第8話 俺、意味ありげな歌を聞く

 酒場を離れて部屋に行く前、ちょっと気になることがあった。

 酒場の隅に、やたら派手な服を着た男がいて、ギターみたいな楽器を手にして俺に微笑みかけたのだ。


「一曲どうです?」


「ええと……もしかしてあなた、吟遊詩人?」


「その通りです。銀貨一枚で一曲奏でますよ」


「それじゃあ」


 俺は彼に銀貨を一枚手渡した。

 この時、一緒にいるはずの女子たちの気配はなくて、ラムハだけが隣にいるような感覚になっていた。


「あなたが彼女を伴っていることは何かの運命なのでしょう。ならば今宵は、運命にまつわる歌を捧げましょう。おお、創造神キョードウが降り立つ、混沌の泥土に……」


 それは、この異世界、キョーダリアスの神話だった。

 創造神キョードウが世界に降り立った。

 彼はずっと一人きりで、やがて寿命がやって来て息絶えた。


 キョードウの肉体からは、幾柱もの神が産まれる。

 左腕からは、神々の盟主ワシカータ。

 右腕からは、滅びの神メイオー。


 胴体からは、大地の女神イシーマ。

 右足からは、狩りの女神キシア。

 左足からは、夜の女神ハームラ。


 キョードウの骨は冥府の神、ザップ。

 その目は、海の神ミガナク。


 七つの神が生まれ、彼らは共に暮らし、やがて決別し、争うようになった。

 全ての神々を敵に回し、メイオーは世界を滅ぼそうとした。

 神々は力を結集し、メイオーを封印する。


 メイオーの邪気に当てられ、夜の女神ハームラが乱心する。

 ワシカータはハームラに、夜空の指輪を与え、彼女の力を封印した。


 今では、ハームラは夜空に輝く月となって、永遠にキョーダリアスを巡っているという……。


「情報量が多すぎてよく分からん」


「オクノは異世界人なのだもの。分からなくても仕方ないんじゃない?」


 そう言ったラムハの顔は、何か思いつめているように見えた……気がする。


「ラムハ、顔色が悪いが大丈夫か? なんなら俺が介抱して……」


「結構よ! 女子部屋と男子部屋分けたからね! 夜這いしてきたらコロス」


「ヒェッ」


 恐ろしい目で睨まれた。

 いつものラムハだ。


 安心安心。


「吟遊詩人さん、ありがとう。なんかよく分からなかったけど、いい曲だったよ」


 最後に、吟遊詩人に礼を言う。

 彼は笑いながら、


「あなたに運命の導きがあらんことを。停滞した世界は、新たな一滴が掻き回し、やがてまた動き始めるでしょう。あなたには期待しています」


 わけのわからない事を言った。

 なんだこいつ。


 ラムハに意見を求めようとしたら、彼女は先に歩いていってしまっている。

 俺は詩人に一声掛けて去ろうとした。

 すると、もう、吟遊詩人もいなくなっているのだ。


「早業すぎる。いつ帰ったんだよ」


 妙な吟遊詩人だった。

 その割に、きっちりお代はもらっていったなあ。





 夜は女子部屋と隣り合わせになり、俺は個室で悶々と過ごす……こともなく、旅の疲れで爆睡した。

 いやあ、ベッドって本当にいいものですねえ!!


「絶対、オクノくんの性格なら夜這いに来ると思ったのに、来なかったぁ」


 翌朝、恨みがましいめでルリアに睨まれた。


「一晩中待ってたのにー」


「それはすまんことをした。だけど俺も命が惜しかったんだ」


 ラムハがギラリと目を光らせる。

 すると、アミラがクスクスと笑った。


「ルリア、ベッドに潜り込んだらすぐに寝ちゃったじゃない。オクノくん、気にしなくていいわよ」


「アミラひどーい。そりゃあ、久々のおふとんで爆睡しちゃったけど」


 ルリア、お前は俺か。


「ベッドは落ち着きませんでした。馬車で眠っていたほうが、草の香りが感じられてわたしは好みです」


 カリナがちょっとひねくれた意見を言う。

 五人での朝食は、宿の朝定食だ。

 パサパサした灰色のパンと、クズ肉と野菜のスープ。

 これに、別料金で牛乳が頼める。


「牛乳うめえ」


 ぐびぐびやりながら、パンをスープにつけて柔らかくして食べる。

 いける。

 馬車の中では、人さらいどもが持ってた保存食ばかりだったからな。


 あれ、塩辛くてパサパサしてて、すげえ体に悪そうなんだもん。

 宿の朝定食は、女子たちにも評判だった。

 割とみんな、豪快にもりもり食べる。


 異世界の女子はワイルドなのだ。


「今日の予定だけど、このまま街道を南下してセブト帝国に向かう、でいいわね?」


 誰よりも早く食べ終わったラムハが、本日やることの確認を取ってくる。

 牛乳をお代わりした俺は力強く頷いた。


「ああ。サクサク解決しよう。今まさに、ハーレムに入れられそうになってる女の子がいるかも知れないしな」


「私たちの状況も、傍から見たらハーレムかも知れないけど?」


 ラムハがいたずらっぽく言うと、女子たちが一斉に俺を見た。

 えっ。

 この手出ししたくても手出しできない状況がハーレム……?


「ハハハ、ご冗談を」


 俺は笑った。

 こんなもんは笑うしか無いのだ。

 もしこの状況でハーレムがあるとすれば、晴れて女の子に手を出すことが解禁された時であろう!


 今は、淑女協定みたいなのが結ばれており、不純異性交遊は禁止になっているのだ。

 これを破ろうとして俺に夜這いしてきたルリアが、簀巻すまきにされて朝まで転がされてから、淑女協定は鉄の掟となった。

 ちなみに当然ながら、ルリアを巻いたのはラムハである。


「実際には違うようにしてるけれど、他の人が見たらそう見えるのよ。だからこれって、実は利用できるかなって思うの」


 おや?

 この状況をからかうだけではない、ラムハの発言。


「そりゃ一体どういう意味だ? ハーレムみたいな状況が利用できるって……」


「これからセブト帝国に侵入するでしょ? あの国、権力や財力がある者はたくさんの妾を抱えていたりするの。これ、男女関わらずね。お金持ちだったり権力のある女は、若い男をたくさん召し抱えていたりするわ」


 これを聞いて、さすがの俺も顔をしかめた。


「金が力、みたいな国だ……。怖い怖い」


「下品ねえ。男は頼りがいと、セクシーさよね、やっぱり」


 アミラが俺の胸元に、つつーっと指を這わせてくる。

 男子高校生の劣情を煽らないで下さい! 男子高校生の劣情を煽らないで下さい!


「あら、残念。でもお姉さん、オクノくんが戦っている姿はとってもセクシーだと思うの」


「そ、それはどうも……」


 ラムハがギラリと目を光らせる。

 ルリアは不満げに口をとがらせた。


「ぶー。アミラずるいよー。もし手出ししたら、アミラも簀巻きだからねー」


「分かっているわよ。お姉さん、ちゃんと正攻法で昼から迫るから」


「時間帯は関係ないのでは……?」


 一人、先に朝食を終えたカリナが冷静にツッコミを入れた。

 最年少が最も大人かもしれない。


「はい、注目!」


 ラムハが手を叩いたので、素直に注目する俺たち。


「オクノを、豪商のボンボンに仕立て上げるわ」


「ボンボンって?」


 ルリアが首を傾げた。


「ボンボンは、バカ息子みたいな意味ね。で、私たちは彼の妻。正妻役は私」


 ここで、残る女子三名が立ち上がり、一斉にブーイングをした。

 こわい!


「ラムハさー、それはあたしも見過ごせないなー」


「お姉さんにも譲れないものはあるのよねえ」


「わたし、その立場がほしいです」


 四人の間に火花が散る。

 仕方ない。

 ここは、俺が一肌脱ぐしかないだろう。


「よし、みんな。フェアな勝負で決めよう……! これは、『いっせーの』という遊びでだな、その人間の観察力、直感、ハッタリなどを駆使した人間力の戦いになる。この決定方法で行こう」


 女子たちが真剣な顔で頷く。

 みんな、そこまでして俺の正妻に……?

 ……いや、待てオクノ。


 そもそも手出しを禁止されている俺が、女子に取り合われるほどモテているわけがないだろう。

 これまでの人生で、そんな美味しいシチュエーションは皆無。

 冷静だ、冷静に行け……!


 一人、自問自答する中、女子たちは全身全霊でいっせーの、に挑むのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る