(2)

 お昼となり、奏がランチボックスから作って来てくれた昼食を広げ始めた。

 その後も能動的になにか遊ぶ気にはなれず、触れ合いながら取り留めもないおしゃべりを楽しむ。気づいた時には十五時を回っていた。

「なにかゲームでもしようか、それとも外に遊びに行く?」

「穂高とここにいたい……」

「うん……」

 再び、唇を近づけたその時、ドアフォンが鳴った。

「え……?」

 誰が来たのだろうか。今、寮には昌貴も斎もいないはずであり、自分を訪ねてくる人物に心当たりがない。 


 どっちか帰ってきたのかな。


「奏、ごめん、ちょっと……」

「うん」

 立ち上がり、モニター画面を出した。そこにいたのは意外な人物だった。

「あっ、芳賀さん⁉」

 ロボット部、部長の芳賀康裕がそこにいた。

「山家くん、ちょっといいかな」

 ドアを開いて、廊下に出た。

「どうしたんですか?」

 わざわざ自分を訪ねてくるからにはなにか重大なことだろう。

「ああ、すまない急に来て。その、今、駐車場に変わった大型車があるんだが……」

「はい……?」

「あれはひょっとして君たちのマシンじゃないのかと思ったんだが、確かレックスとか……」

「え⁉」


 あまりにも突拍子のない話に、認識が追いつかない。なぜレックスがこの寮の駐車場にいるのか。

「そんな、あり得ません。あれは学校に……、部室棟地下の格納倉庫に閉まったはずです」

「ともかく見てもらえないか?」

 穂高のただならぬ声を聞いて、奥から奏もやってきた。

「あ……」

 芳賀の表情が気まずさをたたえた。彼女を連れ込んでいるなど思いもしなかったといった具合である。。

「ごめん、また後でも……」

 少々、いやかなり間の悪い話が舞い込んできたとは思うが、本当にレックスなら火急を要する案件だろう。


 どうしたものか、ここは……。


 後ろの奏に振り返った。

「奏、ごめん、ちょっと部屋で待ってて。今、下で……」

「私も行く」

 奏が靴を履く。話を聞いていたようで、事態を吞みこんだのだろう。

「わかった、行こう」

 芳賀の後に続いて、一階のエントランスを抜けて駐車場までやってきた。その一スペースにあったものは、


「うそ……⁉ なんで……?」

 真夏の陽光に照らされた白いボディ、穂高とともにマシン展を駆けた、あのレックスに相違なかった。

 車型のカーフォーム(CF)と人型のヒューマンフォーム(HF)に変形する機能を持った機動機関研究会が造った多用途複合環境適応機。当然今の状態はCFである。

 何人か寮生たちが、それを囲みながら騒いでいる。物珍しいのだろう。

 近くによって、車体を見回す。芳子が記入したMMCのマークもそのままになっており、類似した別の機体、であるとは思えない。

「ごめん、ちょっと……」

 周りの生徒たちの間を縫って、機体に手を置いた。内部熱はほとんど帯びてなく、たった今、来たというわけではないようだ。

「一体、いつから、いや、誰が……?」

 レックスをここに運んだのだろうか。とっさに思考を開始する。


 昌貴、いや斎が帰ってきてここまで持ってきたのか? でも、他のメンバーになにも言わずにそんなことするか? だいたいどうやってここまで持ってきたんだ。これは無許可での公道の走行を認められていない実験機のはずだが……。


 考えている間に、奏もすぐ隣まで来ていた。

「これ、穂高たちのロボットだよね。レックスくんだっけ?」

「あ、ああ……。でも、どうして……?」

 側部にある外部パネルでシステムを起動させ機体コンディションを確認する。

「なっ⁉」

 目を疑った。燃料は空だった。そもそも万一の暴走を防ぐための規定として、格納時に空にしたのであり、予備バッテリーもすべて外してある。

 ますます頭がこんがらがる。自力走行させずに、ここまで持ってきたなら、さらに大型のコンテナ車を用いる必要がある。それを丁寧に降ろしてここで、待機させる意味がわからない。


 ど、どうやって……? いや、持ってきてからバッテリーを外した、という可能性もなくはないけど……。ひょっとしたら……。


 昌貴のドッキリの可能性を疑った。いたずら好きの彼なら、こういう芸当もできるかもしれない。

「電話してみる……」

 RCを取り出して、昌貴にコールする。これでの通話はいまいち不安定なので途切れる恐れがあるが、一刻も早く聞き出したい。

 三コール目で、

「おお、穂高? どうしたん? 夏休み楽しんどるかぁ」

 いつもと同じ、おちゃらけた声音だった。

「ま、昌貴! 大変なんだ……けど」

「あん? なによ、血相変えて、三崎さんと喧嘩でもしたんか?」

「今、どこにいるの⁉」

「どこって……? 時田機動の工廠だけど」

 そういえば、真人の会社でバイトするようなことを聞いていた。

「ここにはいないの⁉」

「い、いや、ここって? 今、お前どこにいんの、寮か?」

「そうだよ!」

「見ての通り、寮には……つーか知瀬にはおらんが」

 どうも彼のいたずら、というわけではないようである。

「穂高、落ち着いて」

 うまく状況を説明できずに、混乱していると隣にいる奏に諫められた。

「ご、ごめん」

「あら、三崎さんもご一緒? 寮でランデブーとか大胆な真似するねぇ、穂高ちゃんも。ヒューヒュー」

 話の腰が折れそうになり、取り合えず言ってみることにした。

「そ、その、レックスがここにあるんだ!」

「へ?」

「だから、れ、れく、レックスがここにいんの!」


 なんと伝えればいいのか要点を頭の中で整理しつつも混乱を収めきれないでいる。

「……なんだって?」

「だから、レックスが、今、ここにあるの!」ダメ押しの三回目。

「落ち着けって、ふん……レックスがって、ええっと、あのレックスだよな」

「そう! キドケンのあのれっくす!」舌足らずになってきた。

「なんで?」

「なんでって……。知らないよ! 昌貴が運んだんじゃないの⁉」

「ハァ? どうやればそんなことできんだよ、だいたいほんとに……なにかと見間違えてんじゃないのか?」

「ッ!」

 らちがあかず、RCをカメラモードに設定、撮影すると即座に画像を送信する。

「ほら!」

 わずかな沈黙を置いて昌貴が、

「……なに? どういうこと?」

 彼もここにあるのが本物のレックスと理解したようだ。


「わからない……いつのまにか置いてあったみたいで……。そ、それで」

「お前、今どこに……ああ、寮だったな……」

「な、なにか知らない?」

「いや、なにも……。学校から連絡とかはあったか?」

「ないよ、なにも……」

他のメンバーの可能性を考える。

「部長か斎……いや、上北がやったのかな……?」

「部長はここにいるが……、斎もありえない。あいつはまだ仙台だ、昨日、少し話したばっかだぞ」

「じゃあ上北……?」

 と言ってみるが、芳子がわざわざこんな所に運んで放置するわけがない。理由があるなら事前に話したはずであり、他の二人も同様だろう。

「そうとも思えんが、だいたいそいつを動かすのは外部からじゃないとできないはずだ、燃料はどうなってる?」

「空っぽみたい……」

「なに? それじゃあ、コンテナ車でも使ったっていうのか?」

「わかんない……」


 呆然と改めて車体を見る。特に損傷したような気配はない、ボディも、汚れがほとんど付着しておらず最後に洗浄したままの光沢を保っている。

「……少し待ってろ、部長を呼んでくる」

 昌貴が通信を待機モードに変更した。

 一体、誰が……。

 呆然と空を仰ぐ。セミの鳴き声がやけに耳障りだった。

「……あ」

 額に流れていた汗を奏がハンカチで拭いてくれた。

「ありがとう、奏、ここは暑い、やっぱり俺の部屋で……」

「ここにいる」

 毅然とした声、こんな精神状態の穂高を放っておけないのだろう。

「エントランスに行こう……」

「うん」

「芳賀さん、教えてくれて、ありがとうございました。後は自分たちで処理しますので」

「ああ、今、レクリエーションルームでうちの部の連中と一緒にいるから、なにかあったら呼んでくれ」

「はい」

 後ろ髪引かれる思いだったが、こんなところに奏を立たせておくわけにはいかない。入口に向けて歩き出す。途中で、一度振り返った。


 一体誰が……。


 気味の悪さを感じつつも、部長の連絡を待つことにした。

 エントランスのソファに腰かけながら、心落ち着かず、視線をあちこちに投げかけてしまう。


 せっかく奏が来てくれたのに……。


 チラリと彼女の様子を窺うと、目があい、微笑を浮かべてくれた。肩に手を伸ばして引き寄せたくなったが、ここは自室ではない。人目があるので自重した。

「ごめん、奏、いきなりこんなことになって……」

「ううん、別に穂高のせいじゃないんだから。でも、どうしてなんだろうね」

「わからない……」

 改めて考えてみてもおかしな点が多すぎる、部室棟の地下格納庫のセキュリティは厳重と聞いており、許可がなければ開くことすらできないはずなのだ。

 加えて、レックスは外部コントロールでなければ、操作できない。コックピットキューブのような操縦設備は備え付けのものがほとんどで、コントロール車を使った可能性もあるが、それで公道を目立つこともなく走行するなど不可能に近い。


 やはり、コンテナ車、いやさらに大型のトレーラーでも使ったのか……?


 産業機械を運ぶ超大型のトレーラーならできなくもないだろうが、ここに放置した理由がわからない。

 やはり一度学校に連絡を、と思ったところで待機モードが解除された。即座に、RCを手に持つ。

「穂高? どうしたんだ?」

 真人だった。

「ぶ、部長、大変なんです……! 今……」

 だいたいの事情を真人に説明した。彼も見当がつかないらしい。

「……斎と上北さんにもつないでみる」

「上北には俺が連絡します、あいつたぶん今、知瀬にいると思いますから」

「わかった、斎には俺たちから話しておく。全員で話した方がいいかもしれんな、穂高、寮の会議室かなにかで映像チャットができないか?」


 リアルタイムで遠隔地にいる者同士が会談などを行う場合に使うものである。ビジネスの世界では一般化しているが、学生が使う機会はあまりない。

「え、ええっと……」

「二階のVRルームでできるはずだ」

 昌貴の声が聞こえた。

「わかった、ちょっと事務に聞いてみる」

「頼む」

 そこで一旦、通信を終えた。

「奏、やっぱり長引きそうだ。その、ごめん」

「謝らないで、私もなにかで手伝える?」

 手持ち無沙汰になってきたのだろう。申し訳なさで身が縮みそうだったが、ここは男子寮であり、なにかをやってもらう、というわけにもいかない。

「えっと……」

「そこの売店でなにか飲みもの買ってくるよ」

「ありがとう……。あ、学生用のフードスタンプも使えるから」

「わかった」

 今の状況にイラつく。せっかく奏が来てくれたというのに、とんだアクシデントが舞い込んできた。奏の背中に心で詫びて、芳子へコールする。


「はーい、もしもし……」

 気だるそうな声、昼寝でもしてたのだろうか。

「ああ、上北、ちょっといいか?」

「あん、誰よあんた?」

 寝ぼけているようだ。

「ほ、穂高だけど」

「ほだかぁ? ああ、ほだかね……」

「あの、今、すごく大変なんだ……!」

「ふーん、そんじゃ……」

 切られそうな気配。

「レックスがここにいるんだ! 男子寮に!」

「っさいわねぇ、だったらなんなの?」

 信じられない返答、つまらないジョークでも言ってるのだと思われてるらしい。

「ほんとに……ほんとにレックスがここに来てるの!」

「寝ぼけてんじゃないの……?」

 芳子のあくびに地団駄を踏む。今の言葉を、リボンをつけて返したい。

「画像を転送するぞ! さっさと目、覚まして!」


 論より証拠と思い、映像を送ることにした。これでも気づいてくれないなら、芳子は放っておくしかないだろう。

「……え?」

「見ての通りレックスがここに……」

「あんた、なに勝手に動かしてんのよ!」

「お、俺じゃない、誰かが……」

「穂高、ウーロン茶でよかった?」

 奏が戻ってきた。

「奏ちゃん……? ハッ……あんた、彼女に自慢したくてこんなことを……!」

「ちがーう!」

 エントランスで絶叫、奏がのけぞった。

「ご、ごめん奏、とにかく俺じゃない。実は……」

 芳子に子細を説明する。怪訝に思われたようだが、取りあえず、ここまで来てくれることになった。


 事務にたのんでVRルームの使用許可を得たところで、斎からもかかってきた。やはり、彼も心当たりがないという。芳子が来るのを待って、五人で話し合うこととなった。

 芳子はすぐにやってきた。さっそくレックスの見分を始める。

「……本物だよ、間違いない」

 機体のチェックを終えてそう断定した。穂高に振り返る。

「ほんとに、あんたがここまで運んだんじゃないの?」

「違うって、俺だってさっき聞いたばっかだ」

 エントランスで待たせている奏が気がかりで、苛立ち交じりの声になってしまう。

「じゃあ、誰が……」

「ここのVRルームを借りられたから、そっちで話そう」

「そうね……部長たちにも聞いてみないと」

 正面入り口で、奏が待っていた。

「芳子さん、お疲れ様です」

 新しいドリンクを用意していたようで手渡してくれた。

「ありがとう、奏ちゃん。ごめんね、せっかくの彼氏との時間を……」

「いいんです」 

「ちょっとみんなと話してくる、俺の部屋で待っててくれる……?」

 彼女が気を遣って帰るようなことを言い出すのは絶対嫌だった。

「うん、そうするね」

「ごめん、ありがとう」

「そんなに時間はかけないようにするから」

「いえ、ゆっくり話し合ってください」

 自分のRCを手渡す。これがあれば、生体認証なしで部屋に入れる。

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