒーンが叫ぶ。

 すると、奴の姿がみるみる膨れ上がっていく。


「オクノ! それだ! そいつは化け物に変身するんだ!」


「なるほど、オルカがやられたのはこれか」


 デュエルのフィールドが、海のようになる。

 俺は普通に立っていられるのに、カイヒーンの奴は体を潜り込ませることができるようだ。

 これはどういうことだ?


 カイヒーンが化けたのは、ジャイアントなロブスターの肉体にむきむき真っ赤な上半身を生やし、額からはロブスターの鼻先を思わせるような鋭い真紅の角を三本生やした姿だ。

 耳の辺りから、触覚が伸びている。

 手にしているのは、やはり赤く染まって巨大化した槍だ。


『見たか! これこそが俺が手に入れた勇者の力! 多摩川、これからがてめえの処刑ショーだ!!』


「処刑ショー? つまり棺桶デスマッチってことか。いいぜ。美味しいロブスターのお造りにしてやる」


 俺はファンティングポーズを構える。


「おい、正気かあいつ!? カイヒーン相手に体術で挑むのかよ」


「あの男は体術でこそ俺と互角に渡り合う。あれこそがオクノという男の真骨頂なのだ」


「海の生物に関しては私が詳しいので説明を手伝いましょう」


 後ろでオルカとイクサが解説してる。

 以降、実況のオルカと解説のイクサ、グルムルがお送りします。


「おっと、カイヒーンが仕掛けたぞ!? フィールドの中に潜って、あの巨体がオクノの背後からーっ! 奇襲だと!? 汚え野郎だ!」


「勝つためには手段を選ばんのだろう」


「海の生物は正面から戦う訳ではありません。そもそも戦いではなく、狩りです。勝たねば糧を得られないからこれは当然ですね。つまり、勇者カイヒーンは肉体とした生物に意思を引きずられていると言えるでしょう」


 グルムルの解説が的確だなあ。

 後ろから来たなら、これだ!


「ここにオクノ、バックスピンキックの応用か? バックキックで対応! 槍がオクノを襲うが……おーっと、これを担いでのフライングメイヤー! 真っ赤な巨体が宙を舞い、今フィールドに叩きつけられた!」


「一対一ならオクノが弱くなると思ったか? 俺たちの指揮をする必要がない今、あの男は全ての神経を目の前の敵との戦いだけに注げるのだぞ」


「身体構造が違うモンスターと、真っ向から格闘戦を行えるセンスは凄まじいものがありますね。バックキックで重心を崩して、そして投げたようです」


 俺は追撃のエルボードロップを叩き込もうとするが、これをカイヒーンは高速で後退して避ける。

 ロブスターの体だからできることだな!


『しぇいっ!!』


 槍が突き出されてくる。

 さらに左右から、ロブスターのハサミが襲ってくる。 

 正面、左右、避けられない同時攻撃だ!


「ブロッキングか……!?」


 俺は防御手段を考える。

 だがこの時、訪れた危機に俺の頭上へ電球が灯る。


 ピコーン!

『フランケンシュタイナー』


 俺の体が跳躍し、両側からのハサミを回避する。

 飛びながらえびぞりになり、槍を避けつつ……両足でカイヒーンの頭を挟み込む!


「そぉいっ!」


 跳躍からの落下の勢いを利用し、体を振り子のように回転させてカイヒーンの腹側へと大きく振った。

 これにより、てこの原理でカイヒーンの巨体を……投げ飛ばす!


『ぬぐわーっ!? 馬鹿なー!!』


 カイヒーンが宙を舞う。


『なんのおっ!!』


 奴はハサミを伸ばし、フィールドに突き立てて転倒を防いだ。

 その姿勢から、俺目掛けて槍を構え、


『死ねよやァーっ!!』


 槍の先端から放たれるのは、超高圧の水流!


「なんとぉーっ!!」


 俺はこいつをギリギリで掠めながら躱す!


「一進一退の攻防が続くーっ! 人間の肉体の限界を超えたカイヒーン、同時攻撃に高圧水流と、全てのスペックを使って襲いかかる! 改めて、とんでもない化け物だぜ。あのでかさでこの速度で動いてくるとか」


「だが、これに対応するオクノも大したものだ」


「懐に入られれば、大きすぎるカイヒーンでは対処しきれませんからね。いかにオクノ団長を近づけずに倒すかが彼の目的になります」


 なるほど!

 懐に入ればいいんだな!

 サンクス、グルムル!


 俺がサムズアップすると、リザードマンの解説者もサムズアップを返してきた。

 そう、これは俺とカイヒーンの一騎打ちではない。

 俺はチーム戦をしているのだ。


「やっちゃえ、オクノくーん!」


「オクノくん頑張ってー!!」


「オクノさん、相手はびびっています!」


「ええと……海浜くんが怪物になっちゃった……? ええ……? えっと」


「マキも応援すればいいのよ」


「あ、はい、ラムハさん。た、多摩川くん頑張って!」


「オクノ!」


 最後にラムハの声が大きく響く。


「やれるでしょ!」


「やれるに決まってるだろ!!」


 俺は突っ込んだ。

 

「オクノが行ったー! だが、これは無謀では!? 案の定、迎え撃つ高圧水流! オクノ肩を削る! だが……止まらなーい!! ハサミが、槍がオクノを襲う! カイヒーンの鉄壁の守り! こいつぁ、騎士団だって崩せるかどうか分からねえ守りだぞ! カイヒーンの懐が深すぎる!」


「深い懐なら浅くすればいい」


「一人連携、来ますね」


 槍を、両側のハサミを!

 同時になんとかできればカイヒーンの懐はがら空きだ!

 槍にドラゴンスクリューが有効なのは分かった。

 おそらく、ハサミにもだ。


 ならば……。

 全部ドラゴンスクリューすればいいだろう!


『幻影戦士術・トリプル・ドラゴンスクリュー』


 俺の体が一瞬ぶれた。

 新たな幻の呪法が生まれ、行使されたのが分かる。

 俺の体が一瞬で三人に分かれ、槍と右のハサミと左のハサミを抱え込んで回転する。


『な、なんだこれはーっ!!』


 三箇所を一度に回転させられたカイヒーンに抗う術はない。

 ロブスターの巨体がフィールドを離れ、宙でねじれて回る。

 一瞬早く着地した俺は、すぐさま跳躍する。

 既に、分身は消えて俺の体は一つ。

 一つあれば充分だ。


「シャイニングウィザード!!」


 飛び上がった俺の膝から太ももが、カイヒーンの頭にぶち当たる。


『ウグワーッ!?』


 カイヒーンの角がまとめてへし折れる。


 ピコーン!

『ムーンサルトプレス』


 俺の背後に、光の柱が出現した。

 これを駆け上がり……宙返りしながら、カイヒーンへと体を浴びせる!


『や、やめろー!?』


 カイヒーンが叫んだ。

 だがもう遅い。ムーンサルトプレスは急には止まらないのだ!

 俺のプレス技が炸裂する!


『ウグワアアアアアアッ!!』


 フィールドと俺にサンドされたカイヒーンの甲殻が、砕けて飛び散る。

 そして、奴の全身から眩い光が漏れ始めた。


『い、いやだ! こんなところで死ぬのはいやだ! 俺は、俺はまだやれる! 俺はもっと強くなって、強くなってこの世界で……! 俺は……何をしたいんだったっけ……?』


 一瞬素に戻った感じだった。

 そして、カイヒーンが爆発を起こした。

 巻き込まれた! 痛え!!


「やりやがった……。あの野郎、人間の技だけで化け物をぶっ倒しやがったぜ。あいつがどこまで通用するのか、見てみたくなってきたぜ」


 オルカの呟きのあと、ラムハの声が聞こえた。


「身一つで神様と戦ってもらわなくちゃいけないんだもの。もうすぐ、オクノの拳は神に届くわ」


 何かを期待しているみたいな響きだな?


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