からくりの鼻唄

月澄狸

第1話

 今、この星はロボットの時代だ。皆より優れたロボットを生み出そうと必死になっている。


 そんな世界で、特に目的もなくふらふらと歩いている男がいた。名はカノン。この男は素晴らしいロボットを作れる力を持っているはずなのだが、ロボットを作ろうとはせず壊れたロボットを拾って直したりどうでもいいことに興味を持って調べたりしていた。


 この日もカノンは気の向くままに草むらを散策していた。変な服を着ているが本人はおしゃれのつもりである。隣にいたロボットがカノンに話しかけた。


「カノンさんは本当に変わり者ですね。こんな所に入っていくなんて。草の実がいっぱい付いちゃってますよ」

 呆れたように言いつつ、同じように歩き回っている。


「なぁ、マル。この草の実何かに使えるかな」

 カノンがロボットに向かって言った。ロボットの名はマルというらしい。人型なのに犬のような名前だ。


「また種を持って帰って育てるつもりですか?ボクはもう嫌ですよ。この間カノンさんが育てた人食い植物でボクはどれだけ恐ろしい目に合ったことか……」


 人食い植物に食われかけた恐怖体験を語り始めるマルを無視してズンズンと進んだカノンは、やがてピタリと足を止めた。そして指を口に当てて静かにするようにとマルに合図を出した。マルは不満そうだったが喋るのを止める。


 カノンは草の陰にしゃがみこんで何かを凝視している。隣でマルも同じ姿勢をとってみると、人が二人いるのが見えた。話し声が聞こえてくる。


「やっぱりこんなことやめておきましょうよ。ロボットを捨てるのは法律で禁じられているんですよ」


「だからバレないようにやるんだろうが」


 この二人はロボットを捨てようとしているらしい。女の方は止めようとしているが、男はやめそうにない。二人の足元では縄で縛られた動物型ロボットがオロオロしながら二人を見上げている。


 状況が分かったカノンはすっくと立ち上がり二人組に近づいた。マルも立ち上がって後に続く。


 二人組はカノンとマルを見てギョッとしている。カノンは冷静な様子で話しかけた。


「お前たちはロボットを捨てようとしているんだな。なぜだ」


「……いらなくなったからだ。俺たちは泳げるペットロボットを開発しようとしていたんだが、コイツが全く泳げないんだ」

 男がためらいつつ答えた。


「改良してみても駄目だ。ライバル会社は空を飛ぶロボットを作り始めたようだし、いつまでもこんな物に構っていたら遅れをとっちまう」


 マルはカンカンに怒っているが、カノンの方はこういう人間を見慣れているようで、静かに言った。


「ならその子を譲ってくれないか。いらないんだろう。」


「駄目だ。コイツが残っていると、俺たちがロボットを捨てようとしたことがバレる可能性がある」


「誰かに聞かれたら、俺が作りましたって答えるよ。それで問題は無いだろう。お前たちだって、ロボットを捨てたことが世間に知れ渡れば困るはずだ。捨てずに済む方がいいんじゃないのか」


 二人組は一瞬顔を見合わせ、やがて男の方がカノンに言った。


「ならこの試作品はお前にやろう。ほら、受け取れ」


 男は無造作に縄をつかみロボットを持ち上げるとカノンに渡した。機械なのにぬいぐるみのように軽い。


「まったく、こんな物に感情移入する奴の気が分からんな。まぁおかげでこっちは稼がせてもらってるんだが。」

 男はそう呟いた後、

「いいか、ここで俺たちに会ったことは誰にも言うんじゃないぞ」と言い残しその場を後にした。女も男の後に続き立ち去った。


「まったく、ひどいことをする奴らですね」


 マルはまだ怒っている。動物型ロボットはカノンの腕の中で不安そうに丸まっている。


「マル、この縄外せるか」

 カノンが尋ねると、マルは簡単に縄を引きちぎった。力は強い方なのだ。


「よしよし、怖かったろ。もう大丈夫だからな」

 カノンはロボットに優しく笑いかけた。ロボットはまだ怯えている。


「また家族が増えるな。名前を付けないと。……『ユラ』なんてどうかな」

 家に向かって歩きつつカノンが提案した。


「何か意味があるんですか?」


「いや、なんとなくだ」


「カノンさんは誰にでも適当に名前を付けますね……」

 マルは遠い目をして言った。

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