第2話 はじめての外

 俺だ、ラードだ。


 油? 油じゃない。俺も最初は息子にこんな名前をつけるなんてって思ったがどうやら違うらしい。前世と違って呼び方や意味合いが微妙に違うようだ。

 赤ん坊だからといってずっと寝ていた訳ではない。少しずつではあるが数少ない絵本で文字を覚えたりしていた。まさかこの歳になって勉強をすることになるとは思ってもいなかった(1才児)。


 この異世界に生まれてから一年経つまでにこの世界のことがいろいろわかってきた。


 まず、今いる町はオーラストという名前の場所だということ。

 それから、この世界では一年は365日ではないということ。

 なんか一年って長いなぁと思いながら日々赤ん坊をやっていたら、ある日壁にかかった黒い石板のようなもの見つけた。時折、人が通る度に数字だったり文字だったりが浮き出る不思議なものだった。人が通るたびにセンサーか何かが反応して起動しているのかもしれない。見た目は機械っぽくはなく、無機質でやはり言うなれば黒い石板のような少し厚みのある物であった。


 ある時、ニーナがいつものように世話をやきに来た際にその例の黒い石板に向かって指をさして唸ってみた。すると、ニーナは俺が指差す方を見て、こう答えてきた。


「ん? あぁあれは魔法でできた魔法の石盤。今日が何日だったり今が何時だったり分かるものよ。ラードちゃんにはまだわからないと思うけどね」


 ニーナはそう言うと壁にかかった黒い石盤を取って見せた。大きさは壁掛け時計ぐらい……というかそもそもこの物体はこの世界の時計だと思われる。魔法でできてるのか、これ。


「ここの数字がいっぱいたまると1日で、ここの数字がいっぱいたまると一年になるの。そして、ここ全部がいっぱいいっぱいになるといっぱいになってまたここの数字は最初に戻るのよ」


 と、微笑むニーナ。


 ……とりあえず、いっぱいになることがわかったが話は全くわからなかった。ただ、ニーナが教師に向いてないことだけはよくわかった。


 もう一度、石盤を見てみる。ニーナが指していたいっぱいなる時間は日が進むにつれ数字が増えていることがわかった(当たり前だが)。やっぱり時計だろう。

 ニーナがその時計(仮)を壁にかけ直した後も観察を続けてもっと詳しいこともわかった。


 秒や分は前世と同じだが時間の数は30まで存在していた。つまり、1日=30時間。均等に朝昼夜と三分割に分けられる日もあった。そしてさらに1ヶ月は50日と、長い日数が設定されていた。

1年間の月数も増えているかと思ったがそこは12ヶ月であった。1年間を日数に表すと600日……どおりで1年が長いと思ったよ。

季節もどうやらこちらの世界では四季だけではないらしい。

 謎の2ヶ月が二回存在したのだ。前世でいうところの白夜や極夜というもの。全く日が沈まない2ヶ月と、逆に日が全く上がらない2ヶ月が存在した。前世でいうところの8月9月が白夜にあたり、2月3月が極夜となる。その二回を合わせてこの世界では六つもの季節が流れる。イメージで例えるならめっちゃくちゃ暑い真夏日とめっちゃくちゃ寒い真冬。……まぁ語彙力のないのはご愛嬌ってことで無視してくれ。そういう日があるのさ。


 1日中明かりもつけなくいい日や1日中明かりをつけなきゃ何も見えないとは変だなぁと思っていたんだが、そんなことを深く考えるのが面倒くさくなって一年経ってしばらくした頃にはこの世界の当たり前なんだなと思って思考の彼方へ飛ばした。


 それと同時に時計のことから魔法など存在することも知った。そして俺は「もしかして魔法が使えるのではないか?」と思い、誰にも知られず特訓しようとした。呪文とか必要かも知れないがそんなの関係なしに使えるのが転生モノの鉄則だし大丈夫だろと思って。


 だがしかし……そんな甘い考えを抱いていた頃が俺にもありました。


 結果としては――――失敗。生まれたものと言えば俺の新たな黒歴史の一ページだけだった。

 それっぽいのを思い浮かべて炎よとか、水よとかやっていたらニーナに「バンザイしたいの? はい、ばんざーい!」と弄ばれる始末。


 もう絶対、俺は前世の(偏った)記憶は信じない。ここは異世界、信じられるのは己だけ。


 そこからそんなこんなで生まれてからやっと二年が経った今、ようやく外に出る機会が訪れる。やっと、やってきた異世界の外。

 なんでこんなにかかったかというと、俺がほとんど表情を変えず、言葉を話すこともなければ(本当は生まれてすぐのときから話せるけど)、歩くこともないこと(本当は立ち上がったり自力で歩いたりもできるけど)が主な原因だと思われる。まぁ要するに面倒くさくて俺が動かなかったせいである。


 そんな感じで二年も何もしない状態でいたら……まぁ普通のご家庭だったら不気味に映ると思われるんだが、この母ニーナは違っていた。

 何故か過保護に俺のことを心配した。基本的な家事を終わらせたら空いた時間を俺の世話にあて、どうしても外に用事ができた場合は人に頼むか、なるべく早く帰ることを心がけ、手早く用事を済ませて帰ってきた。


 ドタドタと髪がくしゃくしゃになりながら肩で息を吸っていたニーナを見たときは流石にこの俺でも心配した。ニーナの過保護さを。


「ラードちゃんっ! ママいつまでもママでいるからね! 私を捨てないでねー!(抱きつき)」


 よく抱きついてくる母ニーナ。

 母以外の何かに変貌する予定でもあるのか。捨てるも何も俺が大人になってもこの調子なんだろうか? 二世帯住宅ってもめ事多いって話だけどこの調子のままだと俺の未来の奥さんとの泥沼バトルが勃発したりしそうなんだが(もちろんその予定はないが)。


 ともかく、外出の話だ。

 はじめての外、両親の格好、容姿から前世の場所とは全然違うとこにいるのはわかっていたが家の中じゃどんなとこなのかはまったくって言っていいほどわからなかった。日々の暮らし方を見ても近代っぽくはない。俺がいた世界よりもちょっと昔ぐらいの生活をしている。家には紙で出来た絵本があるし、浴槽も存在している。中世と近代の間ぐらいの時代じゃないかと思われる。

 外の風景を確認しようとしても、すぐそばの窓から見えるのは隣の家の窓だけだったし、後ろ側の窓からは後ろの家の壁しか見えず、前側の壁に至ってはくもりガラスで外が見えなくしてあった。掃除の時などに窓を開ける際は、ニーナから「落ちたら危ないからきたらダメ」と言われ、窓に近付くことさえ出来なかった。

 諦めず何度も挑戦すればよかったのだが、最初の一、二回で面倒くさくなってやめた。赤ん坊という職業は基本眠いのである。


 そして今、ニーナの腕に抱えられながら内心妙にわくわくしながら俺は玄関の外の世界を想像をする。実はすごい近未来的でロボットなどが歩いており、尚且つその中に魔法が存在して科学と魔法の夢のコラボレーションが誕生しているのだろうと思う。根拠はないけど、そうあってほしい。SFとファンタジーのコラボレーションとかあってもバチは当たらないだろう。


 前世の記憶にはいろいろ裏切られたんだ、それぐらいは許されるはずさ。


「いい? ラードちゃん。ママは、本当はラードをお外には出したくないの。でもね、パパがいい加減ラードもお外のこと知らないと馬鹿にされるって言うから仕方なく、仕方なーくママはラードをお外に出さなきゃと思ったの」


 そもそもあの親父は、別の言葉をしゃべれたのか。長文を話すことさえ聞いたことはない。

 そのこと自体にびっくりだが、まぁ言わんとしてることはわかる。ご近所さんの目とかもあると思うしな。


「そもそもうちのラードちゃんを馬鹿にするようなヤツがいたら、その場で八つ裂きしてあげるわ。フ、フ、フ」


 ……ご近所さんの目は今のうちに潰しておいてあげた方がいいだろうか。五体満足で生きるほうがまだましだと思うし。ニーナの過保護さには脱帽だな。


「まぁママがラードちゃんを守るから何も心配はないよね? じゃさっそく二人ではじめてのデートに行きましょう!」


 うちの母は舞い上がってるなぁ。いつも通りだけど。

 ニーナが鼻歌まじりにドアノブを回し開けるとゆっくり光が差し込んできた。そこには、玄関先があってその先ちょっと広い道があった。そこを知らない人々が右へ左へと行き交っていて前世でいうとこの外国人たちがたくさんいた。金髪だったり、茶髪だったり、まさかの赤髪までちらほらと存在していた。ちなみに、俺の髪色は、母親のニーナと同様金髪である。イケメンかは不明。


「見てごらん、ラードちゃん。世界はこんなにもひろいんだよー!」


 ニーナが俺を抱えてない方の腕を広げてみせた。

 世界が広いも何もまだ玄関先……さっそくだが通ってる人も変な目でこっちを見てるからやめてくれないだろうか。


 そんなことを気にも留めずニーナはささっと玄関に鍵をしめ、軽快に歩き出した。どうやらSFロボットはやはりなしのようだ。わかってはいたが。


「ふふ、家を出るまで心配でいっぱいだったけどよくよく考えてみたらラードちゃんとお出かけってだけで心配なんかふっとんじゃったわ」


 よくよく何を考えたのだろうか。


「あーあ、どこからまわろうかしら? 迷っちゃう~」


 ウキウキ顔で歩くニーナ。仏頂面の俺。

 どんな目でみたらいいかわからない通行人たち。


 ……なんで外に出てまで羞恥プレイは続いているんだ。







 時間は昼下がり。町には家々が隙間なく建っていて、道通りは活気に溢れているようだった。家の作りは前世ではあまり見たことのないものになっていて、木材ではない別のものを使っているように見えた。見た感じは、前世で写真とかで見た西洋系の町並みにそっくりであった。

 俺とニーナは道を歩きつつどこか目的の場所へ向かっていた。もちろん、俺はその場所を知らない。ニーナの思うがままだ。


 しばらく歩くと、大通りに出たようでさらに人通りが多く賑わっていた。大通りにはぽっつりぽっつりと小さな屋台が建っていて小さな行列を作っていた。

 串焼きが多いのはどうしてだろうか。異世界の恒例のように何かの肉の串焼きが売られている屋台が多かった。というか、ほぼそればかり。


「ラードちゃん、お腹すいたの?」


 じっと見ていたことに気づいたのかニーナが聞いてきた。ルンルン気分で前を見て歩いていたから気づかないと思っていたがこういう時はニーナは気づくのが早い。


「でも、だーめ。あーゆうのはスッゴくしょっぱく作って力仕事の人とか冒険者の人しかあまり食べないんだよ」


 いるんだ冒険者。まぁ魔法もあれば冒険にも出たくなるだろうが異世界感が半端ないな。肉の名前もこちらの文字でカラカイドリという名前。


 鳥? 普通の焼き鳥じゃないのか?


「悪いことばかりする鳥さんだから丸焼きされたの。魔獣だから仕方ないんだけどね」


 そこへニーナが説明する。

 いるんだ魔獣。てか、子供に向かって丸焼きはありなのか。

 ニーナ苦笑いを浮かべつつもとくに気にしてはなさそうだった。


「さ、行こう!目的の場所へ!」


 ニーナは再び歩み始めた。

 いやだからどこだよ目的の場所って。


「冒険は始まったばかり~」


 はぁ……楽しそうで何よりです。

 またしばらく歩くと大通りの突き当りに辿り着いた。そこに建っている建物はどこか古めかしく西部劇で見るバーのようだった。

 ニーナはその場所を指差してこう言った。


「ラードちゃん! ここが冒険者ギルド! さっきのしょっぱい鳥さんをいっぱい食べる人がいっぱいいるところだよ!!」


 正直その説明はどうかと思う。周りの人が微妙な顔でこっちを見ているし。

 そんな中、冒険者ギルドと呼ばれる建物へいろんな人が入って行くのが見えた。スキンヘッドで『筋肉』の男、イケメンで『筋肉』の男、成人した人にしては背の低い『筋肉』の男、世紀末とかにいそうな『筋肉』の男など。


 とても、むさ苦しそうな建物になりそうだな。そんな感じがした。


「困ったことがあればここに来たら大丈夫だよ。しょっぱいおじさんたちがきっとラードちゃんを助けてくれるよ」


 なるほど。

 しょっぱくて『筋肉』なおじさんがなんでもしてくれるって?


 ――お断りします。


「あぁなんでそんな嫌そうな顔するの~? あのおじさんたちが顔が怖いから?」


 違う。変な潜在意識が俺を惑わすからだ。誰かさんのせいでな。

 ニーナは落ち込みつつ残念そうだった。


「私、どこか説明おかしかったかな……ま、いいか。だいたい伝わったと思うし」


 すぐに調子を取り戻すニーナ。

 以心伝心で伝わる親子の絆がマジパネェ。


「あ、今笑ったでしょ! よかった連れてきて嫌がられたらどうしょうかと思ったよ」


 マジパネェ。


「よし、じゃあ次はパパのところだぁ。さぁ行くぞ~」


 大振りで歩きだす母ニーナ。大あくびで飽きれる息子ラード。疲れた、もう帰ろ?


 冒険者ギルドの角を右に曲がり3つほど曲がり角を越えたところでニーナは立ち止まった。そこはいつの間にか大きい建物が立ち並ぶ町並みへと変わっていた。


「ほら、あそこがパパが働いてるとこだよ。まわりのほかの建物より大きいでしょ?」


 言われて見てみると、確かにまわりの建物よりも大きくて少し古っぽい……いや年季の入った建物がそこにはあった。

 看板も飾ってあり、ファーべル商店? と文字が刻まれていた。年季が入りすぎて文字が霞んでいる。

 なるほど、商店ってことはうちの親父は商人ということか。


「ファーベル商店って書いてあるでしょ? ファーベルってうちの家名なんだよ? 知ってた?」


 まじかよ。知ってたもそもそも言ってないだろ。


「うんうん、ラードちゃんも初めてで驚いたみたいだし、さっそくお店に入っちゃおう!」


 あんなに口数の少ない父親が商人なんて職業についてることのほうが驚きだよ。


 商店のドアは、ゆっくりとした音をたてて来客を知らせるベルを鳴らした。


「いっらしゃいませー……って、ニーナ様どうされたんですか? 何かありましたか?」


 すぐにやってきた女性はニーナを見た瞬間ちょっと驚いたようだった。


「いやー、カーベラ。ラードちゃんにちょっと外の世界を見せてあげようかなってね」

「なるほど」


 納得がいったようだ。カーベラという女性は、背が少し高めで黒髪のロングでスラッとした体型の女性だった。細目でにっこりとしていて優しそうなイメージを感じる。


「ニーナ様は、お子さんが出来る前は毎日のようにいらっしゃったのに最近は全然来られないので何かあったのかと思いましたよ。久しぶりにお会いできて、私安心しました」


 毎日来てたの。マジかよ、ラブラブだな奥さん。


「うん、ほらさ子供出来たら旦那よりも子供が可愛くてね。毎日眺めていても飽きないくらい」


 旦那<息子、になってしまったのか。いい迷惑だ。


「でも、あの人のこともちゃんと好きだよ? ひげがモジャモジャなところも」


 おい、流石に内面を好きって言え。


「あはは、ご馳走さまです。ニーナ様が店長の事を愛していらっしゃることは店の誰もが知っておりますので大丈夫ですよ」


 これにはカーベラも苦笑い。

 息子の俺が恥ずかしい……店の誰もが知っているってどれだけデレデレで会話してたのか。


「だよねー」


 本人は恥ずかしくないらしい。ニーナの羞恥心は成長とともに忘れ去られたのかも知れない。


「あ、ということはニーナ様が抱いているこの方が?」


「そうそう、息子のラードちゃんだよー。ほら、ラードちゃんも挨拶して(俺の手を振りながら)僕ラードって言うんだー二歳になったのー(ふりふり)」


 やめてくれ……恥ずかしさで殺す気か。


「なるほど、お話は聞いていましたが本当に達観したようなお顔していらしゃいますね」

「そうなんだよねーあまり笑ってくれないの~」


 物語とかの転生者って赤ん坊の時はどうするんだろうか。普通に笑ったり泣いたり出来るんだろうか。それが出来たら俳優とかになれそうな気がするが、俺は一生かかってもなれる気はしないな。


「子育ては大変そうですね。店長にお会いに来られたのなら二階の部屋にいらっしゃると思います。在庫確認と発注準備かと思いますので」

「りょうかーい!」


 ニーナは俺の手を使ってバイバイいう風に手を振っている。それに対してカーベラも笑顔でかえしてくれた。なんとも、いい人そうである。


 奥へ歩くと、店内にはいろんな商品が置いてあった。ショーケースに飾ってあるもの、壁に立て掛けてあるもの、大きい置物など様々だ。

 その商品たちを横目で見ていたがいまいち何に使うものかは分からなかった。そもそも何の店なんだ? ここは。

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