第5話 ふぁさり
袋は風通しがよくて、意外と快適だった。外気の平均温度がこの程度だとすると、今の季節は早春か秋辺りかな。
しかしこの男性は一体何者なんだろう。
俺のこと、サシって言ってた。
その発言の最中、竿の先っぽに俺を突き刺すイメージをしてたから、多分釣り餌のことだよね。
でも、釣り餌にうじ虫を使うなら、俺一匹じゃ足りないと思えてならない。釣りは趣味で、本職じゃないんだろうか。
この袋も、俺一匹だけを入れるには広すぎるような気がするし。いや、それは俺が小さすぎるだけか。さっき持たれた感覚からすると、行って二センチ位しかなさそうだったもの。そりゃあどんな袋でも大きく感じるか。
自分の発言の程度を確かめるために、袋の外周を測ってみることにする。
陸上だったら、地面に口鉤を刺して「よっこいせ」と後ろ側をぐにゅぐにゅと前方へズラして、波打つように進むところなのだけど、下の干し草が安定しないので移動しにくい。これはまた、無い骨が折れそうだ。
というわけで諦めることにした。無駄な疲労を避けるのも身のためだ、仕方がない。決して体力がないとか、そういうのじゃない。
そんなことより、これから生き延びるにはどうするかの作戦会議だ(一人しかいないけど)。
なにか自分にとって有益な情報とか、無かったかな。能力の使い方はあとで考えるとして、まだなにかあったような気がする。神様がどこかで重要な発言をしていたり……。
――――――『世界観はあなたの想像通りなはずです』
それだァァァァ! 俺は転生するときに、ライトノベルに出てくる中世ヨーロッパ風の世界を頭に描いていたから、神様がそれを汲んでくれたとすれば、魔法もあるに違いない。信じてますよ、神様。
ふぁさり。
一瞬、目を閉じながら階段の端に着地したような心地になる。
平坦なところに袋が置かれたようだ。
そして俺は再びつまみ上げられた。
「アイウェルはどこかな。はやく見せてやりたいんだが……」
頭の中のイメージを見るに、アイウェルというのは小さい女の子のようだ。よかった、目が見えなくても他人のイメージなら見えるんだ。これは美少女を拝むことが不可能ではないと言う証拠だ。
『桜で染めたような色の髪と、優しげな笑顔が魅力の、俺の自慢の娘』
それがこの男性からみたアイウェルの像で、どうやら溺愛しているらしい。確かにとても可愛らしくて、同い年だったら絶対惚れていると思う。
「お前にアイウェルはやらんぞ」
また睨まれている。今回は圧があって、
『可愛らしいとは思いましたけど、俺はうじ虫ですから、なにもできやしませんよ』
「なにかしたら潰すからな」
『先刻御承知ですとも』
今の姿だと、本当に易々と潰されそうなので、畏怖の念が止まらない。
「おぉ、ここにいたか、アイウェル。お前に良い物を持ってきた」
男は手を後ろに組んで、わざとらしく勿体ぶって言う。
『あの、握られてるとちょっと苦しいんですけど』
「うるさい、喋るな」
『「辛辣の極み」』
俺が脳内塩対応をされている間に、あちらも「さっさと見せろ」的なことを言われたらしく、奇しくも男と俺は同じ反応をした。
「はい、こっれでぇ~す」
たいそう明るい声で良いながら、男はアイウェルの前で両手を開ける。
『あ』
俺の目が光を感じ取ったのとほぼ同時に、俺はアイウェルの手中に収められた。
恐らく、獲物をねらう虎のような目つきで俺の登場を待ち構えていたに違いない。
その素早さと言ったら、親が部屋に入ってきたときに寝たふりをする一連のムーヴと同等か、それ以上だ。
だが残念、その正体はうじ虫。
『君みたいな可憐な少女が喜ぶ品じゃあなくてごめんね。君のお父さん、ちょっとヘンだから大変だよね。同情するよ』
「ふぅん、喋るんだ」
実際には頭の中に語りかけているのだけど、人間には耳元で喋っているように聞こえるらしい。
「え、お父さん聞こえないの? お耳使い古して難聴にでもなった?」
俺は触れている生物の思考しか分からないから、いきなり反応したように思えるけど、アイウェルには父の声が聞こえているのだろう。
『俺に触れている人じゃないと、俺の声は聞こえないよ。さっきも、俺と君のお父さん、一緒に話してたけど、聞こえてなかったでしょ?』
「そうなんだ。じゃあ、今から私のペットね」
だいぶ話をすっ飛ばしたね。
脈絡の階段を数段跳びしたね。
「お父さん、ありがと!」
あぁ、勝手に話が進んでる! ていうか、うじ虫をペットにする女の子とか、なんか嫌なんだけど。いや、自分のことだけどさ。
「大丈夫、うちには他にもペットがいるから」
そっか。なら大丈夫か。うん、もうそれでいいです。
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