第3話 ぴとっ

 ぴとっ。

 不意に柔らかいものに触れた。


「邪魔だなぁ」


 ッ!? 俺の他に誰かいたのか! 強引に押し退けられてしまったけど。


『誰です?』


「……」


 返事がなくなった。どこかへ行ってしまったのだろうか。

 辺りを探ってみると、再び同じ感触を肌に受けた。


「お肉うまうまぁ」


 さっきの人(?)とは違うようだが、今度は逃すまいと必死に体をつかむ。とは言っても腕がないので、かぎ状になっている口を使って相手の体を挟んでいる。


「ん? なんだ、こいつ。食事中に」


『あの、あなたは誰ですか』


 相手が何者かを聞きたかったので、質問を投げかけてみた。


「うわ!? なんだ、なんだ? わからない、今まで感じたことのない何かが頭に流れ込んで来た。やばい、やばい、なんだこれ。あなたってなんだ、誰ってなんだ? うぅ、気持ち悪い。とりあえずこいつを引き剥がそう」


『あっ』

 

 体を振り回されて、俺の口鉤くちかぎは外れてしまった。直前で力を抜いたので、勢いで肉を引きちぎらなくて済んだ。危ない危ない。

 さて。さっきの様子をみると、どうも相当パニックになっていたらしい。なぜだろう。

 ここで俺はおかしなことに気が付いた。

 俺は喋ることができないのに、なぜ相手は反応を示したんだろう。

 俺はさっき、頭の中で質問したんだ。なんで伝わると思ったのかは、自分でも分からないけど。というか、相手の反応がわかるというのもおかしいな。耳は聞こえないと思っていたけど。


 そこで唐突に神様と心の線が繋がった。


―――それが、あなたの能力ですよ。小粋でしょう? 他の生物に触れている間、思考を共有できる。いや、実にすばらしい。人間的です。

 うじ虫のあなたは人間とは違い、字を書くことも、言葉を発することもできない。その不自由さに、人はストレスを抱え、いずれは死に至るのです。だから、責めて他者とのコミュニケーションを取れるように、この能力を授けました。

 これも慈悲深い私だからこその力ですよ?


 そうだったんだ。……ていうか神様、過去にそれで死んだ人を見たことがあるみたいな物言いですけど、まさか……


―――実験は進むべき道を示してくれます。


 うわぁ、マジモンのサイコパスじゃないですか。ドン引きですよ、俺。警察がいたら、即通報してる所です。


―――そんなもので捕まえられるのなら、どうぞ御勝手に。


 あ、切れた。


 うーん……。とりあえず俺が能力をもっていることがわかったのは良いんだけど、この能力、正直あんまり強くないよね。

 おかしいな、俺がお願いしたのは、完全無敵のチート能力なんだけど。詠唱一つで敵を全員捻じ伏せられる、みたいな。

 この能力、心理戦とかだったら有用かもしれないけど……。俺今、うじ虫だし。

 しかし、こんなところで懊悩している暇はない。なによりお腹が空いてきた。何か食べるものを探さないと。


 そういえば、二回目に触った人、食事中って言ってたな。ということは、すぐ近くに食べ物があるということだろうか。

 実はさっきからずっと肉の匂いがしていて、どこにあるんだろうとは思っているんだけども。いかんせん目が見えないからなあ。


 そういえば、うじ虫って死体に湧くんだよね。

 ……もし仮に、このドロドロが腐肉だったとしたら?

 さっき触れたのは仲間のうじ虫で、このドロドロを食べてたとしたら?

 あぁ、全てに辻褄が合ってしまった。


 仕方がないので、試しに口を開けて、ちうちうと吸ってみる。

 う ま い。口鉤が意外と便利だったので、数時間で自分の周りの肉を食べ尽くしてしまった。

 その間、何匹かの仲間と接触したようだけど、無心で食べていたから特に問題はなかった。仲間の声に反応することもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る