命色師と千里眼

@nakamichiko

第1話消えゆく街


 その場所は徐々に狭まってきていた。


 もう何十年も前に建てられた木造の家が立ち並んでいる町だった。どうして立っていられるのかわからぬほどの、三階建て、四階建てなのか、建て増しして作ったような家々が、寄り添うように、支えあうように、人々の頭上に覆いかぶさっていた。

 人と同じ高さの木の板は、当然のように反っていて、何度か釘を打つ努力が見られるところもあったが、皮肉ことにそこから多くのものは割れてしまっていた。

樹であったはずなのに、色は雨と埃と、人々の出す様々なもので灰色と化している。異臭も汚物も当然のようにそこにあり、やせた犬ですら、この地区には近寄らないような場所だった。


一年前は全くそうであった。


一般的に見ても、ここにいた人間、特に幼い子供、また既に十分に働くことのできなくなった老人たちにとっては、ここが無くなることは、ことさら良いもののように思えた。

強制的な移住。その地区の外側に作られた新しい清潔な家は、これからの生きていく希望と、人間らしい終の棲家としての役割を果たすことは確かで、その新しい住宅地には、健全な笑い声が毎日聞こえるようになった。


 しかし、である。この「はきだめ」とされる地区に身を置く、犯罪者、命色師のなれの果て、流れ流れてやって来た者、そして、その中でも「ヤバイ奴ら」と呼ばれる者たちには、寝ている真夜中まで明るいランプを照らされたような、生きることに差し支える迷惑なものであった。

彼らの多くは「もう、まじめにやること等ばかばかしい」と思うのか、普通の人々の中に戻って「あいつは犯罪者だから」という報いの目の多さに耐えられず、楽な犯罪者へ逆戻りしてしまうのか。

 

 まず政府はそこで育つ子供を優先的に避難させると、ほとんどが怪しげな商売で稼ぐ人間や、不当で危険なのに、割に合わぬ賃金に耐えるしか生きる道が残されていない人間、それができる年齢の者しか出入しなくなった。

故に「子どもには見せたくはない」犯罪の現行犯逮捕の様を、警察は逆に解き放たれたように楽しんで、日課のごとくやっているようにすら見えた。


 もちろん住んでいる人間達も腹は減るので、食事は取る。だからこの地区の中にも数件の食べ物屋も食料品店もあったが、その彼らにも「移転の命」が政府より下り、しかもその費用も少しばかり色を付けたように出してくれるというので、商売人は次々といなくなってしまった。


捕まえられるべき人間は捕まることによって人は減り、あれだけ薄汚れていた町も、汚す人間が去ればその量も減り、風がきれいに掃除して、町の外まで色々なものを運んだ。

その吹きだまりのゴミを、終の棲家の老人たちが集めるという図式が完璧なまでに成り立った。本当に、わずか一年の間に。


「一年か・・・あいつは・・・やって来るのか・・・」


急に閉まった食堂の前の、色石にならぬ三段ほどの石段に座り、彼はつぶやいた。

あまり得意ではない肉体労働で疲れ果てた若者は、この急激な変化を、喜ぶことも嘆くこともしなかった。

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