第14話 浴衣

  夏休みは、あっという間だ。

楽しみに待っていた日々とは裏腹に、

ただただ時間が過ぎていくだけの毎日。


今日もリビングのソファーで寝転がる美緒。

エアコンの涼しい風が、美緒の身体を駄目にする。

家には誰もおらず、それを止める者はいない。


仰向けで携帯を操作する。

画面のカレンダーを見る。


「もう8月か…。」


気がつけば8月。

外はセミの声が鳴り響き、暑さを倍増させているようだ。


「浴衣…買わなきゃなー。」


胸の辺りに携帯を置き、独り言を呟く。


「よしっ」


そして勢いよく立ち上がった。




 「で、なんで私なの?」


「沢野さん、清潔感あるからさ!浴衣選んで欲しいなぁ、なんて。」


店にはさまざまな浴衣が並ぶ。


「私が選んだ浴衣でいいの?」


「…1人じゃ選べないからさぁ。」


美緒のお願いに呆れながらも、店の浴衣を見渡す沢野。


「少し攻めた色でもいいと思う。」


「え?」


「赤でいこう。」


そういうと美緒の手を引き、試着室へと連れ出した。


「ちょ、ちょっと!沢野さん?!」


数分して試着室のカーテンから顔を覗かせる美緒。


「出来た?」


「…うん。」


「もっと自信もって。」


美緒は恐る恐るカーテンを開けた。



 夕暮れ時の街路樹。

浴衣が入った大きな袋を手に、美緒と沢野が歩いている。


「ありがとね、沢野さん。」


「別に、暇だったから。」


相変わらずサバサバしている沢野に美緒が質問する。


「沢野さんは行かないの?花火大会」


「行くよ。私は浴衣持ってるから。」


「青山くんと?」


「私は家族と。」


意外な答えに少し驚く美緒。


「へぇー。そうなんだ。」


「彼と行かないんだって思った?」


図星を突かれ、動揺する美緒。


「あ、いや、えっとー…」


「言ったでしょ、遊びだって…」


『私の恋愛なんて、ただの遊びだから』


あの時の言葉が美緒の頭によぎる。


「それって、どういう意味?」


美緒にはそれがどういうことなのか

わからなかった。

沢野は表情を変えず答えた。


「青山のことは何とも思ってない。」


思わず足を止める美緒。

それに合わせ沢野の足も止まる。


「高校生の恋愛なんて、そんなもんじゃない?適当に付き合って、すぐ別れてまた戻って。」


「そんなこと…」


「あっちだって本気じゃないよ。」


再び歩き始める沢野。

それを引き止めるように呼びかける。


「でも…青山くん花火大会のこと話してる時、楽しそうに話してた。」


沢野は振り返ると、美緒の目を見つめた。


「今日の私は楽しそうにみえた?」


「え?」


「今までで私が楽しそうにみえたこと、一度でもあった?」


言葉が詰まる。

何より沢野が怖かった。

何を考えているのか全く読めない。


「あいつ、花火大会は他のクラスの女子と行くの。」


「…え?」


「驚いた?ああいうやつだよ。青山は。」


そのとき美緒は公園のベンチでキスをする二人を思い出す。


美緒の顔が強張る。


「じゃあ…どうして、キスなんか」


「だから言ってるじゃん。遊びだって。相手がどう思ってるかなんて本人にしかわからない。楽しそうに見えたから何?それは由乃よしのさんから見た青山に過ぎないよ。私もあいつも、ただお互いに利用しあってるだ…」


(パシッ)


言葉を遮るかのように、とっさに沢野の右頬を思い切りぶった。


少しして、右の手のひらが熱くなる。

美緒は自分のしたことに気づくと、顔を真っ青にして慌て出す。


「ご、ごめん!あ、わ、私…」


沢野は何も言わずに去っていった。


美緒はその場に座り込んだ。

 

自分はどうしてあんなことをしてしまったのだろうか。



『考え方は人それぞれ違う。それは、恋愛においてもそうだ。

けど何故か無性にむきになってしまう自分がいた。それはたぶん、

恋愛という同じ環境にいる私にも起こりうるんじゃないかという不安からきているのだろうか。』

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