オーマゴット!

千木束 文万

第1話 ぷちっ

 四月一日。高校の入学式の日。

 俺はあまり勉強が得意じゃなかったから、これから通う学校は普通より若干レベルが低い。

 でも、俺なりに頑張った。テレビもゲームもスマホもなるべく触れないようにしてたし、授業もちゃんと聞いてた。だから、桜舞う道を駆ける今、期待感に胸が高鳴ってしょうがない。


 校門に立てかけられた看板には「其処辺そこべ高校入学式」と、楷書体でデカデカと書かれており、周りには親子が写真を撮ったりして賑わっていた。もう次の信号を渡れば校門は目の前だ。

 そうして俺が白線を横切る時、唐突につんざくような高音を感じ取った。クラクションだ。その音は、みるみる内に轟音へと様変わりする。


「危ない!!」


 看板の横で写真を撮っていた親の一人が叫んだ。

 が、気付いたときにはもう遅かった。俺の体はゴッツいトラックにぷちっとされてしまったのだ。あの重量で迫られたら、人間など無力に等しかった。


□■□■□■


「起きなさい。五秒以内に起きないと消し飛ばしますよ」


「ヒェッ……」


 全身に怖気を感じて飛び起きた。眼前に、いかにも神々しい出で立ちの女性が厳然と座している。平安時代の貴族のような格好もさることながら、照りつける後光が目に眩しい。

 生きて助かったかと思ったが、その可能性は低そうだった。もし生きていたら、病院とかで目を覚ますはずだし、体にも外傷が残っているはずだからだ。

 夢である可能性についても考慮してみるが、今の俺の意識は完全に覚醒時のもの。夢の中では夢と気づけないのに、現実は良くも悪くも確かな感触がある。

 以上を鑑みると、俺は死んでしまったのだろう。これから高校生活が始まると言うときに。

 あの場所で紡がれる予定だった物語がいくつあるだろうかと考えると、目の縁から涙が零れ出てきた。


「あなたはトラックにより轢死れきししました。さぞ御傷心のことでしょう、同情します。しかしご安心下さい。貴方には第二の生が待っています」


恐らくは神であろう女性が、沈痛な面持ちで慰めるように言った。


「第二の、生……?」


 声が鼻にかかる。まだ、まだ泣き足りない。


「ええ、そうです。神の慈悲とでも言えましょうか。私が哀れみを抱いた者は、特別に転生させることができるのです」


 転生という言葉は何度も聞き覚えがあった。俺が読んでいたライトノベルによく登場するのだ。その多くは転生先でやりたい放題、チートで無双したり、女を侍らせたりしていた。

 高校生の自分というのも捨て難いが、その望みがない今、できるものならあの小説の中の主人公のような人生を歩みたいと思った。もうトラックに轢かれるなんて御免だ。


「加えて、その際望みを一つ、叶えてさしあげます」


 これはいよいよそのが増してきた。

 ……しかし、このまま望みを言って、転生してしまっていいのだろうか。

 俺には家族がいた。父母と弟がいたのだ。特に弟は俺を慕ってくれていたし、俺も弟とよく一緒に過ごした。多分、俺が死んだと知ったら悲しむはずだ。申し訳がない。左右確認さえすれば死なずに済んだのに。

 改めて鑑みると、自分の愚かさに遺恨が残る。別れの言葉も、何も言えていないのに。

 会いたい。俺の家族に、中学の親友に、まだ見ぬ高校の同級生に。

 その渇望が、喉の奥を突いて出た。


「もとの世界に、戻ることはできますか」


 だが。


「残念ながら、ありません」


 望みは絶たれた。

 しかし、はっきり言われたことで腹をくくることができた。俺は転生して、元の人生の分をそこに費やすことを決心する。


「転生、します」


「では、望みを」


 この答えはもう決まっている。


「チート能力を下さい」


「ちぃと、ですか。ふふっ、謙虚な人は嫌いじゃないですよ、私」


 なんだかアクセントがおかしいような気がしたが、認めてもらえたらしい。

 ただ、笑うのが苦手なのか、笑顔にそこはかとない邪気を感じた。


「では、これから転生作業を開始します」


 神様がそう言い放つと、瞬く間に視界がぼやけていった。

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