第47話 俺、森の中に入る
なんだかんだで、イクサとの手合わせも終わった。
もう、ガチガチのガチの手合わせになった。
こいつに技を撃たせないように、至近距離まで一気に詰めての殴り合いなのだ。
あまりにガチバトルっぽかったので、日向が真っ青になっていた。
遊牧民たちはもう、ざわめきっぱなしである。
「ほえー、やっぱりイクサくんは強いねえ。オクノくんと正面からばりばりやりあえる人、他にいないよー」
「そうねえ。でもやり過ぎはよくないわ。二人とも、お姉さんが回復してあげるからこっちいらっしゃい」
「はーい」
俺はウキウキしながらアミラの近くに来た。
すると、別にそうする必要は無いのだが、アミラが俺をぎゅっと抱きしめる。
とても柔らかい。
「癒やしの水! はい、これで痛くなくなったでしょ」
「うん!」
俺がニコニコしながら頷く。
これは合法である。
ラムハがアチャーという顔をしているから、今回は見逃してくれるつもりであろう。
カリナは頬を膨らませて、抗議したげな雰囲気。
ルリアは鼻息も荒く、顔を真赤にして手を振り回している。
だが、癒やしの水を使ってもらうためには仕方ないのだ。
この呪法、多少遠距離からでも使えるが、今回は呪法師アミラの判断でこうしてギュッとハグすることになった。
これは仕方ない……!
「ちょっとアミラー! 離れなさいよー! いつまでオクノくんを抱きしめてるのー! 次はあたしー!」
「ルリアはオクノくんを抱きしめる理由がないじゃない。回復の呪法使えないでしょ」
「むきぃー!! く、くやしいー!!」
「わたしも大変悔しいです……!!」
ルリアとカリナが二人並んで地団駄を踏む。
なんだかんだで仲良しだなあ。
その後、アミラは遠距離からイクサを回復させて、女子たちから総ツッコミを受けていた。
アミラいわく、
「だってイクサくんには婚約者がいるじゃない。アリシアちゃんに悪いわ」
「気遣い助かる」
イクサが素直にお礼を言ってるので、誰も突っ込めなくなった。
この辺り、元人妻のアミラは人間的に一枚上手かもしれない。
そんなやり取りを経て、ついに森に突入することになった。
と言っても、みんなでぞろぞろと森の入口をくぐるだけだ。
遊牧民たちは羊を連れている関係で、森の中に住むことはできない。
この近くで暮らせるよう、森の民に許可をもらうという形になるんだとか。
「こーんにーちはー」
ルリアが森の中に向かって呼びかけた。
鳥の声とか、風が枝を揺らす音がするばかりで人の気配はない。
「イクサ、敵意とか感じる?」
「その気配も臭いもない」
イクサセンサーには反応しないか。
なら安全だな。
俺たちはわいわいと森の中に踏み入る。
すると、今まで何も反応がなかったと言うのに、突然俺たちの目の前で旋風が巻き起こった。
「風の呪法よ!」
ラムハが警戒を促す。
なるほど。
ここで俺の目の前に選択肢が出現する。
1・これは森に住む者からの警告だ。一旦森の外に出て、どういう手順で接触したらいいかを調べるべきだ。
2・この道を行けばどうなるものか。危ぶむなかれ。(中略)迷わず行けよ。行けば分かるさ!
「2!!」
選択肢が超長かったので番号だけ叫んで俺は飛び出した。
「オクノ、2ってなに?」
ラムハの質問には、にっこり笑って答えておくことにする。
俺の脳内の事情だ。
そして旋風へと突撃すると、明らかに向こうがびっくりした雰囲気があった。
風の呪法が俺に襲いかかる。
「ブロッキング!」
よし、ダメージは最小限まで軽減したぞ。
「俺たちは敵ではないぞ! 遊牧民が何か、森の隅っこに住ませて欲しいそうだ!」
俺は声を張り上げた。
風の呪法が消滅する。
少しして、森の奥から小さな影が歩いてきた。
「やれやれ……。切り裂く風に飛び込む馬鹿者がいるとは思わなかったよ……。そもそもなんであれに飛び込んで無事なんだい……? 呆れたタフさだねえ」
おばあちゃんだ。
フードを目深に被って、雰囲気たっぷりの先端がぐるぐる巻いた杖を突いてくる。
「キシアの森に住む民は、誰もが女神キシアの信者なの。彼女は恐らく、キシアの教えを伝える神官よ」
ラムハの説明に、フード姿のおばあちゃんは頷いた。
「いかにも、あたしはキシアの神官さ。森の魔女と呼ぶ者も多い。さっきの呪法を見たら当たり前だがね。遊牧民の件は理解したよ。メイオーが復活しようと言うんだ。民族の違いなんか乗り越えて、協力していかなきゃいけないからね。その辺り、王国やら帝国やら名乗っている連中は大馬鹿者だよ」
「ありがとうございます!」
俺たちと同行していた遊牧民代表が、礼を言った。
そして、おばあちゃんと彼とで森に住む取り決めの話をし始める。
これを横でじーっと見ている俺たちである。
しばらくすると話が終わった。
退屈していたイクサが、また俺に手合わせを提案してきた頃合いだ。
唐突に話が終わった気がしたが気のせいだろうか。
「あんたたち、森の前でやってたアレを森の中でやるんじゃないよ? 千年生きた大木だって巻き込まれたら終わりになっちまう。しかしまあ……なんだいあんたたち」
おばあちゃが俺たちを見回す。
「そこの男は、普通の生まれじゃないね。王国とやらの人間だろう? だが、その腕は異常だ。あんたは何かの宿命を負って生まれたね」
「ふむ、分かるのか」
イクサが驚いている。
おばあちゃんの人を見る目は確からしい。
「あんたはいい腕をしてる。何年かして成長したら世界最高の弓使いになれるだろうけど、世の中はそれまで待ってくれないだろうね。あんたは今のままで、世界最高の弓使いにならなくちゃいけない」
「がんばります」
カリナが鼻息を荒くした。
世の中が待ってくれないというのはメイオー復活のことだろう。
「あんたは異世界から来たね。力はあるようだけど心が揺らいでる。それをどうにかしないと、魔の者に魅入られるよ」
「うっ、そ、そうですか……」
日向がごくりと喉を鳴らした。
まーた緊張してる。
「あたしは? あたしは?」
ウキウキしている感じのルリア。
おばあちゃんはちらっと見た後、
「ふつうだね」
と言ったので、ルリアががっくりした。
何の運命にも導かれてないくせにここまで当たり前みたいな顔してやって来た村娘は、普通に凄いと思うが。
ちなみにアミラも普通だった。
そして、ラムハを見た瞬間、おばあちゃんの表情が変わる。
「闇が濃くなってきてるね。あんた、分かってるのかい。このままなら……」
「ええ。でも、前に進むしか無いもの。それは彼が教えてくれたから」
ラムハが俺を見た。
「よくわからないがその通りだぞ」
俺はそれっぽいことを言っておいた。
「ならいいけどね。だけど、並の人間じゃあんたの運命を受け止めきれない。いや、かの英雄コールだって受け止められるかどうか……。こんなよく分からない男にそれができるとは……。おや? あれ? はい?」
おばあちゃん。俺をしげしげと眺めながら、今まで出してなかった素の声を上げるのはやめなさい。
「なんだいこのステータス。変だよ」
「ひどい! もっとオブラートに包んでくれ」
「ははあー。見たことも聞いたことも無いねえ。あたしにはあんたのことはさっぱり分からないよ! 何も分からないねえ! あっはっは! こりゃあ痛快だ! キシア様に仕えて何百年も生きるあたしが、さっぱり分からない奴がいるなんて!」
こりゃあ傑作だとばかりにおばあちゃん爆笑。
あと、この人、なにげに他人のステータスが見れるのだな。
実はすごい人なのでは?
「分からないのはいいので、さっきから俺たちを品定めしてるのはなんでなの」
俺はここで、根本的な質問を投げてみた。
「そりゃあ、この森を通せる人間かどうかを判断するためさ」
「ははー。通れる?」
「そこの闇を纏った娘を、あんたが御せるというなら通ってもいいだろうさ。この旅路は封印されていた闇を解き放つ旅でもあるよ。いつかあんたは、神々すら救えなかった闇と対峙することになるだろうさ」
「なるほど」
「あんた何も分かってないだろう?」
「ぎくっ」
鋭いおばあちゃんだ。
「ああ、だから通っていいさね。あんたはどうやら無意識でその気があるようだ。本当に変な男だねえ! それから!」
おばあちゃんが、俺の傍らの何もないところを撫でた。
「あんた、幻術の使い手だね。それも凄腕だ。それが、実体を持って現実に影響を及ぼせるような幻を何度も呼び出しただろう。あんたの傍らで、世界が歪んできてるよ」
「世界が歪みましたか」
さっぱり分からん。
「つまりね、あんたに懐いちまった幻が、実体と非実体の境目でふわふわしてるのさ。これはサービスだ。あたしがそいつをしっかりさせてやろうじゃないかね」
「しっかりと言うと」
「こうさ! パーマネンス!」
おばあちゃんが呪法を使った。
これは水の呪法かな?
すると、俺の横に何かが現れる。
「わおーん」
「あっ!! お前はオルトロス!」
「わんわん!」
双頭の魔犬オルトロスは実体化すると、嬉しそうに尻尾をぶんぶん振った。
そして俺に飛びかかってきて、顔をペロペロ舐めてくる。
「わんちゃんが出てきた!!」
「幻を実体にするなんて……」
女子たちの驚く声が聞こえる。
だが、俺はそれどころではなかった。
「オルトロス……!! お前、もふもふだなあ……!!」
これは撫で回さねばなるまい……!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます