愚者への栄光~終わりなき旅の始まり~

猫のまんま

序章、はじまりのはじまり

第1話 スタート?

 突如として始まった! 異世界での転生人生!

 物語の始まりは当然、圧倒的とも呼べるような最強チートを持ってからのスタート!!


 その世界では、ドラゴンや魔法が空を飛び交い、夢と冒険に溢れたファンタジー世界!

 さらに、さらに! 耳が長くて精霊に愛されているエルフや背は低いが力持ちのドワーフ、魔法は使えないが身体能力の高い獣人。そして極めつけは、世界を救った英雄や勇者の冒険譚。

 どこから見ても輝いてうつるこの世界の光景は誰が見ても心が震え、いてもたってもいられないほど感動を与えるだろう。


 まさに胸擽る圧巻のストーリー!! 今、始まる!!







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 ……のはずだったんだが。俺が勝手に想像(妄想)し、転生した異世界での生活は俺の考えからかけ離れたところにあった。


「――ば、ばーぶぅ……」

「あら、ラードちゃん!! 起きたんでちゅか~? 今日も可愛いでちゅねぇ~!」


 俺の目の前には、一人の女性の姿があった。髪はブロンドでストレート。長さは肩ぐらいの揃えてあり、瞳の色はライトブルー。身長は平均的だが……胸はちょっと大きい。

 そんな女性が目覚めたばかりの俺に今にでも飛びかかるような勢いで、頬を緩ませて話しかけてきた。


「は~い! ママでちゅよ~!! おはよ~!!」


 女性は俺のことを『持ち上げて』自分の頬と俺の頬をすりあわせた。女性からは嗅いだことない花の香りがした。不快ではなく、むしろ心地のいい香りがした。恥ずかしさから俺は顔を背けるが、女性はそれを良しとはせず、自らの頬を俺の頬へともってくる。すごい執念だ。


「いやーん! そっち向いたらダーメ!」


 うん、どうしてこうなった?

 それから女性は、俺が不機嫌になったと思ったのか、俺を自分より上へと持ち上げた。高い高いって『赤ん坊』によくするやつである。


「ほーら! たかいたかーい!! 起きたばかりなのに、すりすりしてごめんね?」


 首をかしげ、俺に許しを請う女性。『赤ん坊』らしからぬ表情を浮かべて女性を見下ろす俺。この光景は明らか異質な光景に見える……どうしてこうなった?


 事の始まりは異世界転生ものの累に漏れず、前世での交通事故が原因で俺は今ここにいる。前世で生きていた世界からこちらの異世界に生まれ変わった際には、とくに美しい女神や手違いで死んじゃったとか、うっかりミスによっての転生ミスの説明があったわけでもない。しかし、俺は自分が死んでしまったことや生まれ変わって赤ん坊の姿になっていることにすぐに気づいた。それはそうだろう。目を開けたら自分の手が赤ん坊のように小さくなっていて、ろくに言葉もしゃべれないし、立って歩くことすらままならないのだから。

 そして俺は、自分が死んだってことより異世界転生できたことに心から嬉しがったのを今でもはっきり覚えている。……しかし、喜んだのもつかの間。こうして異世界転生の洗礼を受けることとなっている……アレ、異世界を体験してないような?


「ほーら! ラードちゃん! ぐるぐるー!!」


 女性は、溢れんばかりの笑顔で、俺を高い高いの状態からグルグルとその場をまわり始めた。もうわかっていると思うが、この女性は俺の新しい人生の母親――つまりは『ママ』である。例え、俺が話せたとしても絶対に『ママ』とは呼ばない。絶対に、だ。

 ともあれ、現状はどうしたことだろうか? 元成人男性である俺が、見た目は違えど中身はそのままと、いうことは――そう、つまりは『なんで異世界転生の始まりが、赤ん坊からなんだ!! くそっ!!』ということである。


「どうしたの~? ラードちゃん? ずっと、ご機嫌が斜めですね~?」


 あからさまに嫌な顔をしているであろう俺の顔を見ても、この母親は嫌な顔ひとつせずニコニコと微笑みかけ、今にも踊りだすじゃないかと思うくらいうきうき気分で俺に対応してくる。なんて恐ろしい存在なんだ。

 もうわかっていると思うが、ラードというのは今世の俺の名前である。異論は認めん! と言いたいところだが、異論が言いたいのは俺の方だ。なんだラードって。焼肉とかの時に使うアレみたいな名前をつけるんじゃない。


「ラードちゃんっ! ラードちゃんっ! 今日は何して遊ぼうかなっ!」


 俺の心の声聞こえてないよなー。まぁ聞こえていたら大変だけど。というか、どっちの方が子供に見えるだろうか……無愛想な赤ん坊とキャピキャピの若奥様。字体にすると恐ろしい。

 母親の名前はニーナという。そして、何をトチ狂ったか異世界の神様(存在は不明)は転生してきた俺に対してブロンド美人の母親という追加の試練まで課してきたのだ。何度も言うが、俺は前世では『社会人』という職業を生業としており、成人もとっくに迎えている。むしろおっさんと呼ばれても……いやいや、『お兄さん』であった。そんな『お兄さん』の俺がだ。赤ん坊の姿とは言え……もう裸同然の姿で? 親指を咥えて? 時折怪しまれないように大泣きしたりして? 便意を催した際は……これはやめておこう。誰も幸せになれない。


 まぁ、ということを前提条件として……みんな? 『羞恥心』という言葉を知ってるかい?

 羞恥心。それは誰もが気づいたら自然と備わっており、子供の頃の黒歴史、もとい不慮の出来事がそいつを開花させることは誰もがご存じのことだろう。まさにトラウマと言っても過言ではない。そのことを踏まえてのことだが、この状況はどう考えても思わしくない。


 そして、今現在。突如として始まった異世界転生は、毎日がとてつもなく恥ずかしいものとなっていた。再度にわたって言っておくが、転生したと実感した時は戸惑ったが、ここが俺がいた世界とは別世界と気づいた時は不安に思うより喜びを感じていた。これは間違いない。これでついに俺もTUEEE系の仲間入り? 可愛い女の子ばかりいるパーティ構成で常にハーレム状態? チート能力を使いこなしムカつく奴らを片っ端からなぎ倒しながら異世界ライフを満喫? ……ひゃっほぉぉぉい!! って。

 しかし、どうだろうか。蓋をあけてみればそんなことは微塵もなく、今の自分の現状を再確認して絶望している俺がそこにいた。悲観するにはまだ早そうだが、男としての性(サガ)が何かやばいことになっていることも実感している。そう新しいこのトビラ……俺がまだ体験したことのない赤ん坊の格好をして美人の女性に甘やかされているこの状況。

 どうだ? 笑えるだろう? ……てか、笑ってくれ。そうしないと俺は今にも泣いてしまいそうだ。もちろん赤ん坊だからじゃないぞ? わかるだろう? ……察してくれ。


 まさに、神様のイタズラ――というもだろうか……誰か助けてくれ!!


「ラードちゃ~ん! ラードちゃ~ん!」


 そんな考えなどいざ知らず、ニーナは俺の頬を両手の人差し指でぷにぷにとなでまわし始めた。その光景は、なんとも母性身溢れる姿で、頬よりも心がくすぐったい気持ちでいっぱいになる。

 嗚呼……大変だぁ。俺の中の邪悪な心が俺の魂に囁いてくる。


(おいおい、どうしたんだ? 俺。相手は誘っているだぜ? 男がこれに乗らなくてどうする? お前も男なんだろう? その股にぶら下がっている巾着袋は飾りか? あぁん?)


 黙れ! 邪悪な俺の心よ! 静まり給え!! そんなことができわけないだろう! これでも俺は平常心を保っているはずだ!(基本、嫌そうな顔をしているけど) それなのにお前はなんだ!? 俺に赤ん坊の立場を利用して心が成すがまま――いや、魂の成すがままの行動をしろ、と言うのか! 貴様! そんなことはみんなが見ている前では……その……なんと言いうか……ダメというか、お前が許しても世間が黙ってないというか……。


(フッ……チキンめ)


 誰がチキンだ! この野郎! 俺がチキンだったらお前もチキンだろう!!


「……どうしたの? ラードちゃん? そんな難しそうな顔して、もしかしてトイレ?」


 しまったぁぁぁ!!!! 邪心との対話に夢中になり過ぎて、赤ん坊の職業に支障をきたしてしまった!! ……ごほん、そんなバカなことが伝わってしまないように赤ん坊の真似事を徹底しよう。もちろん、出来るだけの笑顔で。


「ば、ばぶー」

「あ、はああ! ラードちゃん可愛過ぎぃ!! ママが困ってるから笑ってくれたのね! はぁぁ~ラードちゃん天使!!」


 なでなで。……充分、これで恥ずかしい。


 あー誰か俺をもう一度殺してくれ。そして、もう一度転生して美人ともブスとも言い難いような母親でもいいから、このブロンド美人のママンを幼なじみの帰国子女にしてもう一度巡り合わせてくれ! そしたら俺、もう一度死ねる!!


(どんだけ、もう一度を連呼しているんだよ。見苦しいぞ)


 黙れ。

 果たして、今の俺はどんな表情をしているだろうか。もちろん、鏡があったとして覗く気はないが、きっとロクでもない顔になっているのは違いない。冷静になってそんなこと思っていた矢先、ニーナは俺の顔を覗き込んできた。見れば見るほど美人さんだ。


「あらあら、ラードちゃん。今日はもう笑ってくれないんですね~いつまでも笑ってくれないとママは悲しいですよ~……しくしく」


 俺の表情を見てしまったからか、両手でわざとらしく泣いてるふりをするニーナ。ニーナさんよぉ……頼むよ、俺こんな時どんな顔をしたらいいかわからない。



(笑えばいいと思うよ)


 黙れ! 邪心!! ここでその名ゼリフを汚すな!!

 わ、笑えるわけがない! 第一、ここで笑ってしまったら赤ん坊の無垢な笑みって言うよりも、男の邪で、醜い『ニヤリ』とした笑みを浮かべそうで、内々耐えている状況なのだ。今笑ってしまったらオワリだろう。男として。


(ユー! 笑ってしまいなyo!)


 ……頼む、邪心よ。いっそ俺の体から出ていってくれ。ピュワ男子にしてくれ俺を。

 赤ん坊になってからの俺は、ほとんど笑っていない。絶対に、変だと思われてるはずだろうがこの際自分の気持ちが持つ気がしない。

 あと、俺は泣くこともそんなにはないはずだ。ただし、トイレ以外はな。理由はわかるだろう? ……だから聞くなって。その時の俺は自分自身の存在をこの世界で消してしまいたかったよ。未来永劫な。


(もっとオープンになれよー!!)


 どこか熱い人ばりにコメント言ってもダメだ! 邪心よ! お前、俺で遊んでいるだろう! 俺はお前で、お前は俺なんだぞ! わかっているのか、お前は! ……あ、あれ? 俺が何言っているんだろう?? 

 と、とにかく! 邪心よ! いいか? これ以上オープンしちゃったら戻れなくなっちまうだろうが! いろいろと! 俺のおサムライさんはもうすでオープンしちゃったよ! でもね! 心の中の『邪心』っていうお前までオープンするわけにはいかないの! わかる!? それをオープンしちゃったら清らかな俺の心が邪心のトロイの木馬ウイルスでいっぱいになるんですぅ!! そしたら、もう俺のブレーキもオープンしちゃって――ア、アレ? オレ、ナニを言っているんだろう??

 き、きっと! 中身は大人な俺は、小さいだろうがプライドを思っているはず……小さなお尻と共に拭われてはないはずだ、きっとな!

 転生してからというもの、俺は今に至るまで、何か大切なものをかけて戦って過ごしている。尊厳とかそういう……漠然とした何か、男として大切な何か……そんなことだからきっとこっちの世界の両親はもちろん、近所の人も不思議がっているに違いない。ちっとも表情を変えない赤ん坊ってのは不気味だろうから。ふふふ、でもいいんだ。これが一番平和な解決のはずなんだ。そうだ、きっと。


「……しくしく」


 ニーナは明らかに俺の方をチラ見していた。目が合ったから間違いない。

 実は、俺が笑ったりしないことには理由がある。そんな大層なものではない。ただ単純に、俺が演技で笑ったり泣いたりするのが面倒くさいからだ。考えてみろ、いい大人が意味もなく笑うなんてそうそうないだろう。面倒くさいし、だいたい気味が悪い。

 何故、可笑しくもないのに笑ったり泣いたりしなきゃならない? 中身がオッサ……『お兄さん』の赤ん坊の演技だぞ? 誰に需要がある? そもそも、むちゃぶりもいいところである。赤ん坊は笑ったり泣いたりすることが仕事と前世で言われててたことがある。しかし、突然、突拍子もなく脈略なく赤ん坊が笑ったり泣いたりするんだぞ? そっちの方が怖くないか? 普通に考えて?

 ただ空を見つめて笑っている赤ん坊…そういえば今思えば、ああいうのは一体何を見て笑っていたのだろうな。そう思うといろいろ怖いな。ははは。


 などと、やっぱり恥ずかしいだけだろと言われればそうとしか言えない俺の話はほっといて、話を進めよう。まぁ、俺には赤ん坊の真似なんて出来そうもないしな。そんな俺の気持ちも知らず、新たな転生先の家内イベント主催者ニーナは絶賛こちらの表情を手の隙間から、チラチラと伺っている。まったく、こっちの気も知らないで。

 異世界の家内イベントといっても、現在進行形で起きているブロンド美人vs体はこどもで心は男の羞恥プレイパーティー以外はほとんどなく、赤ん坊という職業は暇な1日が多い。起きては、ニーナがいて弄ばれて、お腹がすいたらニーナにアーンしてもらいながらの食事で弄ばれ、家内イベントで弄ばれ、寝るときですら隣にニーナがいて俺の気持ちが弄ばれるという1日が過ぎていく。特に変わったことが起きることはない。

 父親に関しても、生まれてからは指の数ほどしか会ってない。会ったとしても見つめるだけで、終始無言でいるような人物であった。ニーナが話しかけても、「あぁ」とか、「そうか」とかしか言わないのだからそういう生き物なんだろう、たぶん。この評価はひどいと思うが、あんな塩対応じゃあ俺の理解を超えている……思考を停止したわけじゃないぞ? ホントだぞ? ニーナはなぜこんな口少ない人物を好きになったのだろうか、まさに物好きなものである。対応自体は俺と変わらずベタベタと楽しそうだが(べ、別に羨ましくなんかないんだからね!)。

 ラルフという名前で、見たところ歳はニーナよりも一回り上ぐらい。ニーナが二十代前半ぐらいだとするとラルフは三十代はいっているだろうな。髪は暗い感じの茶色で、あと口ひげを生やしていた。それぐらいの印象しか残っていない。なんせエンカウント数が少ないので。ヤツは希少種かも知れない。


「む~」


 いつまでも笑わない俺に対して、痺れを切らして頬を膨らませてむくれるニーナが目の前に現れた。違うものがエンカウントしてきたようだ。あらかわいい……おっと、油断すると笑みが。


「あー今ちょっと笑った! ラードちゃん、今ちょっと笑ったでしょ!」


 指のさして喜ぶニーナ。しまった、俺としたことが邪心が表の世界に……。


「わかった! ラードちゃんはにらめっこしたかったんでしょ! いいわ、受けて立つわ!」


 何を勘違いしてか自信満々のニーナ。いや、どうしてそんな考えになった? んん?

 まさかのパーティーは延長戦にもつれ込むようだ。誰も予想していなかっただろうが、基本毎日このパーティーは延長戦へ持ち越しされるのだから、まさかもくそもないのだが。やれやれ、面倒くさい。このまま諦めがつくのは、何時間先かはわからないがいつもの日課がこうして今日も始まりを告げたのであった……終わり。完。


▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲………………。


「――ラードちゃんは恥ずかしがり屋でしゅね~? そんなにママに笑っているとこ見られるの嫌かな~?」


 ……無理やり締めたが、現実は非情のようだ。ニーナは相も変わらず、俺の目の前で顔を様々に変化させていた。そう思うなら変顔はやめろ。俺の中の何かが暴走するだろ……邪心よー、静まれー。スー、ハー。スー、ハー。


「ママは、諦めないよーラードちゃんがまた笑ってくれるまで今日はにらめっこやめないぞー!」


 腕まくりのニーナの姿……何の拷問だ。ソレは。


「ほーら、こちょぐりだー!」


 さっそく、物理攻撃じゃないか! 畜生! こっちは防御力ゼロだぞ! 耐えられる訳がない!!

 迫りくるニーナの手を俺は体傾けて躱す。がしかし、ニーナはじゃれてるだけだと思ったのか攻撃の手を緩めない。あの手この手で、女性の柔らかな肌が……ん? 指先がちょっと硬いような?


「そ~れ! こちょこちょ~こちょこちょ~!」


 そんなことより……くそ! なんて激しい攻防なんだ!! これが異世界の洗礼だとでもいうのだろうか!? 今こそ、あるのならチート能力を使うべきではないか? ……えぇと、急に加速とか分身とかそういうやつ発動!


「……ラードちゃん、急に変な顔をしてどうしたの? トイレ?」


 チィィィ!! どうやら俺にはチート能力なんて存在しないらしい! 誰だ、転生したらいつの間にかチートが使えましたとかご都合主義ってやつが発動するって言ったやつ! 俺の都合は主義されないのかよ! しかし、俺は諦めないぜ? 伊達に前世で社会人社会人(会社員は半年)を生き延びていないぜ! この荒波を乗りきってやるぜ! 赤ん坊ウェーブ!!(はたから見たら、赤ん坊が駄々を捏ねているようにしか見えない)


「ラードちゃん、すごい! ママの手から逃れる速さが赤ん坊だと思えないわ!」


 ニーナの手が一瞬止まる。……まずい、さすが変だと思われたか? 赤ん坊ウェーブなんて大技、普通赤ん坊しないし(……というか、自分で名前つけといてなんだが、なんだろうかそれは)


「ならママも負けないわよ~!!」


 ニーナの手が再び、俺の身体に降りかかる。……よかったぜ! アホだった!!

 しかし、赤ん坊の体では可動範囲が狭く移動ができず、呆気なくニーナに捕まる。てか今、ちょっとニーナのスピードが急に上がったような気が……。

 俺を捕まえるとニーナはそのまま優しく俺を抱き抱えた。


「あーあ、そんなに嫌がらなくてもいいじゃん。いっぱい動いたからこんなに汗までかいて。汗疹になったらどうするの~?」


 なら、最初から諦めてくれ。俺にも守りたいものがあるんだ。俺の心は基本邪悪ものが封印されているから、その封印を解き放つ訳にはいかない。


「よし! じゃあ、お風呂入らなきゃね!」







 ――――え?


「さてと、私もついでにお風呂にしちゃお~。ラードちゃんと遊んだし」


 いやいや、俺だけ体拭いてくれればそれでいいから! ニーナは後でゆっくりお風呂にしてくれ。俺はいつも通り体拭くぐらいでいいからさ、お風呂なんてたまにしかないじゃない。風呂文化は前世では当たり前だったけどこっちの世界でも提唱しなくてもいいだよ。ほらさ、お風呂ってお金かかるしね? お水も使う量もバカにならないし、準備だって大変。やめよ、お風呂。


「さー、一緒に行きましょねー」


 そんな思いなど届くわけもなく連れていかれる俺……イ、イ~~ヤ~~!!







 言わずもがな、この後むちゃくちゃ体を拭かれた。前世のままの大人の体だったら大変なことになっていただろう……考えるまでもない。ただ一言、言えることがあるとすれば――――ニーナは、『体も』綺麗だった。それだけは言えるだろう。


 こうして、一人の愚者の物語はここから始まったのだ。


(……やれやれ)

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