三十路女勇者の婚活事情
稀山 美波
三十路女勇者の次なる戦場
今から10年前、この世界は闇に包まれた。
突如として宙に大きな裂け目が生じ、そこから魔の者が押し寄せた。『魔王』と呼ばれた奴らの親玉は、別の世界から来たと語り、この世界を侵攻すると宣言した。宣言通り、魔王は空を暗黒の瘴気で覆い、世界は混乱と絶望に飲み込まれた。
しかしそれも昔の話。現在の世界といえば、それはそれは平和そのものだ。空は青く、木々は深緑、小鳥は
「えー、それでは開催時刻となりましたので始めさせていただきます!司会進行は私――」
魔王が猛威を振るっていた時期に、このような催しが開かれるなど、誰が想像しただろうか。民草は皆、怯え、震え、今日を生きることに精一杯だった。それがどうだ、ここにいる人々は、明日を夢見てこの場所に足を運んでいる。
この風景を見ると、世界を救った甲斐があったと、改めて思う。
「ではまずは自己紹介タイムです!各テーブルごとに、女性側で番号の若い方から始めていきましょう!」
魔王を討ち、世界を覆う瘴気を払い、世界に平和を取り戻したのは他でもない、我ら勇者一行だ。国軍も手を焼いていた魔王軍だが、一騎当千の我らはそれをいともあっさり撃破した。魔王の襲撃からおよそ2年、予想以上にすんなりと世界を取り戻したのだ。
一行を率いていた我は、後に『勇者』と呼ばれ、世界中から称賛を浴びることとなった。ただ一度の敗北も知らず、ただ一度の逃走もない。そんな我を、人々は『百戦錬磨の女勇者』と呼ぶ。
「はあい、じゃあワタシから自己紹介しまあす。ワタシは――」
しかし、世界を取り戻しもなお、我は体の疼きを抑えることができない。
我の体は常に新たな戦場を、闘争を求めている。常在戦場、常に我の身は戦場にこそ在るのだ。
この甘ったるい声をした若い女も、それを見て鼻の下を伸ばす男も、笑顔を絶やさぬ司会も、何もわかっていない。
ここは戦場、血で血を洗う、地獄の一丁目。気を抜いたら最後、出し抜かれて地獄へ落ちる。そんな合戦場なのだ。味方など1人もいない。信じられるのは己のみ。
「じゃあ次は……」
「ど、どうぞ……」
円卓の傍らで立つ者たちの視線が、一斉に我に集まる。
さあ、戦だ。
闘争を終えてなお、我の身は闘争の渦中にあり。
「リリアーナ・ヴァン・ヘルクレイツァ。30歳。職業は勇者、趣味は鍛錬だ。強い雄を求めてここにきた。我の自慢は――」
惚れ惚れとする完璧な自己紹介の最中、我は机の上に置かれてたデザートのリンゴを手に取って――
「女子力だ」
満面の笑みで、それを握りつぶした。
「…………」
「以上だ」
我の『女子力』に圧倒され、円卓は一気に静まり返る。
自己アピールを完璧に遂行した我は心の中でガッツポーズを決め、さらに拳に力を入れる。シャリ、と更にリンゴがひしゃげる音が、辺りにこだました。
我の次なる戦場は、婚活パーティ。
次なる獲物は、強い雄。
通称『百戦錬磨』の婚活戦歴に、今日も新たな黒星が刻まれた。
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