第32話 俺、名誉騎士になる

 辺境伯領の部外者である俺が、六欲天を退けてしまった。

 だが、やったもんは仕方ない。

 いいことをしたんだから賞を与えるべきだろ、という話が、貴族たちの間で盛り上がったようだ。


 なので、俺は今、慣れない礼服を着せられて大観衆の目の前にいるのだ。

 なぜだーっ!


「タマガワ・オクノ!」


「うい」


 イーヒン辺境伯の呼び声に応えて進み出ると、観衆がわーっと盛り上がった。


「貴殿は六欲天、ダグダムドと戦い、これを退け、さらには不可侵の盟約を結ぶに至った。この功績、英雄コールに準ずると考え、この叙勲を行うものである!」


 イーヒン辺境伯領は、王都から遠く離れている。

 ということで、彼にはいろいろな権限が与えられているんだそうだ。

 その一つが騎士の叙勲。


 貴族としての騎士爵じゃなくて、あくまで家臣としての騎士だけどな。

 それでも、平民を取り立てて騎士にすることが許されてるんだそうだ。

 ちょうど今の俺みたいに。


「皆の者! かの者にコール特別勲章を、そして名誉騎士の地位を授ける!!」


「おおおー!」


 盛り上がる辺境伯領の人々。

 俺はよそ者なのだが、その実力を彼らの前で見せつけた。

 しかも、廃太子とは言え王子イクサのマブダチであり、イーヒン辺境伯から陣形の技を習い覚えた弟子……みたいな感じになっている。


 もう、かなり凄い特別扱いをしていい人間らしいのだ。


 六欲天討伐の時、辺境伯に反対していた貴族たちも満足そうに俺を見ている。


「辺境伯領、なんか力の法則が未だに支配してるのな……!」


 強いものは偉い、さらに正しい行いをしたならもっと偉い、という感じの思想を感じる……!

 俺は礼服の上から仰々しい勲章を付けられ、さらにはなんか紅白のおめでたい感じのタスキを掛けられてしまった。

 この世界の文字で、名誉騎士、とでかでかと書かれている。


「かっこわるうーい」


 俺はとても困った。

 そしてそんな俺をよそに、式場が移る。


 ぶち抜かれた城壁の前で、パーティーが始まるのだ。

 上品な舞踏会みたいなパーティーではない。


 火にかけられた鉄板があちこちに並び、そこに分厚い肉の塊がガンガン乗せられる。

 ちょろちょろっと野菜も乗せられる。

 これを好きなだけ焼き、大皿に乗せられた肉塊を自分のナイフで切り、適当に塩を振って食うパーティだ!

 ワイルド過ぎる!!


「大盤振る舞いをしたものだ。オクノ、皆は喜んでいるぞ」


 こちらも礼服を纏ったイクサが、ナイフの先にでかい焼き肉を突き刺したまま現れた。

 こいつは金髪長身の美形なので、礼服がとても似合う。

 ちょっと羨ましい。

 あと、肉汁が垂れて礼服が汚れてますよ……。


「辺境伯領のパーティーって、バーベキューのことだったのか……」


「何を言う。ユート王国のパーティーは常にこうだぞ。帝国がおかしいだけだ。あんな少ない料理を皿に載せて、音楽を聞きながらちょびちょび食べるなど」


「ユート王国も大概バーバリアンっぽいんだな……」


 食文化は帝国の方が発達してるっぽいぞ……!

 ということで、郷に入れば郷に従えとも言うので、俺も肉と野菜を食べることにした。

 日本人たるもの、ご飯が欲しくなる。だがこの世界にお米はない。

 なので、中央のテーブルで山盛りになった丸いパンをかじり、肉をかじり、野菜をかじる。

 礼服が汚れる汚れる。


「後で洗うからいいのだ」


 イクサはそう言いながら、豪快に肉を食った。


「オクノくーん! みてみてー!」


 ルリアの声がしたので振り返ると、そこにはきらびやかなドレス姿の女子たちが並んでいた。

 うひょー!!


「ふふーん、どう? どう?」


 ルリアは活動的なイメージの、ブルーのドレス。肩が出るタイプですな。

 正面に切れ目が入ったスカートから、健康的な太ももがちらちら見える。えっちだ。


「オクノくんもとっても似合ってるわよ。日々前線で鍛えているから、体も大きくなってて貫禄もあるし」


 アミラは赤いドレス。片方の肩で支えて、もう片方は首筋から鎖骨から肩までむき出しの感じ。

 うーむ、えっちだ。


「ついに地位も手に入れましたね! これはオクノさんが婿になることで、王国とも和解の道が開かれるかも知れません」


 カリナはフリフリがついた、可愛らしい緑色のドレス。

 健康的だね、うん。えっちではないが、そういうのはカリナには早いよね。

 俺がニコニコしながら頷くと、カリナは周囲の女子たちを見回し、目を吊り上げた。


「なんだか、わたしに向けられる視線だけ違います! なんでお父さんみたいな目で見てくるんですかー!!」


「ハハハ、ポカポカ叩いてはいけない。ナイフに刺したお肉が落ちちゃうじゃないか」


「本当に、名誉騎士になったのにいつもどおりよね、オクノ。でも、そこが貴方らしいと思うわ」


 真打ち登場なのだ。

 黒と白を織り交ぜたようなドレスを着たラムハが、最後に現れる。

 エッッッッッ!!


 胸元から上がむき出しなんですけど!

 どうやってあのドレス、胸を隠す形で全体を支えてるんですか!?

 それと、普段はローブに覆い隠されたラムハさんのおっぱい……。

 やはりでかい。


 うーむ……!!


「オクノくんがラムハを凝視してる!」


「ちょっとオクノくん! 大きさだけじゃないわよ!」


「将来性も見てください!」


 わあわあと女子たちが言いながら、俺をぺちぺち叩く。

 いたいいたい。

 だがすごくモテ期を感じて俺は爽やかな心地だ。

 ああ、ここは天国だったのか。


「イクサ様。ご挨拶が遅れてごめんなさい。それから、おかえりなさいませ。この度は手柄を立てられたとか。アリシアはとても嬉しく思います」


「ああ。君も元気なようで何よりだ」


 むっ!

 横からなんか、キラキラした会話が聞こえる。

 そこでは、金髪美少女とイクサがなんか話している。


 これは、女子たちの間から抜け出して聞きこまねば。

 だが、この包囲網を抜けるのは容易ではない……。


 ピコーン!

『スライディングキック』


「ツアーッ!!」


 俺は女子たちの間を、地面を滑りながらの鋭いキックで抜けた。


「あっ、オクノくんが逃げた!!」


「新しい技を閃いてまで逃げたわ!」


 俺はイクサの真横でスッと立ち上がる。


「イクサ、そこの金髪ちゃんは一体……?」


「アリシアだ。イーヒン辺境伯の娘で、俺の許嫁だ」


「ほうほう、許嫁……いいなずけ!? ヒエーッ」


 素で声が出た。

 お前、そういうのに興味ないと思ってたのに、そういうのがいたのかー!

 ヒエーッ!


 ああ、でも元王子なんだし、辺境伯の養子になったんならこいつが次の辺境伯になるってのもアリなのか。

 そんな立場なのに帝国まで行って、剣士として雇われてたイクサ。

 自由だなあ。


「正しくは、元、許嫁だ。俺は既に王太子ではないからな」


「イクサ様……! アリシアはあなたの立場を愛したのではありません!」


「あっ、空気がシリアスだ!」


 俺はたじろいだ。

 こういうのは大変苦手なのだ。


 向こうから、凄い勢いでアミラとラムハがやって来た。

 俺の両腕をがっしり捕まえる。


「オクノくんがいたら雰囲気壊れちゃうわねー」


「オクノ、自分の空気ブレイカーな性質をもっと理解すべきだわ」


「そ、そうですか……むむむっ両腕に柔らかい感触がーっ!!」


 ということで、連行されていく俺なのだった。

 その後、入れ代わり立ち代わり、俺に挨拶しに来る騎士たちの相手で忙しくなった。

 途中、騎士のアベレッジが来たので談笑することになった。


「オクノ殿はいつまで滞在されるのですかな?」


「どうかなあ。なんか適当な感じでここまで流れてきたので、特に決めてないです」


「ははあ。では、もう少し残っておられれば、トノス王子とお会いできますぞ!」


「トノス王子?」


 アベレッジが、ちらりとイクサを見た。


「イクサ様の弟君であらせられます。次期国王、トノス王子ですよ」


「ほうー!」


 元王子と、現王子、複雑な感じの兄弟関係ではないか。

 どうも面倒そうな香りがするぞ……!


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