第15話 夏の思い出

 夜の河川敷。

屋台が並び、浴衣姿の人で賑わう。


黒い浴衣を着た大智が橋の上で川を眺めている。


「高倉くん。」


振り返ると、そこには鮮やかな赤色の浴衣を着た美緒が立っていた。


髪は編み込んであり、後ろにお団子をつくっている。かんざしを刺し、凛とした美しい姿だ。


「似合ってる。」


大智はとっさに呟いた。

素直に喜ぶ美緒。

大智の袖をつまみ、歩き出す。


屋台で金魚すくいを楽しむ2人。


「あー惜しい!」


「あははは!」


はしゃいでいると、美緒が何かを見つける。

人混みの中に晴人はるとの姿が。


「どうした?由乃よしの。」


大智は不思議そうに美緒を見つめる。


晴人はるとの両側には浴衣姿の女性がいた。しかしそれは沢野ではない別の女性だ。

笑顔で楽しむ晴人はるとにらむ美緒。


由乃よしの?」


「高倉くんはさ…」


「ん?」


向こうを見ている美緒の言葉は、大智には聞き取れなかった。

美緒は振り返ると笑顔だった。


「んーん!何でもない。いこ!」


美緒は大智の手を引き、晴人はるととは違う方へと去っていった。



 明るい屋台の方からは少し外れて、人気の少ない暗がりの道まで歩いてきた。


由乃よしの…どした?」


黙々と歩く美緒を心配する大智。

すると突然美緒が口を開いた。


「キスして。」


「え?」


「キスして!」


「どうした?やっぱり何か…」


大智は前を歩く美緒を追い抜き、顔を見つめる。その目には涙が溢れていた。


由乃よしの…?」


美緒は浴衣の袖で涙を拭いた。


「ごめん…。大丈夫。」


大智はその場でしゃがみ、美緒の左手を両手で優しく包み込んだ。


「大丈夫。大丈夫。」


優しい声で美緒を落ち着かせる大智。


「怖いの。いつかこんな日常が、嘘だったみたいに壊れるんじゃないかって」


由乃よしの…。」


再び溢れる涙。


「今こうやって、高倉くんと一緒にいられることが幸せで、その反面不安も大きくて、こんな気持ち…今だけなんじゃないかなって…。」


大智は美緒の手を引き寄せ、強く抱きしめた。

その瞬間、大きな花火が空に打ち上がる。



「先のことなんて…、俺にも正直わからないよ。」


美緒の耳元で囁くように話しかける。


「だけど、それでも一緒にいたいから…今おれはここにいる。」


花火の音が響き渡る。


「俺は…今も、きっとその先も、由乃よしのと一緒にいたいって思う。だからもう泣くな。」


大智は抱きしめていた美緒を離し、両肩に手を置いた。


「好きだよ。…美緒。」


「名前…下の名前…。」


涙が止まらない美緒をみて、微笑む大智。


「もう、喋らなくていい。」


大智は美緒にキスをした。


花火が打ち上がる中、何度もキスをした。

美緒は大智の首に腕を回し、強く抱きしめた。




 花火が終わり、真っ暗な夜道を歩く二人。

手を繋いで空を見上げる。


「花火…終わっちゃったね。」


「そうだなぁ。」


真っ暗な夜道には、下駄の音が響く。


「美緒、目つぶって。」


「え?」


急に足を止めた大智。振り返る美緒。


「いいから!はやく。」


言われるがままに目を瞑る美緒。


下駄の音が近づいてくる。


「いいよ。目開けて。」


目を開けると、目の前に大智はいない。


美緒の後ろにいたのだ。

振り返る美緒。

首元に違和感がある。


そこには見覚えのないネックレスが付けられていた。


「え?なに?これ」


「プレゼント。誕生日の…。」


少し照れ臭そうにする大智。

笑顔が溢れる美緒。


「ありがとう。…大智。」


「なんか、照れるな。」


二人はその場でもう一度キスを交わした。

今度は美緒の方からだ。


「今までで1番幸せな誕生日。」


そう呟くとまたキスをした。



『今日は今までで1番幸せな誕生日になった。

そして今までで1番キスをした日にもなった。

この日は一生忘れることのない日になるだろう。

何故なら…


この日を境に大智は

私の前から居なくなった…。』


 



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