第18回

 不意に枝がぎしぎしと軋んだかと思えば、足許が震えはじめた。幹が耐えかねてへし折れ、傾ぐ音があちこちから響いてきた。振動という域ではもはやない。下腹部を突き上げられるようで、今にも地面から跳ね飛びそうだ。

 地震? 思考が形を伴う前に、久遠が私を強く押し倒していた。その一瞬のあいだに累が投げ放っていた刃が、落下してきた枝に弾かれる。降りそそぐ泥と小石を顔に浴びながら、反射的に腕に力を込めて久遠を引き寄せた。

 倒れたまま見つめ合う。その瞳の中に映り込んだ影。刹那、脳裡に閃きが生じた。

 千代?

 幻影は、すぐに失せた。収縮と膨張、不規則な変形を繰り返しながら、安珠と文乃が滑るように累に迫って、斜めから体当たりを見舞った。悲鳴。

「行ってください、姉さま」

 いまだ揺れの収まりきらない地面を、久遠に手を引かれて駆け出した。障害物を予見しているとしか思えない身のこなしで、するすると突き進んでいく。

 木が撓み、開け、道を成す。風が巻き起こって背中を押す。森が味方している――いや、あの声は言っていたではないか。久遠は森であり、森は久遠であると。

 丘の上から飛ぶ。久遠の蒼い衣がはためく。

 飛翔している。生身のまま中空を漂っているという恐れこそあったが、その感覚は不快ではなかった。久遠の腕が下から回って、私の腰を支える。

「さっきの地震は――」

「ただの地震じゃないよ。森が自分を守ろうとしたの。そして私たちにはまだ、やることがある」

 私たち。久遠の口からずっと聞きたかった言葉。しかしそれがあまりにも唐突に、自然に発されたものだから、即応できずに呆けてしまった。久遠の服を掴み、視線を上げる。その白い横顔。凛々たる勇気に満ちて、美しくも頼もしかった。

「私にも、できることがある?」

「当然」

 いっぽうで遥か下方――大した高さではなかろうに、飛んでいるあいだはそう感じていた――に広がる光景は凄惨だった。黒々と焼け落ちた箇所、いまだ炎を噴き上げている箇所。霧に包まれて薄らと翳った、私の知る森の姿はそこにはない。まるで死者の国が顕現したかのようで、悲しく、怖ろしく、とうに枯れ果てたはずの涙が再び込み上げてきた。ここから……立ち直れるのか?

「森は、まだ死んでなんかいない。私がまだここにいるのが、その証拠だよ。何度だってやり直せるし、甦れる。私を信じてくれるなら、森のことも信じて」

 私の不安を拭い去るような、確信に満ちた、そして誇らしげな口調だった。しばし息を詰め、やがて頷いて、

「信じる。友達だから」

 友達か、と久遠は呟いて、

「不思議だね。そんなふうに言われるのは初めてのはずなのに――なんだかすごく懐かしいよ」

 固い土を踏んだ。着地はゆったりとし、軽やかだった。すぐさま走り出した久遠の足取りは、依然として迷いなかった。焼け爛れ、変容した森の中に、目印らしきものがあるとも思えない。私にできるのはただ、握りしめた久遠の掌を離さぬよう、駆けることだけ。

「もうじきだよ。なにもかもがもうじき、終わる。還るべきところに還るんだよ」

 斜面を突っ切るように下る。背の高い木々に囲まれた円形の空き地に至ったとき、名状しがたい既視感を覚えた。記憶の光景とは似ても似つかない。しかしここは――。

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