第6話 つんっ
アイウェルは俺を机に置いて、指先でつんっと抑える。
「そうだ。名前を決めようか」
えっ、名前? そっか、ペットだから名前をつけるのか。でも俺には「
「F太郎ね」
この有無を言わせぬ感じ、この子の性格なんですね。年下なのに敬称をつけて呼びたくなります。
「アイウェルでいいよ、F太郎」
『あっ、もうそれで行くんだ。……ところでなんでそんな名前にしたの? 俺の本名にかすってるのは偶然?』
俺は思考が読み取れるはずなんだけど、アイウェルさんの思索の切り替わりが早すぎるせいか、名前の由来がわからなかった。
「正式名称は『クネリ・F・太郎』ね」
Fってミドルネームだったんだ。それはちょっと異世界らしい雰囲気があって、格好良いかもしれない。何かの略なのだろうか。
「Fadeless。色褪せることがない、ていう意味なの」
『いい名前だ……感激した』
「本当は『フライ』だけど」
『やっぱただのハエじゃん!!』
「かっこよくて魅力的って意味だよ?」
『えっ、そうなの?』
「ごめん嘘。もう色褪せてきてたね」
『時間経ってから訂正するのやめてっ!』
「ちなみに、『クネリ』は直感だよ」
そこはまぁ、わかりますよ。くねくねしてますもんね。
でも、小さい体をクネらせる自分を想像してみると……うぅ、全く惨めだ。こんな幼女に現在進行形で醜態を晒していると思うと、胸が痛くなってくる。しかも若干苗字に被ってるのがまた……。
「というか最早黄ばんできてるね」
『数行おきに心の傷をえぐり返すのはやめようね。流石に傷つくよ? 今も傷ついてたのに』
「大丈夫。F太郎はfadelessじゃないけど、私はfeedするlassだから」
まぁ、それは有り難いけども。
思ったけど、この世界には日本語も英語もあるんだろうか。アイウェルさんが変なジョークをかっ飛ばすもんだから気になります。
「そうそう、私も気になってた。F太郎は何で、ジ・アーパン語を喋れるのかって」
なんだよ「ジ・アーパン」って。ややもすればあんパンだぞ。というか、アーパンって名詞なのか。ジャパン語なら喋れるけど。
「ジ・アーパンっていうのはね、昔この土地が植民地だったときに、異国の人が付けた名前なんだって。もう私たちの国は独立して長いけど、その人たちが使っていた言葉はまだ沢山日常語で使われてるんだ」
へえ、そうなのか。この子、幼い見た目(見たこと無いけど)の割に、知識が豊富な気がするなあ。育ちがいいんだろうか。……あの父親で?
「私の知識は、殆ど魔法で手に入れたものだよ」
『魔法!?』
そうだ、忘れてた。この世界に魔法があるかどうか、それが俺の今後の鍵を握るという結論を出していたんだった。やっぱり魔法はあるんだ、神様ありがとう!
「F太郎は魔法がないところから来たの?」
『……うん。日本ってところなんだけどね。俺はそこで十五年間過ごしたところで、新しい学生生活を営む予定だったんだ。でも、あのトラックに轢かれて……死んだ』
「死」という言葉を口に出したとき、不意に実感が湧いてきて、また涙ぐみそうになる。
「涙が雫れる目はないのにね」
『シリアスな流れでそういうことに口を出しちゃいけません!』
「わかった。でも今、F太郎は生きてるよね?」
人差し指の先をくいくいと前後させながら、即ち卓上で俺を転がしながらアイウェルが尋ねる。
この子、虫を触ることに躊躇がないな。
『転生したんだ。神様によってね』
「ふぅん。そっか」
『え、反応薄くない?』
「神様ならそんなことが出来てもおかしくないねって思って」
その発言の裏には、密かな嫉妬と対抗心があった。
それは、神様に対しての感情なのだろうか?
「乙女心を探るなんて、趣味が悪いよ」
『あ、ごめん』
不可抗力とは言え、女の子の心の声を聞いているのは事実なのだ。それは否めない。
あれ、でもアイウェルさんも同じことしてますよね? 俺にも男心があったりするんだけどなあ。
「人間とうじ虫って、不等号はどっちに開くんだろうね」
『人間>うじ虫 でしたすみません』
「でもF太郎は、その小さな脳髄で人間と同等の思考が出来てるよね。どんな仕組みなのか、見てみてもいいかな」
『見た時点でその人間の思考は消え去りますよ』
「実験に犠牲はつきものだよ」
なんか、思考回路が神様と似ている気がする。さっきの妬みは同族嫌悪という奴なんだろうか。サディスト同士の血塗り合い、みたいな。あっ、背中の圧迫感が増してきた。ごめんなさいお嬢さん許して。
「そうだ。せっかくだから、今日の実験をF太郎にも見せて上げようか」
おどろおどろしいものは苦手なんですが大丈夫ですかね?
それよりも問題なのは、目が見えないことだけど。
「少し待ってて」
はい、大人しく待ってます。
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