第13話 魔法という魔力

 魔法とモンスターについて詳しく知ったのは、冒険者ランクがFランクになって、間もない頃のことだった。


「では、三人とも! だんだん、動けるようになってきたから、私が魔法を教えようと思いまーす!」


 俺、ロム、ハンナの三人を訓練場に散々転がしてから、ニーナが高らかに宣言した。


「うぅ……」


 三人は、声にもならない。


「うん! まだ、三人とも元気のようだし、どんどん始めちゃうよー」


 ニーナの目には、俺たちの姿は映ってないんだろうか。

 俺たちのことはほっといて、ニーナは自分の手のひらの上に、半透明な球体を出現させた。


「人にはね、魔力というものがドババ!って流れててね。そのドババ!って言う魔力をガガガッ!って使うと魔法になるの!」


 ……マルクス、なんでニーナに魔法の説明をさせた?

 これは至急、解読班が必要になる案件なんじゃないか?


「わかるわかる! 三人とも、わからなくなるのも私にはよーくわかるよ! 私も、最初の頃は魔法なんてもの、なーにもわかんなかったし。大丈夫大丈夫! これから、覚えていけば! バッチグーさ!」


 お前が、何もわかってない。


「母さんが、日頃使ってるとこ見たことないんだけど……」

「む、ラードちゃん! ママでしょ? ……でも、今は師匠も可!」


 無視無視。


「普通の人は、ドババって流れる魔力がわからないからねー。まず始めに、君たちには魔力コントロールを覚えてもらいます!」

「あの……俺の質問は?」

「待ってね、ラードちゃん! 今、説明するから!」


 そう言うと、ニーナは手のひらにあった半透明の球体を一度手のひらに吸収するように見せて、反対側の手のひらに同じ大きさの半透明の球体を出現させた。


「これが、魔法の基本となる魔力コントロール。これをママはいつも体の中でやっているんだよ」


 普通にすげぇ。


「はぁ……そんな高等向けの魔力コントロールが基本になる訳ないでしょう」


 呆れ顔のマルクスが現れた。

 やっと、来たか。解説班。


「私は、普通にできるよ?」

「いや、ニーナ先輩ができても普通の冒険者はできませんよ。出現させた魔法を消化してから別の魔法を出現させるならまだしも、そのまま同魔力を使って魔法を使うなんて普通の人はできませんよ」

「そうかなぁ?」

「そうです」


 どうやら、ニーナは俺たちに普通の人ができないようなことをやらせるつもりだったらしい。


「昔から、先輩は説明が下手だったから来てみたら案の定、無理難題を新人にやらせるつもりだったんですね」

「下手じゃないよ! ちょーっと、難しい話が苦手なだけで、ちゃんと誠心誠意! 心を込めて説明したら誰だって伝わるよ!」


 俺たちには、伝わっていないがな。


「ニーナ先輩は、昔から変わってないですね……」

「ふん!」


 ぷんすか、ぷんすか、しているニーナをほっといてマルクスが苦笑いをしつつ、魔法の説明を始めた。


「いいですか? 君たち。ニーナ先輩の言ったようなことは一部合ってます」

「一部ってなんだぁ!!」

「……ですから、ニーナ先輩は間違っていません」

「そうだ! そうだ!」

「…ニーナ先輩、ちょっと黙ってください。続きは、僕が説明しますから」

「マルクスは、昔から意地悪だね!私をいつもいじめて」

「いじめてませんって……あぁもう、コレだからニーナ先輩と時間をずらして三人に教えてるのに、ニーナ先輩といると話が進まない」


 俺たちは意外なところで、マルクスの苦手なものを見つけたかも知れない。


「ごほん、では魔法の説明に戻ります。魔法には、基本属性の四属性魔法、火、水、風、土があります。その四つに属さない、他の属性魔法を特殊属性と言います」

「特殊属性とはどんなものですか?」


 ロムがマルクスに、質問をした。


「特殊属性の多いもので言えば、光や闇。雷や氷などの特殊属性もあります。でも、基本属性の四種が一番普通の人に多い属性となります」

「そうなんですね」

「ほとんど人が、魔力を持っています。その中の魔法を使える人はごく一部で、魔法を使えない人の方が沢山います」

「なぜですか?魔力を持っているなら、魔法はみんな使えそうですけど?」

「ではロム君は今、魔法を使えますか?」

「使えません」

「そう、普通に暮らしている人たちは魔法の使い方がわかりません。わかったとしても、最初は魔力が足りなくて、魔法は発動しないのです」

「そうなんですね。魔力を増やすためには、何をしたらいいんですか?」

「そこでさっき、ニーナ先輩が説明していた魔力コントロールが必要になってきます。魔力は、常日頃僕たちの体のなかで巡っています。その魔力をコントロールすることによって魔力の増幅や魔法の質が変わってきます」

「質?」

「簡単に言えば、魔法の威力が上がることです。魔力を沢山使って、魔法の威力をあげる方法もありますが、消耗が激しいのでオススメしません」

「そうなんですね」


 説明だけは、真面目なマルクス。


「君たちはまず、自分たちに流れる魔力を感じて魔力をコントロールすることが第一目標です。これが魔法を使う際の最初の壁になりますから、頑張って下さい」

「はい!」

「では、ニーナ先輩。出番ですよ? 三人に魔法を見せてあげてください。あの綺麗なだけのやつですよ?攻撃魔法なんて使ったらここのみんな、危ないですからね?」

「綺麗なだけって、失礼なっ! あれは、私が作った私だけが使える魔法なんだよ!」

「母さんは、魔法が作れるのか?」

「そうだよ、ラードちゃん! ママすごいでしょ! 誉めて誉めて!」


 まだ、その魔法を見ていないから何とも言えないがすごいことじゃないかと思う。


「たまたま、ニーナ先輩が作れた魔法じゃないですか。戦闘では、何の役にも立たない」

「綺麗だからいいじゃないか!」

「はぁ……とりあえず、お願いしますよ?」

「わーかってるって!!」


 ニーナは、呪文のような長い言葉を紡いで最後にこの言葉を継ぎ足した。


「水の精霊よ、私の気持ちをこの魔法に乗せて! 『フラワーズレイン』!!」


 ニーナは、呪文を唱える時に閉じていた手のひらを天に向かって優しく開いた。

 すると、訓練場の上からヒラヒラと水のような見た目の花が、落ちてくる。


 時折、光が屈折して水で出来た花たちは幻想的な姿で地上まで落ちて水溜まりとなって消えていった。


「わぁ、キレイ……」


 ハンナは、その光景を見て感動しているようだった。ロムも言わずもがな言葉を失っていた。


 俺も、静かに水の花に見とれてしまっていた。


「――どう? どう? すごい?」

「……すごい」

「綺麗です…」

「私も、こんな魔法使ってみたいなぁ……」

「やったぁ! みんなに、誉めてもらえた!」


 初めて、ニーナのことをすごいと思った。


「魔法を使うには、呪文が必要になります。ニーナ先輩のように高速詠唱できるようになると、上級でも早く魔法を発動することができます」


 マルクスは、少し離れた場所に移動して説明をはじめる。

 なんで、あんなとこにいるんだ?


「また、魔法を使い慣れてくると無詠唱で魔法を使うことができると言われていますが、できる人はごく僅かです。さて……もうそろそろですね」


 ん? 何がだ?


 マルクスは、いつの間か屋根のある場所に移動しており、落ちてくる水の花を見ていた。


「あ……」


 ニーナの間抜けな声が聞こえた。

 その言葉を皮切りに、水の花たちは花びらを散らせて、その花びらたち一つ一つが大量の雨粒となって俺たちに降りかかった。


「わ! わ! つめてっ!」


 濡れないように、何とか頭を隠そうとするニーナ。

 その隣で呆然と立ち尽くす、三人。


 おい……さっきの感動を返してくれ。


「いやぁ、久々に見ましたが、元々が攻撃魔法ですからね。やっぱり、最後まで形が保ちませんね。さすがは、ニーナ先輩のオハコの嫌がらせ魔法ですね」


 マルクスは、一人濡れない場所でそんなことを言っていた。







 俺たちは服を着替えた。

 俺は「ハウス!」と言ってニーナを帰らせた。


 そのまま、午後になり昼食をとってからマルクスの勉強会となった。


「午後からは、モンスターについてお話したいと思います。……そんなに、三人とも僕のことを睨まないでよ。さっきことは、ニーナ先輩が悪いでしょ?」


 知ってて、言わなかったあんたも悪いと俺は思うが。


「こほん、では始めにモンスターと認定されるものについてだね。冒険者ギルドでは、人や物に対して危害を与えるもののことをモンスターとして認定しているんだ」

「魔獣とかですよね?」

「その通り。でも、魔獣のすべてが害をもたらす訳じゃないことは覚えておいてほしい。ギルドもそういうものに対してはモンスター認定はしていないから、勝手に討伐したら罰金とか冒険者ギルドにある牢屋に入ってもらわないといけない」

「牢屋なんてあるんだな」

「国とか町とは別に、冒険者ギルドのルールがあるからね。ちゃんと、三人とも守るようにね」

「わかった」

「モンスター認定されるものは、他にもある。例えば、人とか魔物とか」

「魔物と魔獣は違うんですか?」

「簡単にいうと一緒だけど、厳密に言うと魔獣は魔物の一種でしかない」

「ということは、魔獣の他にも魔物がいると?」

「魔物は、人間以外の魔力を持っている生き物の総称なんだ。魔族と、人の形をした魔人との2つに分けられる。魔獣種は魔族の中の一種族だ」

「人間は、魔力を持っているから魔人ってことなのか?」

「魔人はね……魔族と人間の合わさったような見た目をしてるし、強さも人間とは桁違いだから別物とされている」

「なるほど」

「寿命も人間のように短くはないし、性格も好戦的だから見つけたら即、逃げるように」

「わ、わかりました」

「あと、うわさ程度の話だけど魔人は魔族の進化した姿じゃないかとも言われている」

「魔族は、進化するのか?」

「魔物たちは、人間とは違って魔石と言われる魔力を貯める器官を持っている。ギルドが確認したところでは、その魔石に魔力を蓄えることによって、上位の種族に進化するようなんだ」

「魔族たちは、魔力をどこから手に入れるんですか?」

「それは同じ魔族だったり、魔力を持つ……人間からさ」

「え、でもどうやって?」

「魔族は、相手を殺すことで魔力を得ることができる」

「……だから、人間と魔族は相容れないってわけか?」

「そういうこと、ラード君。他にも、大昔の人間と魔物との因縁みたいなものもあるけど」

「因縁?」

「神がまだ地上で人間と一緒に暮らしていた時代の話さ」

「本当に大昔だな……」

「ま、これは次の機会にして。魔族も種族によっては、殺した相手を食べちゃうから気をつけてね」

「……今、さらっと恐ろしいこと言いませんでした?」


 俺とロムを無視して話を進めるマルクス。


「会わなければ大丈夫。会って大丈夫なように今ちゃんと体鍛えてるでしょ?」

「逃げるためってそういう意味か……」

「そういうこと。モンスター認定されているものは、魔物が大半だけど人も含まれる」

「人?」

「そう、簡単にいうと賞金首だね」

「なるほど」

「どっかの国で犯罪を犯した者や、山賊や海賊、はたまた過激な宗教団体とか、人に危害を加えそうな存在を確保したり、やむを得ない場合は討伐したりしている」

「魔物より、骨が折れそうだな」

「悪知恵の働く奴らばかりだからね、大変なのは仕方ない。だけど、報酬が高いから、賞金首を専門にしている冒険者もいる。そんな冒険者たちをハンターってギルドでは言っている」

「俺たちには、無理そうだな」

「ラード君たちは、ランクが低いからね。まだ全然だけど…ランクが上がってきたら、こういう仕事も増えていくから覚えておいて」


 今の話を聞くと、上のランクになったら面倒くさいなぁ。

 強いやつと戦うのが必須になりそうだ。

 

「また、冒険者ギルドは国同士の争いには一切関与しないから、中立を保ちつつ滞在中の国で戦争が起きそうな時は、即刻その国から離れるように」


 …さらに、面倒な話を聞いたなぁ。


「中立だからこそ、どの国にも一つは冒険者ギルドがあるし、冒険者として活動できるってこともあるから、国の偉い人に関わる時は注意する必要がある」

「偉い人から依頼を受けないってことには…?」


 元から、関わらなければいい話だ。

 俺は、冒険者として安定した暮らしをしたい…。


「三人とも冒険者ランクが上がっても、FランクやGランクの仕事したい?」

「……やりたくないです」


 おつかいクエストやサラメンド草は、もういいです。はい。


「ならば、頑張って」


 この世界は、問題だらけな気がするが、俺たちじゃどうしようもできないことも事実。

 俺たちは、俺たちに出来ることをしていくしかないってことに何の変わりもなかった。


「と言うことで、今しかできない依頼といえばコレと言うことで、定期的に必要なサラメンド草の採取を持ってきたよ」


 ……どうやら、俺の表情は読めても俺の心まではわからないようだ。


「辛い経験があるから、将来は逞しく頑張れる。嫌な思い出も歳をとるといい思い出になるはずさ」


 いつものようにニコニコとしているマルクス。


 ……逆に、心を読んでいるからこんな行動をとるのかも知れないと、マルクスを睨みながら俺は思った。

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