第23話 小咄、ニーナ・ファーベル
ラードが生まれてから、私は天にも昇るような想いで毎日を過ごしていた。
「ばぶー」
こんなあからさまな赤ちゃんの姿を見ても、私はラードのことが可愛いと思える。
疑問に思うことがあるとするなら、生まれながらしてラードの目が輝いていなかったこと。死んだ魚のような目をして、私の話に時折、返事をしていた。
天才じゃないかなと思ったよ。ラードは私が顔を向けて目線を合わせると、その度にわざとらしく赤ん坊の声を出して目線を逸らした。
ラードは私の言葉がわかるんだと直感で感じる。
すぐにラルフに話した。彼はびっくりしていたけど、最初は半分も信じていなかったみたい。ラルフは私を優しくなだめた。本当なのに。
ラードは赤ちゃんの頃はよく窓を見ていた。私にも連れ出したいってあげたい気持ちはあったけど、しかし、実行に移す勇気はなかった。
ラードは言葉の理解こそ早かったけど、その他が全然ダメだった。近所の人から聞いた話だと、二歳になるぐらいだと自分で立ったりハイハイしたりするというけど、うちのラードにはその様子がまるでなかった。ばぶー、とも言わなくなったし、何か諦めている感じだった。
子供は夜泣きがひどいというが、ラードに限ってはそんなことはなかった。父親が仕事で帰ってこなくても、寂しそうな素振りさえ見せない。性格はすごくおとなしいとしか言えなかった。
でも、そんなラードにも苦手なものが、赤ちゃんの頃にはあった。水が怖いのか、私とお風呂に入るときだけは決まって暴れた。必死に。
それでも成長したら一人でお風呂に入れるぐらいに克服したみたい。
ラードがはじめて外に出たとき、挙げればきりがないほどの変化が起きた。
玄関から出たときから、ラードの変化は起きていた。ラードは明らかにわくわくしてますみたいな表情を浮かべて、道を歩く人々を見ていた。
その表情を見ていると私までわくわくしてきた。
冒険者ギルドを見せたときだって、ラードはじっとギルドを眺めていたから「アレ?怖いのかな?」と思ったけど、よく見ると驚いてるだけみたいだった。
実は私も冒険者なんだよって言いたかった。そうしたらラードはどんな表情を見せるだろうか。でも、それはもっと先の話。
ラルフとは、ラードを両親のどっちかの仕事に就かせようと取り決めをしていた。
私がやっている冒険者か、ラルフがやっている商人か。
ラルフは後継ぎはいらないと言うけど、それじゃ公平にならないから、ラードには外の仕事をしている人たちを見せようと思った。それが、ラードの初めての外出のきっかけだった。
ラードの様子を見る限り、それは成功だったみたい。いつもと違ってキョロキョロとあっちこっちを見渡すラードの姿は、いつにもまして愛らしく見えた。
帰り道ではいつも聞かせているお話をしてあげた。優しい冒険者の物語…これは私が小さいころにお父さんから聞いていた話を、少し変えて子守唄にしたものだ。
いつか自分に子供が出来たらずっと話してあげたいと思っていた子守唄。
ラードはいつもは黙って聞いているだけだったけど、はじめての外に出たその日の帰り道は違った。
ラードは子守唄を聞き終わる前に眠ってしまったようで、寝言で小さく「…いいなぁ」と呟いた。
それを聞いて私は、なんだしゃべるんだと、心の中の小さな心配が消えて嬉しくなった。この子は単純に恥ずかしがり屋なのかも知れない。
いいなぁと呟いた真意はわからないけど、子守唄のことかなと思った。…ただの思い込みかも知れないけど。
その頃からラードは瞬く間に成長していった。
私に隠れて家にある本を片っ端から読んでいたみたいだけど、私はそのことを知っていた。魔力感知で、私にはラードの居場所がだいたい分かるから。
私たちの前ですんなりと立って見せたりもした。というか、私たちが見たときには自分一人でスタスタと歩いていた。これにはさすがに、いつも仏頂面のラルフもすごくびっくりしていた。
親の私たちが思っていた不安はあっという間になくなったが、ラルフには違う不安が出来たらしい。でも、私は特に気にしていなかった。
ライトが生まれたころにはラードはスラスラと会話もできるようになっていた。一人でできることは一人でやるから手はかからない。立派なお兄ちゃんになろうとしているのかなと思った。
ライトはラードと違って子供らしくて手がかかる。だけど、私の中ではどちらも可愛いことに変わりはなかった。
そこからしばらくすると、ラードは体を鍛えはじめた。最初の頃はラードの体の変化に気づかなかったけど、近所の子供たちと比べるとあきらかに体つきが変わってきていた。
友達と遊んでくると言って外へ出かけて、日が沈むころにはヘトヘトになって帰ってくる日々が続いた。
何をしてるの? って聞いたら母さんには内緒と言われてしまった。
なので、私はこっそりとラードの後をつけた。
これでもプロの冒険者。物音なんて一切たてないぜ!(グッ)
するとなんと…ラードは女の子といるじゃありませんか。
彼女かな? かな? もうすでに生涯を誓いあった仲なのかな?
よく見てみると裏のおうちの娘さんじゃないか!
裏のおうちの人は確か商人で一人娘だったはず……ラードの行き先は修羅の道になりそう。
と思っていると裏の娘さんはラードを走らせはじめた。おいかけっこかな?と思ったが、ラードの必死な様子をみるに違うみたい……まさか! 浮気!? ラードがもうすでに!?
すると今度は娘さんも一緒に並んで走りはじめた。……えぇー? どういうこと?
しばらく見ていると今度は二人でいろんな部位の筋肉を鍛えはじめた。
変な光景だ。無邪気に遊ぶお年頃の二人が体を鍛えているのだから。
私は内心ラードに声をかけていいものか悩む。しかし、息子には内緒だと言われたのに自分が勝手に来てしまっていることを思い出した。
ラードには何か悩みがあるかな。そっとしておこう。
子供の成長を静かに見守るのも親の役目だ。決して、今出ていって声なんてかけたら大好きな息子に嫌われてしまう、なんて思ったわけではない。
これは教育なんだ。迷ったときは自分で答えを見つけなければならない。それが今のラードにとって一番重要なことだと私は思う!
自分でも何を言っているのかわからないけど、私はラードに見つからないうちにその場を去って家に帰った。
……そしてすぐにライトをつれてラルフのところに行って、ラードのことを話した。ラルフは頭を抱えた。
そんなこともあったが1、2年後にはラードが体を鍛えていた理由が判明する。
冒険者の訓練生になりたいとラードが言ってきたからだ。
それを聞いた私はすぐに踊りだしたくなる気持ちをグッと抑える。
まだよ、まだばらしていけない……今私が冒険者だってことをばらしてしまうと、ラードの気が変わってしまうかも知れない。落ち着いて平静を装うのよ。
その様子を見ていたライトには変な顔と言われてしまったが、ラードには気づかれていないはずっ。私と同様、顔に出やすいラードが反応を見せなかったことが証拠。誰に似たのか知らないけど、周りのことには鈍感なことも功を奏している。……誰に似たのか知らないけど。
なんとかラードが冒険者になった日まで隠し通した私は、その日のうちに玄関でラードが帰ってくるのを待つ。きっと驚くぞ~。
…結果としてはラードに泣かされた。私は本当に冒険者なのに信じてもらえなかった。
でも、ラードが冒険者になったことが嬉しくて、ラルフには止められていたけどお酒をあけた。そこからの記憶はあまりない。頭が痛い。
次の日には気を取り直した。先輩冒険者としての威厳を見せなくては。
ラードの魔力を感じ、昨日と一緒で玄関にて息子を待ち構える。冒険はいつだって待ってくれないのだよ。
夕方、私に隠れて体を鍛えていたときと同じくらい疲れはてた様子で、ラードが帰ってきた。そんなラードに私は問答無用で勝負を仕掛ける。
息子よ、許せ……これが冒険者になった運命よ。
私はそう言ったが、ラードには伝わらなかったのか、勝負の最後の方には、高ランク冒険者になったら冒険者は全員ぶん殴る~とかいって必死に私を追いかけてた。
意味がわからぬ。ギルドの訓練が大変だったのかな。
その日から、私はラードに稽古をつけた。だってケガしてほしくないもの。
日に日にラードは疲れていくが、若干余裕があるようにも見えるから、たぶん大丈夫だろう。
一週間経つぐらいには気持ちが落ち込んでたようだが、それから間もなく、調子を取り戻した。
詳しくは聞かなかったが、ギルドの訓練が大変だってラードは言っていた。訓練内容を聞いてみて、私は驚いた。
なんでこんな厳しい訓練をラードにさせているのだろうと。
もしかして、ラードに才能があることがわかったとか!
すぐに私はラードにばれないように冒険者ギルドに向かった。驚くことにラードの担当のギルド職員は後輩のマルクスだった。
会って早々、私はマルクスに「ズルい!」と言った。
「な、なんのことですか?先輩」
マルクスのことだ。ラードには秘密があってそれを隠してるに違いない。マルクスは昔から意地悪なところがある。
「ラードちゃんで楽しんでるでしょう?」
「は、はぁ?」
しらばっくれても無駄だよ。あんな訓練をマルクスがつけるってことはすごく期待しているってことはわかってるだ。ラードを独り占めするつもりだな!
「何を言っているのかわかりませんけど、とりあえず魔法を僕に向けないでください…」
私は魔法の発動をやめる。
「はぁ……それでなんです?ラードくんで楽しむ?」
「そう!あんな量の訓練を課して。ラードちゃんの才能を自分だけで独占したいんでしょ?」
「なんでそうなるですか……逆ですよ逆」
「逆?」
「冒険者の才能があまりないから、キツイ量の訓練をさせているんですよ、彼らには」
「……彼ら?」
「はぁ……それも知らないんですか。いいですか、ラードくんは一人で冒険者の訓練生になったわけではありません。三人いるんですよ、ラードくん含めて冒険者になりたい子が」
「そうなんだ」
「そうです。その子たちはラードくんとはあまり歳が離れてないですからね。年齢的にもまだ冒険者になるのはまだ早いかなと思って、無理難題を吹っ掛けているですよ」
「なるほど……」
私のときはラードぐらいの歳にはDランクになってたからなー、よくわからないや。
「……先輩。また自分基準で話を聞いていないんじゃないですか? あなたは例外ですよ?」
マルクスは昔から勘がいい。なんでばれたかな。
「……顔に出てますよ?」
しまった。私の正直な心が顔に出ていたみたいだ。
「そういえば、もしかして三人の中に女の子がいる?」
「……よくわかりましたね、知り合いですか?」
ラードの将来の伴侶って言ったら、後でラードに怒られるかな?
「面識はないけどラードちゃんと一緒にいるとこ見たことあるから」
「なるほど……あの二人は今のところ訓練について行けてますがもう一人の方がそろそろ限界みたいですね」
あと一人の子もラードのお友達かな。ラードは私に何一つ言わないけど。
「大丈夫よ。ラードちゃんの友達なら。ラードちゃんがちゃんとその子を引っ張ってあげるわよ」
「先輩のその自信がどこからくるのかわかりませんが、1ヶ月は長いですよ?」
「問題なしよ」
なりたいって気持ちがあれば絶対に頑張れる。
「マルクスくんもこうして冒険者になれたでしょ?」
「ぼ、僕のことはいいじゃないですか……」
「泣きべそばかりかいていたのに?」
「子供だったんです!」
「その三人も子供だよ?だけど冒険者になりたくて頑張ってる」
「……そうですね」
「マルクスくんの時と何が違うのかな?」
「そ、それは……」
マルクスは私から目を逸らした。
「違わないんだよ。なりたいって思ったときには苦しくてもキツくても前に進んでるものなんだよ。君もいつの間にかなったでしょ、冒険者に」
マルクスは何も言わなかった。
「もし、三人が1ヶ月その訓練に耐えたら私の勝ちね! そしたら私をその子達の最初の依頼人にしてね!楽しみにしてるから!」
「な……何を勝手に」
「決まり~先輩の言葉は絶対!」
マルクスは私のその言葉を聞いてがくりと肩を落とした。
「いつになってもニーナ先輩は苦手です……」
1ヶ月後、私の言った通り、三人は訓練を突破して私の家に依頼を受けにきた。
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