君に惹かれる万有引力
大畑うに
惹かれ合う引力
二時限目の休み時間、移動教室の準備をしていると、高柳凛子がニコニコと話しかけてきた。
「寺内くん、ニュートンの万有引力知ってる?」
突拍子もない質問は慣れっこだった。おそらく、一時限目の選択授業が物理なのを理由に、このような質問をしてきたに違いない。
ちなみに、俺は生物を専攻している。
高柳凛子は、綺麗で人当たりも成績も良い2次元にいるような人物だが、なぜか自分のことを良くからかいにくるのだ。
からかう、というより、毎日なにか1つ質問をしてくる。
正直、彼女に惚れている身としては辛いものがある。
難しい顔をしていたらしい俺を前に、彼女も神妙な面持ちになると、机の横にしゃがんで顔をのぞきこんできた。
ち、近い。
「知らないの?」
「え? あ! もちろん知ってるよ、常識だろ」
心配を前面に出したような表情を向けられ、わたわたと慌てる俺をじーっと見つめる彼女。
するとすぐ、にこーっと破顔した。
してやられた。
いつもいつも、彼女は俺の反応を楽しんでいるのだ。
俺はひとつ咳払いで誤魔化す。
「ニュートンがリンゴが落ちたことで引力を見つけたってやつだろ」
彼女は満足そうに蠱惑的な笑みで隣の席に座った。
「それは確証のない逸話なんだよ」
なんだ、知らなかった。というか興味がなかった。とは、嬉々として話している高柳に言えるはずもなく、続く言葉に耳を傾けた。
「この逸話、ロマンがあって私は好きなんだー」
本当に好きなのだろう、わずかに上気した頰が興奮をうったえている。
「当たり前すぎて疑問も抱かない事実を、当たり前だからって終わりにしないで、ちゃんとした答えを導き出すのって凄いことだと思わない?」
法悦至極といった様子に思わず見惚れていると、さらに顔をよせられた。
「万有引力って、全てのものに引力があるってことなんだよ」
また俺の反応を試すつもりなのだろう。
視線を合わせないようにすっと顔を引き、思い出したかのように、技術の教科書を探し始める。
ごちゃごちゃの机の中で、手をごそごそしながらどうにか冷静になろうと真っ白な頭をフル回転した。
「ってことは、あれだ、りんごが落ちたのは地球だけに引力があるからじゃなくて、りんごにもあるからってことってこと?」
ちらっと見た高柳は少しだけ驚いたような顔をした。けれど、すぐさまニコニコと笑って大げさに拍手をした。
「そうだよー! 互いに引き合う力が、引力なんだよね。りんごは地球に恋に落ちたんだけど、地球もりんごに恋してたってことだね」
なんだそれ、と笑うと、彼女も愛らしく微笑んだ。
ふと、いつもからかってくる時の表情とは、なんだか少し違うような気がした。
そこで、予鈴が鳴る。
高柳はすっくと立ち上がり、既に用意していた教科書類を小脇に抱え教室を出ようとした。
今までのやりとりなどなかったかのような素っ気なさに、若干の寂しさを感じたが、彼女らしくて寧ろ有り難かった。
あのままだと良からぬことを口走ってしまいそうだったに違いないのだ。
予鈴が鳴り止まぬか鳴り止まないかの時、あ、と高柳がこちらを振り返った。
そして、いつもの調子で軽く笑う彼女の声は、もう2人以外いなくなった教室にやけに鮮明に響いた。
「寺内くん、私ね、こういう時間が当たり前になってたんだよね、なんでだろうって今朝考えてみたんだけど・・・」
続く言葉を少し考えているようで、といっても、もう言いたいことは決まっている風だった。
俺は、彼女のそんな雰囲気になぜか急に身体中が熱くなったため、その先を促すことができない。
虚空を見つめたあと、彼女は俺に向かって、これまでにないほど綺麗に顔を綻ばせた。
「私、寺内くんのこと好きなんだー」
ニュートンが好き、と同じようなテンションで、けれどそれ以上に顔を赤らめて、高柳が言う。
理解できなかった。
高柳が俺を好き?
にしても、唐突では?
一瞬のうちにぐるぐると考え込むも、真っ白になった頭はなにも導き出さない。
高柳は、そんな俺に溌剌と、意気揚々と、楽しそうに微笑みかけながら、彼女自身と俺を交互に指差した。
「これって、万有引力だと思わない?」
もしかしたら、からかわれているのかもしれない。
俺の言う台詞に大爆笑されるかもしれない。
そんな不安がなかったと言えば嘘になるが、それ以上に、どうしても自分の気持ちを伝えなければならないと思い、俺は大げさに立ち上がった。
本鈴が鳴り響く中、彼女がこっちを見つめている。
俺の顔はきっと今世紀最大に情けなく真っ赤なのだろう。
けれど仕方がないのだ。
「俺も、高柳のことが、好きだ」
そう観念したように告白すると、彼女は大股に近づいてきて、すぐ目の前で俺を見上げる。
そして先程のように、自分と俺を交互に指差すと、俺の手を握った。
「ほらね。万有引力」
「なんだよ、それ」
俺は照れ隠しのつもりでぶっきらぼうに笑ってみせた。
高柳が握ったままの手を引く。
「ね、授業始まってる」
「え、あ、やべ!!」
今度は俺が彼女の手を引き、机や椅子を縫うように走り出す。
バタバタとうるさく走り出した俺の後ろをついてくる高柳の手は、温かく小さく柔らかくて、やけに意識して脳みそが沸騰しそうな気がした。
ちらっと振り返ると、高柳はおかしそうに口を開いた。
「ねぇ! このドキドキって、授業に遅刻してるから? それとも寺内くんに手を引かれてるから?」
「知らないよ!」
後ろの高柳がクスクスと笑う。
きっとこれからは、もっともっもからかわれるんだ。
彼女の笑い声を背中に、それも悪くないな、と思った。
おわり
君に惹かれる万有引力 大畑うに @uniohata
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